健康診断だけでは社員を守れない――厚労省報告書が示す「二次予防」と中小企業の健康経営
杉山 晃浩
「毎年、社員に健康診断を受けてもらっているから、健康管理はできている」
そう考えている経営者や人事担当者は少なくありません。
もちろん、定期健康診断を適切に実施することは、会社にとって大切な基本です。しかし、健康診断を受けさせただけで終わってしまえば、病気の早期発見や治療につながらないことがあります。
健康診断の結果に「要再検査」「要精密検査」と書かれていたのに、本人が忙しさを理由に受診しない。会社も、その後どうなったのかを把握していない。そして数年後、病気が進行した状態で見つかり、長期休職や退職に至ってしまう――。
このような事態は、社員本人だけでなく、人手不足に悩む中小企業にとっても大きな損失です。
2026年8月21日、厚生労働省は「事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会」の報告書を公表しました。
今回の報告書から読み取れる重要なメッセージは、これからの企業の健康管理は「病気を防ぐ」だけでなく、「病気を早く見つけ、必要な治療につなぎ、治療しながら働けるようにする」ところまで考える必要があるということです。
特に人材の確保が難しい中小企業にとって、社員の健康を守ることは、福利厚生の話だけではありません。採用、定着、生産性、事業継続に関わる重要な経営課題です。
「病気にならない取組」だけでは足りない
健康に関する取組は、大きく分けると三つの段階があります。
一つ目は、病気になる前に予防することです。
食生活の改善、運動、禁煙、睡眠の確保、長時間労働の防止、ストレス対策などが該当します。これを「一次予防」といいます。
二つ目は、病気を早く見つけて、早く治療につなげることです。
健康診断、がん検診、歯科健診、再検査や精密検査の受診などが該当します。これを「二次予防」といいます。
三つ目は、病気の悪化や再発を防ぎ、治療しながら生活や仕事を続けられるようにすることです。
今回の厚生労働省の報告書では、これまで重視されてきた一次予防に加えて、二次予防の取組も進める必要があると示されています。また、病気を抱える社員が治療と仕事を両立できる職場づくりについても、さらに推進する必要があるとされています。厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会」報告書
つまり、会社として健康診断を実施したかどうかだけを確認する時代から、その後に必要な検査や治療へつながったかどうかまで考える時代になりつつあるのです。
法定健康診断とがん検診は同じではありません
ここは、経営者や人事担当者が混同しやすいところです。
会社が実施する定期健康診断は、労働安全衛生法に基づいて行うものです。一方、一般的ながん検診は、法定健康診断にすべて含まれているわけではありません。
「毎年、会社の健康診断を受けているから、がんについても十分に調べてもらっているだろう」
社員がこのように考えている可能性があります。経営者や人事担当者も、同じように思っているかもしれません。
しかし、会社の定期健康診断を受けることと、それぞれの年齢や性別、健康状態に応じたがん検診を受けることは別の話です。
会社がすべての検診費用を負担しなければならない、という意味ではありません。
まず必要なのは、社員が利用できる検診制度を知り、正しく案内することです。
例えば、加入している健康保険の保険者が実施している検診、自治体が実施しているがん検診、人間ドックへの補助などがあります。会社から情報を知らせるだけでも、受診のきっかけをつくることができます。
さらに、検診を受ける時間を確保しやすくする、休暇制度を案内する、費用の一部を補助するといった支援も考えられます。
大切なのは、「社員の自己責任だから、会社は関係ない」と切り離さないことです。
病気の発見が遅れれば、長期休職や離職につながる可能性があります。その影響を受けるのは、本人だけではなく会社も同じです。
女性の健康課題を「本人だけの問題」にしない
今回の報告書では、女性特有の健康課題にも触れられています。
月経不順、月経痛、月経前症候群、過多月経、更年期に伴う不調などは、外見からは分かりにくいものです。
本人が我慢して働き続けているケースもあります。
会社側に知識がないと、「体調不良が多い」「集中力がない」「最近、仕事への意欲が落ちている」と受け取ってしまうかもしれません。
