なぜ「経営指導の神様」は言霊を信じたのか――舩井幸雄が『未来への言霊』に遺した経営者へのメッセージ
杉山 晃浩
「うちの会社には、どうせ無理だ」
もし経営者がこの言葉を繰り返していたら、その会社はどうなるでしょうか。
社員は新しい提案をしなくなるかもしれません。
失敗を恐れ、言われたことだけをするようになるかもしれません。
困ったことが起きても、「相談しても無駄だ」と考え、問題を隠すようになるかもしれません。
反対に、経営者が、
「すぐにはできなくても、方法を考えてみよう」
「私たちなら、もっとよい会社をつくれる」
「失敗から学べば、次に生かせる」
という言葉を使い続けたら、社員の考え方や行動は少しずつ変わっていくでしょう。
言葉を変えただけで、翌日から売上が倍になるわけではありません。
しかし、経営者の言葉は社員の受け止め方を変え、受け止め方は判断を変え、判断は行動を変えます。その行動が積み重なることで、会社の未来も変わっていきます。
かつて「経営指導の神様」と呼ばれた舩井幸雄さんは、経営だけでなく、人間の生き方、ツキ、自然の摂理、目に見えない世界についても探究しました。
晩年には「言霊」という言葉を使い、これからの時代に必要な生き方や、望ましい未来の姿を伝えています。
なぜ、現実の企業経営を知り尽くした経営コンサルタントが、言霊を重視したのでしょうか。
そこには、現在の経営者にも通じる大切なメッセージがあります。
言霊とは、言葉に宿る力
言霊とは、言葉に力が宿り、口にした言葉が現実に影響を与えるという、日本で古くから伝えられてきた考え方です。
この説明だけを聞くと、スピリチュアルな話に感じる方もいるでしょう。
もちろん、言葉を唱えるだけで、すべての願いが自動的にかなうわけではありません。
「売上が上がる」と毎日言い続けても、商品を改善せず、お客様へ働きかけることもしなければ、売上は上がらないでしょう。
言葉は魔法ではありません。
しかし、経営者の言葉が社員や組織に影響を与えることは、決して不思議な話ではありません。
経営者が「新しいことに挑戦しよう」と言えば、社員は新しい情報に目を向けます。
「失敗した人を責めるな。原因を見つけよう」と言えば、問題が早く報告されるようになります。
「お客様の役に立つことを最優先にしよう」と言い続ければ、社員の判断基準も変わっていきます。
反対に、経営者が「人件費は無駄だ」「社員は信用できない」と言い続ければ、その考え方は人事制度や日々の対応にも表れます。
やがて社員も、会社を信用しなくなるでしょう。
言葉は、経営者の考え方を目に見える形にしたものです。
そして、繰り返された言葉は、会社の判断基準となり、習慣となり、社風になります。
この意味で、経営者が発する言葉には、会社の未来を左右する力があります。
経営理念は、会社が発する「未来への言霊」
多くの会社には、経営理念があります。
立派な額に入れられ、応接室や会議室に掲げられている会社もあります。
しかし、社員に経営理念を尋ねると、答えられないことがあります。
言葉自体は覚えていても、その意味を説明できないこともあります。
これは、経営理念が「飾る言葉」になっている状態です。
経営理念は本来、その会社がどのような未来をつくりたいのかを表すものではないでしょうか。
誰のために存在する会社なのか。
お客様に何を届けたいのか。
社員にどのような人生を歩んでほしいのか。
地域や社会に、どのような価値を残したいのか。
こうした未来像を言葉にしたものが、経営理念です。
言い換えれば、経営理念は会社が発する「未来への言霊」だと考えることもできます。
ただし、理念は唱えるだけでは現実になりません。
経営者の判断と行動が、理念と一致している必要があります。
「社員を大切にする」と掲げながら、長時間労働を放置する。
「お客様第一」と言いながら、目先の売上のために不要な商品まで売る。
「挑戦を応援する」と言いながら、失敗した社員を厳しく責める。
これでは、理念と現実の間に大きな矛盾が生まれます。
社員は、社長が何を言ったか以上に、実際に何をしたかを見ています。
経営理念を言霊として生かすためには、言葉と行動を一致させる必要があるのです。
描けない未来には、進みようがない
舩井幸雄さんの著書『未来への言霊――この世の答えはすでにある!』では、「描ける未来像は実現できる」というメッセージが示されています。
会社経営に置き換えると、非常に分かりやすい考え方です。
行き先の決まっていない船は、どちらへ進めばよいか分かりません。
会社も同じです。
「売上を上げたい」
「人を採用したい」
「よい会社にしたい」
