なぜDX化は進まないのか──現状維持バイアスが生む“変われない組織”の心理と打開策

杉山 晃浩

〜社労士が解説する「人が変わらない理由」と「変わる仕組み」〜

第1章 DX化が「人の問題」に突き当たる理由

「システムを導入したのに、誰も使ってくれない」
「デジタル化を進めたのに、結局紙とExcelが復活している」

──これは多くの中小企業が抱えるDXの“あるある”です。

ツールを導入すれば自動的に効率化が進むと思われがちですが、
現実には「仕組み」よりも「人」が変わらないことで失敗するケースが圧倒的に多いのです。

社労士として現場を見ていると、経営者は「なぜ社員が動かないのか」と嘆き、社員は「どうせまた変わる」と冷めた反応を示す場面が目立ちます。
つまり、DX化の壁は“技術”ではなく“心理”にあります。

その心理の中心にあるのが、現状維持バイアス(Status Quo Bias)です。


第2章 現状維持バイアスとは?──変化を拒む人間の心理構造

現状維持バイアスとは、
「今のままでいたい」「変えるのは不安だ」と感じてしまう心理的傾向のことです。

人間は、変化をチャンスよりリスクとして捉えるようにできています。
たとえ現状に不満があっても、未知の未来より“慣れた不便”のほうが安心するのです。

たとえば──

  • 「紙での申請が面倒」と言いながら、電子申請システムを触るのは面倒くさい

  • 「情報共有のズレをなくしたい」と言いながら、チャットツールを導入すると“通知が多くて嫌だ”と言い出す

  • 「もっと効率化を」と言いながら、現場では“結局これまでのやり方が一番早い”と結論づける

これらはすべて、現状維持バイアスの典型的な反応です。
決して怠けているわけではなく、脳の防衛反応なのです。


第3章 DX推進を止める3つの“心理トリガー”

DXが進まない職場には、共通する3つの心理トリガーがあります。

① 損失回避の心理

人は「得をする」よりも「損をしたくない」という気持ちの方が強く働きます。
新しいシステムに切り替える際、「覚えられないかも」「ミスをしたら責任を取らされるかも」と考え、行動を止めてしまうのです。

② 社会的同調圧力

「周りがまだやっていないから、自分も後でいいや」という“空気”も大きな障害です。
特に年功序列の職場では、上司が変わらない限り、部下も動きません。
DX推進は、最初に動く人を称える文化づくりが欠かせません。

③ 習慣の惰性

「今までこれでやってきたから」「変える意味が分からない」
これも非常に多い反応です。
長年のルールや手順は、“安心の象徴”になっており、変化は「安定を壊すもの」として無意識に拒まれます。

💡DX化とは、単なる技術導入ではなく、人の習慣を再設計するプロジェクトなのです。


第4章 現状維持バイアスを打ち破る3つの実践法

①「危機」ではなく「希望」で伝える

DX推進の現場では、「変わらなければ時代に取り残される」「このままでは生産性が上がらない」といった“危機訴求”がよく使われます。
しかし、人は恐怖よりも希望に動かされます。
「DXで時間が増える」「人の代わりではなく、人を支えるツール」と伝えることで、前向きなエネルギーが生まれます。

特に中小企業では、「社長が楽しそうにDXを語ること」が最も強い推進力になります。


② 小さな成功体験を積み上げる

DXは“全社一斉”でやろうとすると失敗します。
最初から全員を巻き込むよりも、小さなチームで成功事例をつくる方が早い。

たとえば:

  • 勤怠入力を自動化して、残業時間が月5時間減った

  • 電子契約を導入して、紙代・郵送代が年間30万円削減

  • 共有フォルダを整理して、データ探し時間が半減

このような「成果の見える化」が社員の安心感を生みます。
人は“成功した人の姿”を見ると、「自分もやってみよう」と感じるのです(=社会的証明効果)。


③ “選べる自由”を残す

DX推進でありがちな失敗が、“全員強制”。
「使わないと罰則」「旧手順は禁止」と言われると、反発が起こります。
むしろ、「まずは触ってみましょう」「最初は両方併用でOK」という選択肢の余地を与えた方が浸透が早い。

心理学的にも、人は“自分で選んだ行動”の方を長く続ける傾向があります(自己決定理論)。
「やらされるDX」ではなく「選べるDX」に変えることが鍵です。


第5章 社労士が支援できる「DX×心理設計」

DX推進には「人」「制度」「心理」の三位一体のアプローチが欠かせません。
社労士は、まさにその接点に立つ専門家です。

社労士が果たせる3つの役割

  1. 組織診断と課題可視化
     ESチェックなどを活用し、「誰が」「どこで」DXに抵抗を感じているのかを分析。

  2. 教育・研修の再設計
     デジタルリテラシーを段階的に高める研修プログラムを設計。
     “できない人を責めない”風土づくりが第一歩。

  3. 評価制度への落とし込み
     DX活用を「成果」ではなく「行動」として評価に組み込むことで、変化を定着させる。

DX推進は「システム導入支援」ではなく、「人の行動変容支援」である。
それを実現できるのが、心理と仕組みの両方を理解した社労士です。


第6章 まとめ:変わる前に“変われない理由”を理解する

DXが進まないのは、社員が怠けているからでも、意識が低いからでもありません。
それは人間がもともと持っている現状維持バイアスが働いているだけです。

だからこそ、経営者が「なぜ変われないのか」を理解することが、変化の第一歩になります。
DX推進の本質は「強制的な改革」ではなく、「変わりたいと思える環境づくり」。

そのために必要なのは、心理学と人事労務の知見を融合した“変化を支える仕組み化”です。


オフィススギヤマグループは、DX推進を“人の行動設計”から支援する社労士事務所です。

  • 現状維持バイアスを可視化する組織診断

  • 管理職研修による「変化を促すマネジメント」育成

  • 評価制度や業務設計の見直しによるDX推進の仕組み化

「変わる前に、変われない理由を知る」
その理解が、御社のDXを前に進める第一歩です。

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