遺族年金の改正は本当に公平か?──終身給付廃止で始まる“5年で打ち切り”時代
杉山 晃浩
第1章|「見直し」の名のもとに、終身給付は消えた
2028年4月、遺族厚生年金制度に大きな改正が施行される。政府の説明は「男女差の解消」「制度の公平化」。その言葉だけを聞けば、改善のように感じるかもしれない。しかし中身を精査すると、その実態は「終身給付の廃止」と「原則5年で打ち切り」への大転換だ。
今回の改正では、子ども(18歳到達年度末までの子)がいない20歳以上60歳未満の遺族は、原則として有期5年間の支給に変わる。これまで妻であれば生涯受け取れていた年金が、一定の条件を満たさなければ5年で終了する──これが「見直し」の本当の姿である。
第2章|終身が有期に変わる──給付設計の中身を解剖する
新制度の基本は「有期5年+加算」である。
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有期給付額は、現行の遺族厚生年金と比べ1.3倍相当に増額される
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5年が経過した後も、収入が**単身で年収122万円以下(月収10万円)**の場合は給付が継続される
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ただし、月収20~30万円を超えると、継続給付は段階的に減額・停止
【図解:給付の構造比較】
区分 | 改正前 | 改正後 |
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子どもあり配偶者 | 終身支給 | 継続(変更なし) |
子どもなし配偶者(女性) | 終身支給 | 有期5年+継続給付(条件あり) |
子どもなし配偶者(男性) | 支給対象外 | 有期5年+継続給付(条件あり) |
一見すると、給付額が上がって「手厚く」なったように見える。しかし、その5年が過ぎれば、収入に応じて“給付終了”という現実が待っている。
第3章|男女平等という名の“一律化”がもたらす不公平
この改正の表向きの目的は「男女間格差の解消」である。これまで、20~50代の男性遺族には年金が支給されなかったが、今回の改正で男女ともに有期5年間の支給対象となった。
たしかに、男性が支給対象となるのは前進とも言える。
しかし裏を返せば、女性が受け取っていた終身年金の“恩恵”が削られたとも言える。制度上の男女格差を解消するために、「長く支給する方を短く揃えた」結果、多くの女性遺族が将来的に損をすることになる。
社会的背景としては、女性の就業率向上や男女平等意識の高まりがある。しかし、それを理由に給付そのものを短縮していいのか? 平等を口実にした“給付削減”ではないのか?という疑問が残る。
第4章|政府の本当の狙いは「年金支出の圧縮」か
政府の狙いは明確だ。年金制度の財政負担を軽減したいのである。
終身支給は、長期にわたる固定的な支出になる。しかも、日本は今後ますます高齢者が増え、年金受給者も増える。一方、支える現役世代は減少の一途をたどる。
その状況下で、年金財政を維持するには“給付を短期に集中させる”しかない。つまり、厚く短く配ることでトータルの支出を抑える。これは、今回の改正で給付額が1.3倍になる理由の裏側でもある。
第5章|5年後の遺族は“自己責任”へ放り出される
最も問題なのは、「5年後の生活をどうするか」が極めて曖昧なままという点である。
制度は「収入が少なければ継続給付する」としているが、それは働かない・働けない人向けの最低保障に近い。一方、少しでも働いて収入が増えれば、「ならば年金は不要ですね」と打ち切られる。
つまり、“頑張って働く人”ほど損をする構造になっているのだ。
この構造は、生活保護制度とよく似ている。一定の収入があれば給付が打ち切られるという逆インセンティブは、遺族年金にも取り込まれ始めている。
残された家族が、「働きすぎると給付が止まるから、収入を抑えよう」と考える社会になって良いのか。
第6章|“見直し”ではなく“改悪”だったのでは?
制度を整えることは必要だ。男女平等も大切だ。だが、それが受給者の生活不安を高め、老後の備えを奪う形で行われるべきではない。
この改正の問題点は、見た目には「平等」でも、実態は**“切り捨て”に近い構造的な縮小**にある。終身であった制度を有期に変えることで、「長生きするほど損をする」ようなメッセージを国が発しているのだ。
給付の継続条件を設けることで、“保障”ではなく“選別”に変質した制度。これを「見直し」と呼んでよいのか。
むしろこれは、「静かなる改悪」ではないか。
🔚結びにかえて
家族を亡くし、遺された人の悲しみは計り知れない。かつての制度は、せめてその人生の後半に“経済的な安心”を与えてくれるものだった。
だが、今回の改正によって、私たちはその「安心」を少しずつ失い始めている。
制度を見直すならば、数字ではなく生活と心を守る方向であるべきだ。
一人でも多くの人が、この制度改正の意味を正しく理解し、声を上げていくことが必要だ。
終身という名のセーフティネットを、次の世代のために守れるか──今、私たちは問われている。