人件費を抑えるための業務委託が、かえって高くつく理由
杉山 晃浩
「正社員として雇うと、社会保険料の負担が重い」
「残業代や有給休暇まで考えると、業務委託にしたほうが安いのではないか」
「忙しい時期だけ働いてもらい、必要がなくなったら契約を終了したい」
人手不足に悩む中小企業の経営者であれば、一度は考えたことがあるかもしれません。
確かに、業務委託では、雇用と比べて会社が直接負担しない費用があります。契約内容や働き方によっては、必要な期間だけ専門的な力を借りることもできます。
そのため、業務委託は中小企業にとって有効な選択肢の一つです。
しかし、「人件費を抑えたい」という理由だけで業務委託を選ぶと、当初は安く見えても、後から大きな負担が発生することがあります。
未払賃金の問題、社会保険や労働保険の確認、業務中の事故、情報漏えい、契約終了時のトラブル、仕事のやり直し――。
目の前の保険料を節約したつもりが、結果として、雇用するより高くついてしまうことがあるのです。
業務委託は「安く人を使う仕組み」ではない
最初に確認しておきたいのは、業務委託の本来の目的です。
業務委託は、社員の代わりになる安い労働力を確保するための仕組みではありません。
独立した個人や会社に対して、仕事の完成や専門的な業務の処理を依頼する契約です。
一方、雇用は、会社の指揮命令を受けて働いてもらい、その対価として賃金を支払う関係です。
たとえば、会社が次のような働かせ方を必要としているのであれば、雇用が基本的な候補になります。
- 毎週決まった曜日に出勤してほしい
- 始業と終業の時刻を会社が決めたい
- 上司が毎日の仕事を割り振りたい
- 仕事の順番や進め方を細かく指示したい
- 急な仕事にも対応してほしい
- 他の社員と同じ組織の一員として働いてほしい
- 仕事を断らずに担当してほしい
このような働き方を必要としているのに、契約書だけ業務委託にすると、契約と実態が合わなくなります。
厚生労働省は、労働基準法上の労働者に該当するかどうかについて、請負や委任といった契約の名称ではなく、仕事の依頼を断る自由、業務上の指揮監督、時間や場所の拘束、報酬の性質、事業者としての独立性などから総合的に判断するとしています。
参考:労働基準法における「労働者性判断に係る参考資料集」|厚生労働省
つまり、会社が「業務委託だと思っていた」だけでは足りません。
現場で社員と同じように働かせていれば、労働者としての扱いが問題になる可能性があります。
最初に見えるのは「安さ」だけ
経営者が業務委託を検討するとき、比較しやすいのは毎月支払う金額です。
たとえば、次の2つを比べるとします。
- 社員として月給30万円を支払う
- 業務委託として月額30万円を支払う
金額だけを見れば同じです。
しかし、社員を雇用すれば、会社は社会保険料や労働保険料の負担、給与計算、勤怠管理、有給休暇、健康診断などにも対応しなければなりません。
そのため、「同じ30万円なら業務委託のほうが安い」と考えやすくなります。
ところが、業務委託には、雇用とは別の管理が必要です。
- 依頼する業務の範囲を明確にする
- 成果や品質の基準を決める
- 見積書や注文書を作成する
- 報酬や支払日を明示する
- 検収を行う
- 追加業務があれば再度合意する
- 情報管理や著作権を取り決める
- 損害が発生した場合の責任を決める
- 契約終了時の処理を決める
- 現場が社員と同じ指示をしないよう管理する
業務委託は、雇用管理がなくなる代わりに、契約管理が必要になるのです。
ここを省略すると、会社にとって都合のよいときは「業務委託」、指示を出すときは「社員」という、危険な状態になってしまいます。
労働者と判断された場合に問題になる費用
業務委託として扱っていた人が、実態として労働者に当たると判断された場合、会社が想定していなかった問題が表面化することがあります。
たとえば、事実関係によっては次のような確認が必要になります。
- 労働時間を把握していたか
- 法定労働時間を超えた分の割増賃金を支払っていたか
- 最低賃金を下回っていないか
- 休日や深夜の割増賃金を支払っていたか
- 年次有給休暇を適切に扱っていたか
- 社会保険や雇用保険の加入要件を満たしていなかったか
- 労災事故として取り扱うべきものがなかったか
- 契約終了が解雇に当たらないか
すべてのケースで、これらが一律に発生するわけではありません。
労働者性は個別の事情を総合して判断され、それぞれの制度について加入要件や請求要件があります。
しかし、会社が「業務委託だから関係ない」と考えて、勤務時間や指示の記録を残していなければ、後から事実関係を説明することも難しくなります。
厚生労働省が公表している裁判例の資料には、業務委託として扱われていた人について、割増賃金、解雇、年次有給休暇、健康保険の資格などが争われた事例が掲載されています。
つまり、業務委託契約書を作って終わりではありません。
契約と実態がずれた場合、会社は「本当はどのような働き方だったのか」を説明しなければならなくなるのです。