というだけでは、目指す未来がはっきりしていません。
どのようなお客様から選ばれたいのか。
どの分野で地域一番になりたいのか。
社員に、どのような表情で働いてほしいのか。
5年後、社長はどの仕事を社員に任せていたいのか。
会社が存在することで、地域にどのような変化を起こしたいのか。
具体的な未来像を言葉にできれば、現在との違いが見えてきます。
違いが分かれば、何から始めるべきかも見えてきます。
例えば「社員が安心して長く働ける会社」を目指すのであれば、離職率を下げるという数字だけでは不十分です。
安心して相談できる上司を育てる。休暇を取得しやすくする。評価の基準を分かりやすくする。将来の生活に備えられる福利厚生を整える。
必要な行動へ分解できます。
未来像を描くことは、夢物語を語ることではありません。
未来から逆算して、今やるべきことを明らかにする経営行為です。
社長の口癖が、会社の限界を決めている
経営者には、それぞれ口癖があります。
「うちの社員には難しい」
「田舎だから人は来ない」
「若い人はすぐ辞める」
「うちの業界は特殊だから」
「昔からこうやってきた」
こうした言葉には、一部の事実が含まれているかもしれません。
しかし、何度も繰り返していると、挑戦しない理由として使われるようになります。
社員もやがて、
「社長が無理だと言っているのだから、考えても仕方がない」
と思うようになります。
言葉によって、会社の限界を先に決めてしまうのです。
一方で、根拠のない楽観論も危険です。
資金が足りないのに「何とかなる」と言う。
人手不足なのに仕事を受け続ける。
重大な問題が起きているのに「気にするな」と片づける。
これはプラス発想ではなく、現実から目をそらしているだけです。
必要なのは、現実を正確に見たうえで、可能性を閉ざさない言葉を選ぶことです。
「現状のままでは難しい。では、何を変えればできるだろう」
「すぐに採用できなくても、選ばれる会社へ近づくことはできる」
「失敗した原因を整理して、次の方法を試してみよう」
同じ厳しい状況でも、使う言葉によって次の行動が変わります。
経営者が変えるべき最初の制度は、自分の口癖なのかもしれません。
「エゴ」から「エヴァ」へ
『未来への言霊』を理解するうえで重要なのが、「エゴからエヴァへ」という考え方です。
舩井幸雄さんは、競争、搾取、不調和、不公平など、自分や自社の利益を中心にしたあり方から、調和、共生、感謝、助け合いを重視する方向へ、社会が変化していくと考えていました。
この新しいあり方を「エヴァ」と表現しています。
エゴという言葉には、自己中心的という印象があります。
ただし、会社が利益を出すこと自体は悪いことではありません。
利益がなければ、社員へ給与を支払えません。設備投資もできません。税金を納めることも、地域へ貢献することもできません。
問題は、自社だけが得をすればよいと考えることです。
社員を低い賃金で長時間働かせ、会社だけが利益を得る。
取引先へ無理な値下げを求め、自社だけの利益を守る。
本当は必要のない商品を、お客様の不安をあおって売る。
このような経営は、一時的に数字を伸ばせても、長く続かないでしょう。
社員、お客様、取引先、地域、そして会社が、それぞれに価値を得られる関係をつくる。
これが、現代の経営に置き換えた「エヴァ」の考え方ではないでしょうか。
きれいごとに聞こえるかもしれません。
しかし、人手不足が続く時代に、社員を使い捨てにする会社は人を採用できません。
インターネットで評判が広がる時代に、お客様をだます会社は信頼を失います。
取引先と共存できない会社は、安定した供給や協力を得られなくなります。
調和や共生は、道徳的に美しいだけの話ではありません。
会社が長く存続するための、現実的な経営条件になりつつあります。
日本流の経営が持つ可能性
『未来への言霊』では、新しい時代を切り開くうえで、日本流や日本の魂が重要になるという考えも示されています。
日本的経営というと、終身雇用や年功序列を思い浮かべるかもしれません。しかし、ここで考えたいのは制度の話だけではありません。
お互いさま。
おかげさま。
もったいない。
和を大切にする。
自分だけでなく、周囲との関係を考える。
こうした日本に根づく価値観です。
もちろん、和を優先するあまり意見を言えない、長時間労働を我慢する、組織の誤りを指摘できないといった問題まで肯定する必要はありません。
残すべきものと、変えるべきものを分ける必要があります。
社員を家族のように大切にする温かさは残す。
しかし、家族だからといって無理な働き方を求めない。
長く勤めてくれた社員への感謝は持つ。
