もし社員が通勤中に人身死亡事故を起こしたら?会社の信用を守るための対応と備え
杉山 晃浩
1. はじめに
社員の通勤途上で発生する事故は、どの企業でも起こり得るリスクです。
多くの場合は軽微な接触事故や物損で済みますが、万が一歩行者をはねて死亡させてしまったとなれば、事態は一変します。
ニュースやSNSでは「〇〇会社の社員が逮捕」と報じられ、たとえ業務外の事故であっても、会社名とイメージは大きなダメージを受けます。
経営者にとって重要なのは、事故が発生した際の対応だけでなく、事前の備えによって信用リスクを最小化することです。
本記事では、社員が通勤中に人身死亡事故を起こした場合、会社にどのような責任が発生し、経営者はどう対応すべきかを整理します。
2. 通勤途中の人身事故で会社に責任はあるのか
使用者責任の原則
民法715条に定められている「使用者責任」は、社員が事業の執行に関連して他人に損害を与えた場合に、会社が賠償責任を負うものです。
例えば、営業車での移動中に事故を起こした場合は、会社が使用者責任を問われます。
しかし「自宅から会社までの通勤」は、一般的に「事業の執行」とはみなされません。
したがって、原則として会社は法的な賠償責任を負わないのです。
例外となるケース
ただし例外もあります。
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会社がマイカー通勤を認め、その使用を事実上指示していた
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任意保険加入を確認せず、管理を怠っていた
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営業車の代わりに私有車を業務に使わせていた
こうした事情がある場合、会社の管理監督責任が問われる可能性があります。
「業務と無関係だから関係ない」と言い切れるとは限らないのです。
3. 社員が逮捕された場合の会社の対応
初動対応
事故が重大であれば報道されることもあります。
その際に会社としての立場を明確にしなければ、取引先や地域からの信頼を失いかねません。
最初にすべきことは、**「私的な通勤途上の事故であり、会社業務とは無関係です」**という公式コメントをまとめ、問い合わせ対応を統一することです。
勾留中の勤務扱い
逮捕され勾留中の社員は出勤できません。
就業規則に定めがなければ「欠勤」として扱います。
もし起訴・有罪判決となれば、就業規則に基づいて懲戒処分(戒告・出勤停止・懲戒解雇など)を検討することになります。
被害者や遺族への姿勢
法的責任がなくても、会社名が出た以上「道義的責任」が問われます。
可能であれば遺族に対してお悔やみを伝えるなど、最低限の誠意を示すことも検討すべきです。
対応を誤ると「冷たい会社」という印象が広まり、ブランドイメージに深刻な傷を残す恐れがあります。
4. 信用を守るために必要なリスク管理
報道リスク
死亡事故や逮捕は必ずニュースになります。
記事やテロップで「〇〇会社社員」と報じられるだけで、世間からは「そういう会社」というレッテルを貼られます。
一瞬で積み上げた信用が揺らぐことを意識しておく必要があります。
顧客・取引先への影響
事故とは無関係の事業でも「信用できる会社なのか」という視点で見られます。
重要な取引や契約更新に影響する可能性も否定できません。
社員教育
事故の多くは飲酒・スピード違反・わき見運転などのヒューマンエラーに起因します。
定期的に交通安全教育やコンプライアンス研修を行うことは、単なる形式ではなく「信用を守る投資」です。
5. 事前に整えておくべき備え
車通勤許可制と任意保険加入の義務化
社員の車通勤を黙認するのではなく、必ず「許可制」とし、任意保険(対人・対物無制限など)加入を条件とすることが重要です。
保険証券の写しを提出させ、年に1回は更新確認を行いましょう。
就業規則・通勤規程の整備
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「通勤途上で逮捕・起訴された場合は懲戒の対象とする」
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「長期勾留で出勤できない場合は休職または自然退職の対象とする」
など、ルールを明記することでトラブル対応に一貫性が生まれます。
危機管理マニュアル
重大事故や不祥事が起きたときの「初動フロー」や「社外説明文例」を用意しておくと、混乱を最小限に抑えられます。
これは交通事故に限らず、ハラスメントや労災、SNS炎上など、さまざまな不測事態にも有効です。
6. まとめ
通勤途中の死亡事故は、会社に直接の法的責任が及ばないケースが多いとはいえ、社会的信用を大きく揺るがすリスクをはらんでいます。
経営者が取るべき行動は次の通りです。
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初動で冷静に「業務無関係」を明確にする
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社員の勤務扱いや処分は就業規則に沿って慎重に判断する
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被害者遺族や地域に対して最低限の誠意を示す
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事前に「任意保険加入義務化」「通勤規程の整備」「危機管理マニュアル」などを準備しておく
「法的責任はないから安心」ではなく、信用を守る視点での備えこそが、経営者に求められるリスク管理です。