「あの客には誰も対応したがらない」 小売業・美容サロンで起きたカスハラ事例と境界線の欠如
杉山 晃浩
現場で起きている「見えにくい異変」
「あの方、今日は来ていませんよね?」
そんな一言に、スタッフ全員が少しホッとする――。
小売店や美容サロンの現場で、こうした空気を感じたことはないでしょうか。
誰も口には出しませんが、“対応したくないお客様”が共有認識になっている状態です。
最初は些細な違和感です。
言い方がきつい、細かすぎる要求が多い、機嫌で態度が変わる。
しかし、それが繰り返されるうちに、現場は静かに疲弊していきます。
これは単なる「相性の問題」ではありません。
カスタマーハラスメント(カスハラ)の初期兆候であり、
同時に「境界線が存在しない職場」のサインでもあります。
【事例① 小売業】
常連という名の“支配者”が現場を壊すまで
ある小売店では、長年通っている常連客がいました。
売上への貢献度も高く、経営者にとっては「大事なお客様」です。
しかしその常連客は、
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レジ対応が遅いと怒鳴る
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値引きを当然のように要求する
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新人スタッフのミスを執拗に責める
といった行動を繰り返していました。
現場では「またあの人か…」という空気が広がります。
それでも経営者はこう判断しました。
「常連さんだし、悪気はない」
「現場でうまくやってほしい」
結果どうなったか。
対応に慣れたベテランスタッフだけが前に出るようになり、
そのスタッフが退職した瞬間、現場は一気に崩れました。
残ったのは、
**“売上は守ったつもりで、人を失った経営”**でした。
【事例② 美容サロン】
「口コミが怖い」が境界線を消した瞬間
美容サロンでは、別の形でカスハラが表れます。
ある顧客は、
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施術時間を超えた要求
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スタッフ個人への過度な指名
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SNSや口コミをほのめかした圧力
をかけ続けていました。
経営者は頭では分かっていました。
「これはおかしい」と。
しかし、
「悪い口コミを書かれたらどうしよう」
「波風は立てたくない」
その思いから、スタッフにはこう伝えていました。
「今回は穏便に対応して」
この“今回は”が積み重なった結果、
スタッフは「守ってもらえない職場」だと感じ始めます。
最終的に辞めたのは、
技術力があり、指名も多かったスタッフでした。
なぜ境界線が引けなかったのか
問題は「客」ではなく「仕組み」
これらの事例に共通するのは、
「困ったお客様がいたこと」ではありません。
問題の本質は、
正当なクレームとカスハラを分ける“境界線”が存在しなかったことです。
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どこまでが要望で
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どこからが不当な要求なのか
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誰が判断するのか
これが決まっていない職場では、
判断がすべて現場任せになります。
現場は迷います。
我慢すべきか、断るべきか。
結果として「耐えられる人」に負担が集中します。
経営者がスタッフに境界線を伝える意味
境界線を示すことは、
「お客様を大切にしない」という意味ではありません。
むしろ逆です。
スタッフを守ることで、サービスの質を守るという経営判断です。
経営者が明確に線を引くことで、
スタッフはこう感じます。
「ここまでは会社が守ってくれる」
「一人で抱えなくていい」
この安心感が、離職を防ぎます。
それでも「経営者が直接言う」のは難しい
理屈では分かっていても、
経営者が直接境界線を伝えるのは簡単ではありません。
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常連客との長年の関係
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口コミや評判への恐怖
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感情的な対立を避けたい気持ち
経営者自身が“悪者”になるリスクもあります。
だからこそ、
境界線は「正しさ」だけでは機能しないのです。
だからこそ第三者が境界線を支える
ここで有効なのが、第三者によるサポートです。
外部の立場から、
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客観的に状況を整理し
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会社の方針として伝え
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感情的な衝突を避ける
第三者が入ることで、
境界線は「個人の判断」ではなく
**「組織としてのルール」**になります。
経営者も、スタッフも、
そして本当に大切なお客様も守る選択です。
境界線がある職場に戻ったとき、何が変わるか
境界線が明確になると、現場は変わります。
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スタッフが怯えなくなる
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無理な要求が減る
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離職が止まる
そして不思議なことに、
本当に大切にすべきお客様だけが残るようになります。
まとめ
境界線がない職場に、未来はない
カスハラは、放置すれば必ず組織を壊します。
境界線は必要です。
しかし、それを
経営者一人で背負う必要はありません。
境界線を「伝える」だけでなく、
「支える仕組み」を持つこと。
それが、これからの小売業・美容サロン経営に求められる
現実的なカスハラ対策です。