「好きなときに契約を切れる」とは限らない
業務委託を選ぶ理由として、よく聞くのが次の言葉です。
「社員だと簡単に辞めてもらえないから、業務委託にしたい」
確かに、真に独立した事業者との業務委託契約であれば、契約の終了は、原則として契約内容に基づいて判断します。
しかし、業務委託だからといって、いつでも説明なく終了できるとは限りません。
まず、実態が労働者と判断される場合、契約終了が労働契約上の問題になる可能性があります。
また、真にフリーランスとの取引であっても、フリーランス・事業者間取引適正化等法の確認が必要です。
同法では、一定の発注事業者に対し、取引条件の明示、報酬支払期日の設定、ハラスメント対策などを求めています。
さらに、6か月以上の業務委託を中途解除したり、更新しなかったりする場合には、例外事由に該当する場合を除き、原則として30日前までの予告が必要です。相手から理由の開示を求められた場合の対応も定められています。
参考:フリーランス・事業者間取引適正化等法の解説資料|愛媛労働局
「社員ではないから自由に切れる」という考え方で契約すると、終了するときにトラブルになりやすくなります。
契約を始める前から、期間、更新方法、中途解除、予告、未完成業務、報酬、データの返却などを決めておく必要があります。
指示を出せないために、管理コストが増えることもある
業務委託では、会社が社員と同じように、相手の働き方を自由に管理できるわけではありません。
そのため、業務委託を適正に運用しようとすると、仕事の依頼方法を変える必要があります。
社員であれば、状況に応じて次のような指示を出すことがあります。
「今日は電話対応を優先してください」
「この作業が終わったら、次は資料作成をお願いします」
「お客さまから連絡があったので、すぐに対応してください」
しかし、独立した事業者への業務委託であれば、会社は、契約した業務、納期、成果、仕様などに基づいて仕事を依頼する必要があります。
契約にない仕事を次々に追加し、社員と同じように日常的な業務命令を出していれば、独立した事業者への委託とは説明しにくくなります。
そこで、適正に運用しようとすると、次の作業が必要になります。
- 業務範囲をあらかじめ細かく決める
- 追加業務が出るたびに条件を確認する
- 成果物や完了基準を明確にする
- 業務の進捗を確認する
- 修正範囲や追加料金を協議する
- 現場社員へ指示してよい範囲を教育する
この管理ができない会社では、業務委託にしたことで、かえって手間が増えることがあります。
「細かく指示しなければ動かない仕事」であれば、最初から雇用にしたほうが、業務も管理も分かりやすい場合があるのです。
仕事のやり直しが増える可能性もある
社員と業務委託では、会社が求めるものの伝え方が違います。
社員には、日常の業務を通して少しずつ会社の考え方や仕事の進め方を教えることができます。
一方、業務委託では、依頼する成果や品質を契約や仕様として伝えなければなりません。
ところが、次のような状態で仕事を発注する会社があります。
- 業務内容が「事務作業一式」としか決まっていない
- どこまで終われば完成なのか分からない
- 品質の基準がない
- 誰が確認するのか決まっていない
- 修正回数や追加料金が決まっていない
- 途中で会社の希望が何度も変わる
この状態では、委託先が仕事を終えたと思っても、会社は「求めていたものと違う」と感じます。
その結果、やり直し、追加費用、納期の遅れが発生します。
単価が安い委託先を選んでも、社内での説明、修正、確認、引継ぎに多くの時間を使えば、総費用は高くなります。
業務委託の価格を比べるときは、請求書の金額だけではなく、社内の管理時間や再作業まで含めて考えなければなりません。
業務中の事故で「誰の責任か」が曖昧になる
業務委託の人が、会社の現場でけがをした場合はどうなるでしょうか。
「業務委託だから、会社には関係ない」
そう簡単に言い切ることはできません。
事故が発生した場合は、まず、その人が実態として労働者に当たるかどうかが問題になる可能性があります。
真に独立したフリーランスであれば、一般の労働者と同じ形で労災保険が適用されるとは限りません。
ただし、2024年11月1日からは、企業などから業務委託を受けて働くフリーランスについて、業種を問わず労災保険の特別加入の対象が広げられています。
それでも、特別加入の有無、事故の原因、設備の管理、会社の安全上の措置、契約上の責任などは、事前に確認しておく必要があります。
また、委託先が業務中に、顧客、第三者、会社の設備などへ損害を与えることもあります。
- 誰が修理費を負担するのか
- 損害賠償保険に加入しているか
- 事故を誰に報告するのか
- 個人情報が漏えいした場合にどう対応するのか
- 顧客への説明を誰が行うのか
これらを決めていなければ、事故の後に、会社と委託先が責任を押し付け合うことになります。
安く発注できた金額など、一度の事故で簡単に吹き飛んでしまいます。
情報漏えいと引継ぎも「見えない費用」になる