しかし、年齢だけで評価を決めない。
地域とのつながりは大切にする。
しかし、昔からの習慣に縛られず、新しい技術も取り入れる。
日本的な長所と合理的な経営を組み合わせることが、これからの中小企業に求められているのだと思います。
「えがお うれしい ありがとう。」も未来への言霊
オフィススギヤマグループでは、
「えがお うれしい ありがとう。」
という理念を掲げています。
そして、
「ゴキゲン社長・ワクワク社員・ニコニコ会社」
を宮崎から全国へ広げることを目指しています。
これも、私たちが実現したい未来を言葉にしたものです。
経営者がゴキゲンであれば、何をしてもよいという意味ではありません。
経営課題に向き合いながらも、前向きに決断できる経営者を増やしたい。
社員がワクワクするとは、毎日楽な仕事をするという意味ではありません。
自分の仕事に意味を感じ、成長や貢献を実感できる社員を増やしたい。
ニコニコ会社とは、問題を隠して笑っている会社ではありません。
問題が起きても、経営者と社員が力を合わせて解決できる会社です。
理念を掲げるだけなら簡単です。
その言葉に近づくために、日々のサービス、社員への接し方、お客様への支援を積み重ねる必要があります。
未来への言霊は、唱えて終わる言葉ではありません。
行動を伴う言葉なのです。
『未来への言霊』を、経営者に読んでほしい
『未来への言霊――この世の答えはすでにある!』には、激動する世界をどのように捉え、これからどのような未来を描いて生きるべきかという、舩井幸雄さんのメッセージがまとめられています。
「描ける未来像は実現できる」
「完全成功の条件」
「世の中の仕組みはこう変える」
そして、「エゴからエヴァへ」。
これらは、目先の売上を上げる手法を教えるものではありません。
経営者が、どのような世界を望み、その中で自社をどのような会社にしたいのかを問いかける言葉です。
内容のすべてを、そのまま受け入れる必要はないと思います。
目に見えない世界の話に共感する方もいれば、距離を置いて読む方もいるでしょう。
それでも、経営者が自分の言葉と、自社の未来を見直すきっかけになります。
「自分は、社員にどのような未来を語っているだろう」
「その未来を、自分自身が本当に信じているだろうか」
「毎日の判断は、その未来へ近づくものになっているだろうか」
そんな問いを持ちながら読んでいただきたい一冊です。
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言葉の背景を知るために、記念館へ
私は先日、静岡県熱海市にある舩井幸雄記念館「桐の家」を訪問しました。
そこには、舩井幸雄さんの原稿、著書、愛読書、色紙、愛用品などが残されています。
本に書かれた言葉だけを読んでいると、考え方の一部が強く見え、難しく感じることがあります。
しかし、その人が暮らした場所に立ち、書斎や蔵書を見て、周囲の自然を感じると、なぜこのような言葉を遺したのかを、より立体的に考えられます。
第1回では、経営コンサルタントとしての舩井幸雄さんを取り上げました。
第2回では、人が元気になる場所「イヤシロチ」と会社づくりについて考えました。
そして今回は、言霊と未来について取り上げました。
経営、自然、精神世界。
一見すると別々のテーマに見えます。
しかし、舩井幸雄さんの中では、すべてがつながっていたのではないでしょうか。
会社をよくするためには、経営者自身の考え方を整える。
人が力を発揮できるように、場を整える。
そして、実現したい未来を言葉にし、その言葉に沿って行動する。
この全体像に触れられる場所が、舩井幸雄記念館なのだと思います。
熱海へ行く機会があれば、ぜひ訪ねてみてください。
そこでどのようなことを感じるかは、人によって違うでしょう。
だからこそ、本やインターネットの情報だけで判断せず、自分の目で見て、自分の体で感じ、自分の頭で考えてほしいのです。
そして記念館を出るときに、経営者として自分自身へ問いかけてみてください。
「私は、どのような未来を社員に語るのか」
「その未来のために、明日からどのような言葉を使うのか」
経営者の言葉が変われば、社員の受け止め方が変わります。
社員の受け止め方が変われば、行動が変わります。
行動が変われば、会社の未来も変わり始めます。
未来への言霊は、経営者が今日発する一言から始まるのです。
所在地:静岡県熱海市西山町19-32
開館日:木・金・土・日・月曜日
開館時間:10時~16時(最終入館15時30分)
※開館日や交通案内などの最新情報は、ご来館前に公式サイトでご確認ください。