“想い”が世界を動かす ─ 尾崎宗春さんと尾崎牛、そして経営者としての気づき
杉山 晃浩
「想いは、現実化する。」
この言葉を、私はこれまで何度となく耳にしてきました。しかしその真の意味を、深く実感することはありませんでした。昨日、宮崎県の尾崎宗春さんのご自宅で開かれた「尾崎牛1㎏腹パンコース」という名の経営者の食事会に参加し、私は初めて“想いが現実となる瞬間”に立ち会った気がしました。
■ 牛肉の常識を覆す出会い
一口目でわかったのです。これは、ただの牛肉ではない。
脂の口溶け、しつこくない甘味、旨味が広がって、後味が極めてクリーン。なのに「満足感」がずっと続く。どの部位を食べても一貫して高い品質が保たれており、これまで食べてきたどんな和牛とも違う、明確な「個性」がそこにはありました。
しかし、もっと驚いたのは、その尾崎牛をつくり出した尾崎宗春さんご本人が、料理の合間に自ら語ってくださった“尾崎牛ができるまで”のストーリーでした。
それは単なる農家の成功物語ではなく、「世界に誇れる牛肉を、自分の手で創る」と決めた男の、40年以上にわたる信念と挑戦の物語でした。
■ 世界一の牛飼いを目指して
尾崎宗春さんが「世界一の牛飼いになる」と決めたのは、実に若いころのこと。
宮崎で牧場を営む家に生まれながら、当初は畜産に否定的だった尾崎さん。しかし、大阪で暮らす中で、無表情に通勤するサラリーマンたちと、生き生きと働く父の姿を比べ、「自分もやはり牛と向き合いたい」と思うようになります。
その後、農林水産省の研修制度を活用し、アメリカに渡ります。渡米当時、世界を席巻していたのは「アンガス牛」。効率を極めた畜産、成長ホルモンや抗生物質を使った肥育方法、大量出荷前提のシステム化された経営…。日本の和牛とまったく違う世界がそこにはありました。
尾崎さんは、その本場で実際に牧場に勤めながら、ネブラスカ州立大学で畜産栄養学と遺伝学を学びました。そして見極めたのです。「和牛こそ、世界で通用する牛になる」と。
帰国後、和牛の本質を活かした“世界で評価される牛肉”を目指し、実に20年以上をかけて独自の飼育環境と飼料の開発に取り組みました。そこには一貫した哲学があります。
「自分が安心して食べられる牛肉しか売らない」
抗生物質やホルモン剤は使わず、ストレスをかけない飼育。牛たちが気持ちよく過ごせる環境と、水、風、光、飼料――そのすべてにこだわり抜いた結果、脂の融点が低く、胃もたれしないという驚異の肉質が生まれたのです。
■ 宮崎から世界へ。100頭から2,000頭へ
尾崎さんが牛飼いとして育て始めた牛は、当初わずか100頭。しかし現在では、約2,000頭を生産・管理する規模にまで拡大しています。しかも、その多くが一頭一頭の状態を細かく観察しながら、丁寧に育てられていることを知り、私は単純な「量の拡大」とはまったく異なる“質と信念の成長”を感じました。
尾崎牛は今、日本全国の一流レストランはもちろん、アメリカ・ヨーロッパ・中東など、世界中に輸出されています。その背景には、ホリエモンこと堀江貴文さんとの出会いもありました。
尾崎さんと堀江さんが共鳴し立ち上げた「WAGYUMAFIA」は、単なるブランド展開ではありません。日本の和牛文化の本質を、世界の食通たちに伝えるためのプラットフォームです。そしてその中心にあるのが、尾崎牛なのです。
■ 義足の牛飼いが教えてくれたこと
尾崎さんは27歳のとき、農作業中の事故で左足を失います。
しかし彼は、「義足になってから、牛たちの小さな変化に気づけるようになった」と語ります。歩く速度がゆっくりになったことで、牛と丁寧に向き合えるようになったというのです。
この言葉は、私の心に深く残りました。
不自由が生まれたのではなく、見えなかったものが見えるようになった――この発想の転換こそ、尾崎さんがどんな困難でも諦めず、“本物”を追求してきた理由なのだと思います。
■ 想いは現実化する──経営者としての気づき
食事会の終盤、世界中の有名なシェフや生産者たちが尾崎さんの自宅を訪れ、目の前で尾崎牛を食し、語り合っているという話を伺いました。
宮崎の地に世界のトップクラスの食のプロフェッショナルたちが集う光景。その中心に、40年以上前に「世界一の牛飼いになる」と決意した男がいる。この現実を、私はただの奇跡とは思いません。
これは「想いは現実化する」という原則が、まさに形になった証です。
尾崎宗春さんがその生き様で私たちに教えてくれるのは、ビジョンを持ち、それに向かって地道な努力を続ければ、世界はその人に応えてくれるということ。
尾崎さんがアメリカに渡ったころの為替レートは、250円台、バブルのころは70円台、今は150円前後です。尾崎さん曰く『どんな時代でも乗り越えてきたのだから、どこに何をどのように売るのか考えればいい』と…
目先の為替レートに右往左往している経営者は多いと感じています。でも強い信念と素晴らしい現物があれば十分乗り越えられるものだと感動しました。
「経営者」として、学ぶべき点が非常に多い。
「食事会」という言葉に収まらない、“経営哲学のライブ講義”とも言えるような体験でした。
結びに
今回、尾崎宗春さんのご自宅で尾崎牛を堪能し、その歩んできた道を伺う中で、私は食と経営の本質に触れた気がしました。
味わったのは、牛肉だけではありません。
尾崎さんの信念、苦難、希望、挑戦、そして世界に挑む姿勢。すべてが尾崎牛の一切れ一切れに宿っていました。
「腹パンになるほど牛肉を食べて、胃もたれどころか、心が軽くなった。」
この経験を、私は決して忘れません。
経営に悩んだとき、自分のビジョンに迷いが生まれたとき、私はきっとこう思うでしょう。
「尾崎さんは、やったじゃないか。自分も、できる。」
会食の後、尾崎様および尾崎牛について勉強させていただき、その情報を踏まえて本内容を構成しました。
言葉には、脚色も入っていますが、感動には一切の脚色はございません。
ひとりでも多くの方が尾崎牛を口にしたときに、尾崎宗春さんのことを思い出してくれればいいなぁと単純に考えています。