マニュアルを細分化しすぎると現場が壊れる──スプリッター効果の恐怖

杉山 晃浩

第1章 なぜマニュアルを細かくすると“やりやすくなる”と思うのか?

「誰でも同じようにできるように、マニュアルは細かいほど良い」
多くの職場で、ほとんど“常識”のように語られている言葉です。

  • 手順を増やす

  • 注意点を全部書き込む

  • 例外対応も全部網羅する

一見すると丁寧で親切に見えます。
しかし、現場の実態はどうでしょうか。

  • マニュアルが分厚すぎて読まれない

  • 手順が細かすぎて覚えられない

  • 新人は途中でつまずき、結局ベテランに質問

  • 例外対応が出ると手が止まる

こうした混乱の背景にあるのが、心理学でいう
スプリッター効果(Splitter Effect) です。

スプリッター効果とは、
物事を細かく分けすぎることで、かえって全体が見えなくなる心理現象 のこと。

「細かくすれば安心」という発想が、
実は現場を苦しめる大きな落とし穴になっているのです。


第2章 現場で起きている“スプリッター現象あるある”

スプリッター効果は、多くの職場で次のような形で現れます。


① マニュアルが厚くなりすぎて“誰も読まない”

手順が多すぎると、読むだけで嫌になります。
新人は冒頭で挫折し、ベテランですら読みません。


② ルールが増えるほど“守られないルール”が増える

本来守るべきポイントが埋もれてしまい、
大事なことほど軽視される構造になります。


③ 例外対応が発生した瞬間にフリーズする

細分化マニュアルでは、例外を想定しきれません。
イレギュラーが出ると「書いてない…どうしよう」と手が止まります。


④ ToDoが細かすぎて逆に何から手をつけて良いか迷う

作業が細かく分断され、
視線の移動や確認が増え、効率が著しく下がります。


⑤ 新人が“理解する前に暗記させられ”、すぐ辞める

細分化は“丸暗記仕事”を増やすため、育成の難易度が跳ね上がります。


⑥ 分析表が細かすぎて改善につながらない

細かく数字を集めても、“どこから改善すべきか”が逆に分からなくなります。


これはすべてスプリッター効果の典型例。
心当たりのある現場も多いのではないでしょうか。


第3章 マニュアル細分化が“現場を壊す”3つの理由

細かく書くほど安全になりそうですが、現実は逆です。
スプリッター効果の厄介さは、次の3つの現象に集約されます。


① 判断力が奪われ、応用が効かなくなる

細かい指示に従うだけの作業を続けると、
スタッフの“自分で考える力”が弱まります。

  • 手順通りならできるが

  • 少し条件が変わると、動けない

これは介護・医療・事務・製造など、あらゆる現場で共通のリスクです。


② 覚えられず、かえってミスが増える

細かい手順は脳に負荷をかけます。

  • 覚えられない

  • 忘れる

  • 手順を飛ばす

  • 間違える

ミスを防ぐつもりが、ミスを増やす結果になってしまいます。


③ 属人化が強化される“逆説”

細かく書いたのに、実際に理解して使いこなすのは一部のベテランだけ。
結果として、

  • 新人は覚えられない

  • ベテランの“裏技”が横行

  • 属人化がむしろ強まる

という逆効果が起きます。


第4章 なぜ人は“細分化の罠”に陥るのか?(心理面の解説)

スプリッター効果が起きる背景には、次の心理があります。


① 過去の失敗を“二度と繰り返したくない”という思い

ミスが起きると、管理者は
「もっと細かく書いておけば…」
と考えがちです。


② 完璧なマニュアルで安心したい

人は不安になると、細かさでコントロールしようとします。
しかし、仕事は常に変化するもの。
“完璧なマニュアル”は存在しません。


③ 指示書に頼りたい心理(責任回避)

細かく書けば書くほど、
「書いてある通りだから私は悪くない」
という心理が働きます。


④ 細かい=丁寧という勘違い

丁寧さと細かさは別物です。
細かさが増えるほど丁寧さが失われることも多いのです。


第5章 細分化マニュアルの“見えないコスト”とは?

細かくしすぎたマニュアルには、目に見えない大きな損失が潜んでいます。


● 教育コストの増大

新人が覚えるまでに時間がかかりすぎる。

● 更新コストの増大

細かい手順は状況が変わるたびに更新が必要。
メンテナンスだけで毎月の時間が奪われます。

● 現場のスピード低下

手順を確認する時間が長くなり、生産性が下がる。

● 定着率悪化

細かすぎるルールはストレスの原因になり、離職につながります。

● イレギュラーに弱い職場になる

総合的な判断力が育たないからです。


第6章 スプリッター効果に負けない“強いマニュアル”のつくり方

では、どうすれば良いのか。
ポイントは、“引き算のマニュアル” です。


① 全体像を先に示す(マニュアルは地図である)

最初に全体の流れ図を載せるだけで理解度は大幅に上がります。


② 80%ルールで作る(例外は切り捨てる)

“よくあるケース”だけ載せれば十分です。
例外は別紙や口頭で対応。


③ 文章より写真・図・動画を使う

視覚情報は理解が10倍早くなります。


④ “要点版(1枚)”と“詳細版”の2層構造にする

新人は要点版、担当者は詳細版。
現場負担が大幅に下がります。


⑤ ルールは“増やす”のではなく“減らす”

守られるルールとは、
シンプルで大事なことだけに絞ったルール です。


第7章 「マニュアルを減らしたら現場が安定した」実際の成功例

● 介護施設の例

分厚いマニュアルを3ページに要約し、写真と図で整理。
結果、ヒヤリハットが大幅に減った。

● 製造業の例

工程表200項目 → 30項目へ。
作業スピードが30%アップ。

● 事務所の給与計算業務

マニュアルの細分化をやめ、工程を5ステップに統合。
手戻りゼロを達成。


第8章 まとめ──“細かくすれば安心”という幻想から自由になろう

  • 細かいほど良い

  • 完璧に書けば誰でもできる

  • 手順を増やせばミスは減る

これらはすべて、私たちの脳が生み出した幻想です。

本当に現場が強くなるのは、
誰でも再現できる“シンプルな仕組み”を持っている職場 です。

スプリッター効果を理解し、
「細かくする」ではなく「余計なものを削る」発想でマニュアルを作れば、
現場はもっと軽く、もっと動きやすくなります。

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