勝手に副業していた社員が死んだ──知らなかった会社に訴訟が起きた日
杉山 晃浩
第1章|それは“普通の朝”から始まった
その日、田中翔太くん(38)はいつも通り出社していた。 出勤時間ぴったりに出社し、デスクにつき、PCを立ち上げる。
社内では「真面目で物静か」と評されていた。 上司の指示には素直で、報連相もしっかりしていた。
午前10時すぎ。会議室に向かう途中の廊下で、田中くんは突然倒れた。
頭を押さえ、苦しそうにうずくまり、そのまま意識を失った。 同僚の叫び声、救急車のサイレン。 ただならぬ空気に、社内は一気に緊張に包まれた。
第2章|病院からの連絡。そして、死
午後2時すぎ、病院から電話が入った。
「脳出血で、搬送時すでに重篤でした。先ほど、亡くなられました。」
38歳。健康診断でも異常は見つかっていなかった。 社内でも特に体調を崩した様子もなかった。
「まさか、田中くんが…」
誰もが信じられなかった。
第3章|そのとき、会社はこう思っていた
総務部長は言った。 「ウチ、残業少ないですよね?平均月20時間くらいで。」
社長も言った。 「過労ってことはないよな。夜中まで働かせた覚えもないし…」
その場にいた役員も、みな同じ気持ちだった。 田中くんが倒れたのは、会社のせいではない。そう思い込んでいた。
第4章|すべてがひっくり返った“遺族の一言”
通夜の席。
社長が遺族に声をかけたとき、母親が何気なく言った。
「あの子、最近夜も居酒屋でバイトしてたんですよ。生活が厳しいって…」
社長は言葉を失った。 「え、副業してたのか…?」
その事実を、誰も知らなかった。
第5章|副業してたなんて、誰も知らなかった
田中くんは会社に「副業申請」をしていなかった。
就業規則には「副業は事前許可制」と明記されていた。 しかし、実際には申請していない社員が他にもいるのでは、と言われていた。
バレなければいい、という空気が、なんとなくあったのだ。
そして田中くんは、黙って副業をしていた。 平日は正社員。夜と週末は居酒屋スタッフ。
その生活が、1年以上も続いていたらしい。
第6章|調査、そして“労災認定”
労基署が調査に入った。
本業の残業時間:月20時間程度。 副業の勤務時間:月60~70時間。 合計:約90時間の残業相当。
結果、脳出血は業務起因性が高いと判断され、 本業側での労災認定が下りた。
「うちの勤務だけ見れば普通の働き方だったのに…」 と総務部長はうなだれた。
第7章|届いたのは、遺族側の“内容証明”
通夜から数週間後、会社に一通の内容証明郵便が届いた。
弁護士名義で、こう書かれていた:
「安全配慮義務を怠ったため、死亡の責任は貴社にあると考えます」
数千万円の損害賠償を求める民事訴訟。 会社の誰もが凍りついた。
「副業してたことも知らなかったのに、なぜウチが…」 という社長の声は、誰にも届かなかった。
第8章|“知らなかった”では、もう守れない
会社は「副業は事前許可制」と就業規則に書いていた。
でも、現場にはそれが“運用されていない空気”があった。
田中くんが申告しなかったのはもちろん問題だ。 だが、会社が“把握しようとしてこなかった”ことが、いま突きつけられている。
労基署の調査報告書には、こうあった:
「本人が副業していた可能性を会社は認識できたにもかかわらず、確認や注意喚起をしていない」
第9章|あなたの会社でも、今日起こり得る話
これはフィクションです。
でも、今この瞬間、あなたの会社にも“申告していない副業者”がいるかもしれません。
そしてその人が、突然倒れて亡くなったとき──
「知らなかった」では済まない世界が、待っているのです。
※この物語は実際の事例を参考にしたフィクションです。 企業名・人物名・状況などはすべて架空のものです。