しかし、実際には適切な受診や治療によって改善できる可能性があります。
人事担当者が病名を詳しく聞き出したり、診断したりする必要はありません。むしろ、会社が必要以上に健康情報を集めることは避けるべきです。
会社が行うべきことは、相談しやすい雰囲気をつくり、必要に応じて休暇や勤務時間の調整、医療機関への受診につなげることです。
「女性だから特別扱いする」という話ではありません。
性別や年齢にかかわらず、社員が抱える健康上の事情に応じて、働き続けるための合理的な対応を考えるということです。
歯、骨、目の健康も仕事に影響する
会社の健康施策というと、血圧、血糖値、体重、メンタルヘルスなどに意識が向きがちです。
しかし、今回の報告書では、歯科疾患、骨粗しょう症、眼科疾患などについても、早期発見や受診につなげる必要性が示されています。
歯の痛みやかみ合わせの問題は、食事だけでなく、集中力や睡眠にも影響します。
骨粗しょう症は、骨折による長期休業につながる可能性があります。
目の病気は、パソコン作業、自動車の運転、機械操作などの安全性にも関わります。
これらを会社がすべて管理する必要はありませんが、健康教育や受診案内の中に含めることはできます。
健康診断の実施だけを年間行事にするのではなく、歯科、女性の健康、がん検診、目の健康など、毎年テーマを変えながら情報提供するのも一つの方法です。
一番危ないのは「要精密検査」の放置
健康診断や検診は、受けただけでは病気を治してくれません。
検査結果に異常があり、再検査や精密検査が必要とされた場合には、医療機関を受診して初めて次の段階へ進みます。
ところが、社員は次のような理由で受診を先延ばしにします。
「仕事が忙しい」
「自覚症状がない」
「少し数値が悪いだけだろう」
「病気が見つかるのが怖い」
「どの病院に行けばよいか分からない」
会社が何も働きかけなければ、そのまま放置される可能性があります。
ただし、会社が検査結果の詳しい内容を本人の同意なく職場内で共有したり、病名を必要以上に聞いたりすることは適切ではありません。
会社が確認すべきなのは、業務上必要な範囲です。
例えば、再検査や精密検査の対象者に受診を勧める、受診のための時間を確保する、医師の意見に基づいて業務上の配慮を行う、といった仕組みを整えます。
個人情報を守りながら、必要な受診につなげる。この二つを両立させることが重要です。
病気が見つかった後に会社の本当の姿が見える
がんなどの病気が見つかった社員から退職の申出があった場合、会社はどのように対応するでしょうか。
本人は「これから迷惑をかける」「以前のようには働けない」「会社に居づらくなる」と考え、治療方法や今後の働き方が決まる前に退職を申し出ることがあります。
そこで会社がすぐに退職手続きを進めてしまうと、本当は働き続けられた人材を失うかもしれません。
治療技術の進歩によって、通院しながら働けるケースは増えています。ただし、治療日、体調の変化、副作用、通勤負担などは一人ひとり異なります。
そのため、病名だけを見て会社が一方的に「働ける」「働けない」と判断するのは危険です。
本人の希望を確認し、主治医や産業医などの意見を踏まえながら、会社で対応できる働き方を検討します。
具体的には、次のような方法が考えられます。
- 通院日に休暇を取得できるようにする
- 一時的に勤務時間を短くする
- 時差出勤や在宅勤務を検討する
- 残業や出張、夜勤を減らす
- 体力的な負担が少ない仕事へ一時的に変更する
- 定期的に本人と面談し、配慮内容を見直す
すべての希望に応じなければならないわけではありません。
中小企業には、人員や業務体制の限界があります。だからこそ、「できること」と「できないこと」を本人と話し合い、現実的な両立方法を探すことが重要です。
制度がなくても、相談は突然やってくる
「当社には、がんになった社員はいない」
そう考えて、両立支援制度の整備を後回しにしている会社もあります。
しかし、病気は会社の準備を待ってくれません。
ある日突然、社員から「がんが見つかりました」「手術後も働きたいです」「毎週通院が必要です」と相談されることがあります。
そのときに初めて考え始めると、対応が担当者によって変わったり、本人に必要以上の説明を求めたり、周囲への情報共有で問題が起きたりします。
少なくとも、次の項目は事前に決めておきたいところです。
- 健康や治療に関する相談窓口
- 健康情報を取り扱う担当者
- 主治医に確認してもらう書類
