評価制度を変えても人が辞める理由──“制度疲労”を防ぐ運用力の鍛え方
杉山 晃浩
■ はじめに:「制度はあるけど、機能していない」という相談が増えている
「評価制度を新しくしたのに、社員の不満が減らない」
「等級制度を導入したけど、運用が続かない」
「人事制度を入れたのに、逆に社員のやる気が下がった気がする」
社労士として企業を支援していると、こうした声を本当によく聞きます。
制度を整えることは、組織づくりの第一歩です。
しかし、「制度を作ること」と「制度を使いこなすこと」は、まったく別物です。
この“運用の壁”を越えられない会社は、どれだけ立派な制度を作っても、
数年後には制度が形骸化し、「制度疲労」を起こします。
■ 制度疲労とは何か?
制度疲労とは、「人事制度そのものが現場に合わなくなり、機能しなくなる状態」を指します。
これは制度の老朽化だけでなく、“運用力の欠如”によっても起こります。
具体的には、こんな状態が見られます。
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評価シートが形式的に埋められているだけ
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昇給・昇格の判断が、結局は社長の感覚に戻っている
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管理職が評価制度の意図を理解していない
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社員が「評価の基準がわからない」と感じている
これらが積み重なると、社員の納得感は失われ、
「どうせ評価なんて関係ない」という“制度への諦め”が広がります。
これが、制度疲労の典型的な症状です。
■ 制度疲労が起きる3つの原因
制度疲労には、ほぼ共通する3つの原因があります。
どれも、社労士として現場で繰り返し見てきたものです。
① 制度導入の目的があいまい
「人事制度がないと恥ずかしいから」「顧問税理士に言われたから」など、
“外圧”で制度を作るケースは少なくありません。
しかし、制度はあくまで経営理念を実現するためのツールであるべきです。
理念や経営目標とつながっていない制度は、運用の軸を失い、数年で形骸化します。
② 管理職が制度を理解していない
制度の運用は現場の管理職が担います。
ところが、実際に評価する立場の管理職が「制度の目的」を理解していないことが非常に多い。
「この評価シート、何をどう書けばいいんですか?」
「結局、売上を上げた人が一番ですよね?」
これでは、制度が現場で機能するはずがありません。
制度教育と運用トレーニングの欠如が、制度疲労を早める大きな要因です。
③ 評価と育成がつながっていない
評価は“給料を決めるための作業”ではなく、
“成長を促すためのフィードバック”であるべきです。
ところが多くの会社では、評価が「査定で終わっている」。
結果だけでなくプロセスを振り返る仕組みがないため、
社員が「自分は何を頑張ればいいのか」が見えなくなります。
■ 社労士が見た「制度疲労」企業の実例
ある介護事業所では、数年前に評価制度を導入しました。
当初は“公平な評価を目指す”という意気込みがありましたが、
運用が始まるとすぐに現場から不満が噴出。
「何を評価されているのかわからない」
「同じ評価なのに給与が違う」
「結局、上司の好き嫌いじゃないの?」
原因を分析すると、管理職研修を一度も行っていなかったことが判明しました。
評価シートは配ったものの、
「どのような行動を見て判断するか」「評価結果をどう伝えるか」が共通化されていなかったのです。
つまり、制度疲労の原因は“制度そのもの”ではなく、“制度を扱う人の理解不足”でした。
■ 制度を“動かす”ための3つの視点
制度を「作る」だけではなく、「使いこなす」ために必要な視点を、社労士の立場から整理します。
① 「人事ポリシー」を明確にする
人事ポリシーとは、経営理念と人事制度をつなぐ“橋渡し”の考え方です。
「どんな人を採用し、どう育て、どのような行動を評価するか」という一貫した方針を持つこと。
このポリシーがないと、評価制度はただの“数字合わせ”になり、
理念と現場のズレが拡大していきます。
② 評価会議を仕組み化する
管理職が個々に判断していては、評価のばらつきは避けられません。
半年に一度、評価を共有・議論する「評価会議」「人財会議」を設けるだけで、
制度運用の精度は格段に上がります。
ここでのポイントは、評価を「管理職育成の場」にすることです。
経営人財会議のような形式で、上司同士が意見を出し合う。
これが「人を見る力」を磨く最高のトレーニングになります。
③ フィードバックの質を高める
制度の運用で最も重要なのは、“結果の伝え方”です。
評価結果をただ通知するだけでは、社員の納得は得られません。
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何をどう評価したのか
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どこが成長のポイントか
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次に何を期待するのか
この3点をしっかり伝えることで、
社員は「自分は会社に見られている」と感じ、信頼が生まれます。
■ 「制度はあるが、運用がない」会社が増えている
最近、制度を導入しただけで満足してしまう企業が増えています。
これは、制度を“導入プロジェクト”で終わらせていることが原因です。
導入まではコンサル会社や士業が伴走してくれますが、
その後の“定着フェーズ”は自社に任せきり。
結果、1年も経たないうちに運用が崩れ始めます。
この段階で社労士が関与できれば、
制度のメンテナンス・教育・仕組み化を通じて再起動させることが可能です。
「制度の運用支援」こそ、今の社労士が最も求められている役割だと感じます。
■ 制度運用を強くする“社内マッスル”を鍛えるには
制度運用を強くするには、特別なシステムやツールではなく、
“人と人が制度を通じて対話する場”を作ることが一番の近道です。
たとえば「経営人財会議」では、半年に一度、
管理職が自部署の人材を共有し、上司同士で議論します。
これにより、評価のばらつきが減り、管理職同士の目線が揃う。
そして、制度が“動く仕組み”へと変わっていきます。
制度を動かすのは、人。
人を動かすのは、対話。
この当たり前の原理を仕組み化できる企業こそが、制度疲労を克服できます。
■ まとめ:制度を磨くより、“運用力”を鍛えよう
人事制度を「整備すること」が目的になっていませんか?
本当に必要なのは、制度を運用できる筋肉=マネジメント力です。
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制度疲労は「理念と制度のズレ」から生まれる
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運用不全は「管理職教育の欠如」から始まる
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制度が機能する会社は「評価と育成がつながっている」
経営理念を制度に落とし、制度を人に浸透させる。
その循環を回すのが、社労士の新しい使命です。
もし、あなたの会社が「制度はあるけど機能していない」と感じるなら、
それは制度の限界ではなく、“運用の再構築”のサインです。
経営人財会議のような「評価と育成をつなぐ仕組み」を導入することで、
制度は再び息を吹き返します。