業務委託の人に仕事を任せるため、社内の情報へアクセスさせることがあります。
顧客情報、従業員情報、給与情報、営業資料、設計図、パスワードなど、業務によって扱う情報はさまざまです。
ところが、契約前に次のことを決めていない会社があります。
- どの情報まで閲覧できるのか
- 私物のパソコンやスマートフォンを使用してよいのか
- データを持ち出してよいのか
- クラウドサービスへ保存してよいのか
- 契約終了後にデータをどう削除するのか
- アカウントや鍵をいつ返却するのか
- 情報漏えい時の連絡方法
- 成果物やデータの権利が誰に帰属するのか
情報漏えいが起きれば、調査、謝罪、再発防止、顧客対応などに多くの時間と費用がかかります。
また、委託先しか業務内容を把握していなければ、契約終了後に仕事が止まることもあります。
業務委託を活用するときは、契約を始める方法だけでなく、終わった後に会社へ何が残るのかも考える必要があります。
「安いかどうか」ではなく、総費用で比べる
雇用と業務委託を比較するときは、月額報酬だけを見てはいけません。
少なくとも、次の項目を含めて比較する必要があります。
雇用で発生する主な費用
- 賃金
- 社会保険料や労働保険料の会社負担
- 給与計算や勤怠管理
- 健康診断や安全衛生
- 教育や人事管理
- 採用や退職に関する手続き
業務委託で発生する主な費用
- 委託報酬
- 契約書、注文書、仕様書の作成
- 成果物の確認と検収
- 追加業務や条件変更の協議
- 現場への運用教育
- 情報管理やアカウント管理
- 再作業や引継ぎ
- 事故や損害への備え
- 契約終了時の対応
- 契約と実態の定期点検
業務委託のほうが適している仕事であれば、これらの管理コストを考えても大きな効果が得られます。
しかし、社員のように働いてもらいたい仕事であれば、業務委託にすることで、管理が複雑になり、法的なリスクまで増えることがあります。
業務委託が向いている仕事もある
ここまで読むと、「業務委託は危険だから使わないほうがよい」と感じるかもしれません。
しかし、そうではありません。
業務委託には、雇用にはない強みがあります。
たとえば、次のような仕事は業務委託を検討しやすいでしょう。
- ホームページやシステムの制作
- デザイン、撮影、動画制作
- 専門家によるコンサルティング
- 記事や原稿の作成
- 研修や講演
- 特定の調査や分析
- 独立して処理できる業務一式
- 一時的に必要となる専門業務
共通しているのは、会社が求める成果や業務内容を明確にでき、受託者が自らの裁量と責任で仕事を進められることです。
反対に、毎日の仕事を会社が細かく指示し、組織の一員として継続的に働いてもらいたいのであれば、雇用のほうが自然です。
大切なのは、雇用と業務委託のどちらが安いかではありません。
会社が必要とする働き方に、どちらの契約が合っているかです。
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この確認リストでは、次の内容を契約前に整理できます。
- 任せる仕事の範囲、成果、納期
- 会社が必要とする指示や管理
- 報酬、経費、支払条件
- 労災、事故、損害賠償
- 秘密情報、個人情報、著作権
- 契約期間、更新、中途解除
- 現場責任者と連絡経路
- 契約後の定期点検
- 専門家へ相談すべき事項
全30項目について、「確認済・問題なし」「要検討」「未確認」「該当なし」から選ぶと、要検討項目、未確認項目、参考スコア、完了率が自動で表示されます。
また、雇用、個人への業務委託、請負会社への業務委託の違いを整理した比較表と、専門家へ相談するときに使用できるメモも付けています。
ただし、このリストだけで契約形態を確定することはできません。
契約書を作成したり、実際に働いてもらったりする前に、必要に応じて社労士、弁護士、税理士などへ相談してください。
【無料プレゼント】
契約書を作る前に「どのように働いてほしいか」を決める
業務委託契約書のひな型を探す前に、会社が考えるべきことがあります。
それは、相手に「どのように働いてほしいのか」です。
会社が時間、場所、仕事内容、順番、休日まで決め、上司の指示に従って継続的に働いてほしいのであれば、契約書の名称を業務委託に変えても、働き方の実態は変わりません。
一方、成果や業務範囲を明確にし、独立した相手に裁量と責任を持って仕事を任せるのであれば、業務委託を活用する意味があります。
社会保険料を避けられるか。
簡単に契約を切れるか。
そのような質問から始めると、判断を誤りやすくなります。
最初に考えるべき質問は、もっと単純です。
「この仕事は、会社が人を管理して進める仕事なのか。それとも、独立した相手に成果を任せる仕事なのか」
この答えが決まれば、雇用と業務委託のどちらを選ぶべきかが見えやすくなります。
業務委託を、人件費を安くするための抜け道にしない。
その仕事に合った正しい契約を選ぶ。
結果として、それが会社の費用とトラブルを最も少なくする方法です。