- 会社が検討できる勤務上の配慮
- 休暇・休職・復職に関するルール
- 上司や同僚へ伝える情報の範囲
- 定期的な面談と見直しの方法
就業規則に休職規定があるだけでは、十分とは限りません。
治療しながら働く段階、休職する段階、復職する段階では、それぞれ必要な対応が異なるからです。
パート社員や有期契約社員を忘れていませんか
健康に関する取組を正社員だけの制度として設計している会社は、対象範囲を点検する必要があります。
今回の報告書では、正規雇用の社員だけでなく、非正規雇用の社員を含むすべての労働者を視野に入れた取組が示されています。
雇用形態や勤務時間によって、法律上の健康診断の対象範囲が異なる場合はあります。しかし、それを理由に健康情報の提供や相談窓口まで正社員だけに限定する必要はありません。
誰がどの健康診断や支援制度の対象になるのか。対象外となる人には、健康保険や自治体の制度をどのように案内するのか。
この機会に整理しておきましょう。
中小企業は外部の力を借りてよい
ここまで読むと、「そこまで会社では対応できない」と感じる経営者もいるでしょう。
その感覚は間違っていません。
中小企業が、社内だけですべての健康課題に対応するのは現実的ではありません。
だからこそ、医療保険者、自治体、地域産業保健センター、産業保健総合支援センター、医療機関、社会保険労務士など、外部の支援先を活用します。
会社が行うべきことは、医療の専門家になることではありません。
どのような問題が起きたときに、誰へ相談するのか。その道筋を決めておくことです。
「分からないから何もしない」のではなく、「分からないことは専門家につなぐ」という仕組みをつくりましょう。
社員の健康は、守りではなく経営への投資
社員が病気で長期間働けなくなると、本人の生活だけでなく、会社の業務にも大きな影響が生じます。
代替要員の採用、周囲の残業、引継ぎ、教育、納期の遅れ、顧客対応など、目に見えない負担が発生します。
特に少人数の会社では、一人の離脱が事業全体に影響することもあります。
一方、病気を早く発見できれば、治療の負担を抑えられる可能性があります。治療と仕事の両立を支援できれば、経験のある社員が働き続けられる可能性も高まります。
健康への取組は、単なる福利厚生費ではありません。
人材確保、生産性、離職防止、事業継続のための投資として考える必要があります。
健康診断を「年に一度の会社行事」で終わらせず、受診後の対応や治療中の働き方まで点検してみてください。
無料診断シートで、自社の準備状況を確認してください
今回、厚生労働省の報告書を踏まえて、読者プレゼントとして
「がん等の早期発見・治療と仕事の両立支援スタート診断シート」
を作成しました。
次のような項目を、自動採点で確認できます。
- がん検診などの受診案内
- 女性特有の健康課題への対応
- 歯科、骨、目の健康に関する情報提供
- 再検査・精密検査への受診勧奨
- 治療と仕事の両立支援
- 休暇、休職、復職制度
- 健康情報とプライバシーの管理
- 非正規雇用者を含めた対象範囲
- 医療保険者や外部専門家との連携
「何から始めればよいか分からない」という会社でも、未対応項目と最初の一歩が見えるようにしています。
以下のフォームからお申し込みください。ご登録いただいたメールアドレスに、ダウンロード用URLが届きます。
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健康診断の「その後」まで考えられる会社へ
健康診断を実施することはゴールではありません。
結果を本人へ確実に伝え、必要な人を再検査や治療につなぎ、病気が見つかった後も可能な範囲で働き続けられる環境を整える。そこまでつながって、初めて社員の健康を守る取組になります。
ただし、健康情報は非常に慎重な取扱いが必要です。善意で始めた取組が、病歴の聞き過ぎ、社内での情報共有、病気を理由とした不利益な取扱いにつながってはいけません。
健康診断後の対応、休職・復職制度、治療と仕事の両立支援、就業規則などに不安がある場合は、個別にご相談ください。
オフィススギヤマグループでは、会社の規模や業務の実態を確認したうえで、無理なく運用できる仕組みづくりをお手伝いします。
社員の健康問題が起きてから慌てる会社ではなく、起きる前から「相談できる道」を用意している会社へ。
まずは診断シートを使って、自社の現在地を確認するところから始めてみてください。