給与差押えが来たらどうする?中小企業の事務担当者が知っておきたい“手取りベース”の計算方法
杉山 晃浩
ある日突然、裁判所から会社宛に「給与差押命令」が届くことがあります。
中小企業の事務担当者にとって、これは大きなプレッシャーです。「どの金額を差し引けばいいのか?」「手続きを間違えたら会社が責任を負うのか?」と不安に感じる方も多いでしょう。
給与差押えの計算は専門用語が多く難解に思えますが、実は「手取りベース」で考えるとぐっと分かりやすくなります。本記事では、中小企業の事務担当者が押さえておきたい給与差押えの基礎知識と、手取りベースでの計算方法、そして実務対応の流れを解説します。
第1章 給与差押えとは?事務担当者が押さえるべき基礎知識
給与差押えとは、従業員が借金や養育費の滞納などを理由に、債権者が裁判所を通じて給与から直接取り立てを行う制度です。裁判所から「債権差押命令」が会社に届くと、会社は「第三債務者」という立場になり、法律上の義務として給与から差押え分を控除して裁判所へ納付しなければなりません。
もし会社がこれを怠れば、「第三債務者責任」を問われ、会社自身が債務を支払う立場になるリスクもあります。つまり、差押え命令を無視することはできず、適切な対応が不可欠です。
第2章 差押えは“手取りベース”で計算する
給与差押えの金額は、「可処分所得」を基準に計算します。可処分所得とは、給与総額から所得税・住民税・社会保険料などを差し引いた後の金額、つまりいわゆる「手取り給与」です。
ルールはシンプルです:
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手取りが44万円以下の場合
→ 手取りの4分の1まで差押え可能 -
手取りが44万円を超える場合
→ 「44万円を超える部分の全額」または「手取りの4分の1」のうち、どちらか多い方
例えば、手取りが30万円の従業員なら差押え可能額は7万5千円(30万円 ÷ 4)。
手取りが50万円の従業員なら、超過部分6万円(50万-44万)と1/4=12万5千円を比較し、多い方の12万5千円が差押え額になります。
このルールは、給与だけでなくボーナスや退職金にも適用されるため注意が必要です。
第3章 税金滞納のケースは特例あり
もし差押えの理由が借金ではなく「税金の滞納」の場合、計算方法は少し異なります。国税や地方税の滞納処分では、生活保障の観点から、以下の金額を残すことが認められています:
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所得税や社会保険料
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10万円
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扶養家族1人につき4万5000円
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手取り給与の20%
この①〜④を合計した額を差し引いた残りが差押え対象になります。借金の差押えに比べ、残せる金額が多くなるのが特徴です。
事務担当者は、差押えが「借金によるものか」「税金によるものか」を見極めて対応を変える必要があります。
第4章 給与差押えが来たときの実務フロー
給与差押え命令が届いた場合、事務担当者は次のステップで対応します。
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ステップ1:裁判所からの通知を確認
債権者の名前、差押え対象者(従業員)の氏名、差押え金額、送金先などを確認します。 -
ステップ2:従業員本人へ説明・確認
本人に通知が届いていない場合もあるため、事実を伝え、給与から差し引かれることを説明します。 -
ステップ3:差押え可能額を計算
手取りベースで差押え額を算出します。 -
ステップ4:給与から控除し、裁判所へ納付
通常の給与計算と同時に控除し、裁判所が指定する口座へ送金します。 -
ステップ5:記録の保管と社内対応
差押えに関する書類は重要書類として保管し、情報が外部に漏れないよう管理します。
第5章 トラブルを防ぐためのポイント
給与差押えは、従業員本人にとって非常にデリケートな問題です。
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守秘義務の徹底
必要以上に社内で共有せず、関与する担当者を最小限に絞ることが重要です。 -
メンタルフォロー
差押えによって従業員が精神的に追い込まれる場合があります。人事部門や外部相談窓口の利用も検討しましょう。 -
複数の差押えがある場合
優先順位があり、養育費や税金が最優先されます。事務担当者だけで判断せず、顧問社労士や弁護士に相談するのが安心です。
第6章 事務担当者が知っておきたい予防と対策
給与差押えを受けた従業員がいること自体、会社にとってリスクになり得ます。勤務意欲の低下や職場の雰囲気への影響も無視できません。
また、差押えが続く限り事務作業も煩雑になります。そのため、以下のような対応も検討しましょう:
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従業員に任意整理や個人再生、自己破産といった法的手続きを勧める
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顧問社労士や弁護士に早めに相談する
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社内マニュアルを整備しておく
事務担当者一人で抱え込まず、専門家の支援を活用することが、会社全体のリスク管理につながります。
まとめ
給与差押えは突然発生するリスクですが、計算の基本ルールを押さえておけば慌てる必要はありません。
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差押えの基準は「手取りベース(可処分所得)」
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原則は「手取りの4分の1」まで
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税金滞納の場合は特例あり
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実務フローに沿って冷静に処理することが大切
中小企業の事務担当者としては、正しい知識を持ち、必要に応じて専門家と連携することが最大の防御策です。