FIREを支援する中小企業の挑戦 〜社員の“人生設計”に寄り添う、これからの福利厚生とは〜
杉山 晃浩
「うちの社員、みんなでFIREしたいんですよ」
ある中小企業の社長が、そう私に語ってくれたとき、最初は冗談交じりの発言かと思いました。
しかし、その言葉の奥にある本音に耳を傾けていくうちに、私は「働き方」「福利厚生」「企業の役割」について、深く考えさせられることになったのです。
FIREとは何か? なぜ今、注目されているのか?
FIREとは、「Financial Independence, Retire Early(経済的自立と早期リタイア)」の略。
必要な生活費を投資などの資産収入でまかない、会社に縛られず自由な生活を目指すという生き方です。
以前は一部の高所得層やIT業界の人々だけの話だと思われがちでしたが、近年では、堅実にコツコツと資産形成し、ライフスタイルを自分で設計したいと願う一般の労働者層にも広がりつつあります。
FIREの人気の背景には、こんな現代の空気感があります。
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定年まで働き続けることへの漠然とした不安
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働く目的を「生きるための手段」から「自分らしく生きるための手段」へ変えたいという価値観の変化
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物価高騰や年金制度への不信感による“自力設計”への志向
中小企業でもFIREは支援できるのか?
FIREというと、「大企業の高収入でなければ無理」と感じる方も多いかもしれません。
しかし実は、制度と仕組みをうまく活用すれば、中小企業でも“FIREに近づくための土台”を提供することができるのです。
その一つが「企業型確定拠出年金(企業型DC)」のAのみプランです。
このプランでは、企業が社員に代わって掛金を拠出し、社員は運用益を積み上げていくことができます。
給与とは異なり、所得税や社会保険料の対象外であり、さらに運用益も非課税。
社員にとっては、手取りを増やさずとも「将来のための純粋な資産」を企業がつくってくれる仕組みになります。
社員の“働く目的”と企業の“支援の在り方”
私が支援した企業では、従業員全員に対して一律55,000円を毎月拠出するAのみプランを導入しました。
社長は導入の際、こう話してくれました。
「給与を上げると社会保険や税金で結局減る。でもこれは、社員に“まるごと”渡せるお金。
どうせ税金で取られるなら、未来に残してあげたい。」
そして、件の名言。
「目指すのは、社員全員でFIREする会社です。」
これは決して、「全員早く辞めたい」という意味ではありません。
選択肢を持って生きられる人生を支援したいという、経営者としての本気の姿勢なのです。
社労士としての視点:制度は「人生支援ツール」になり得る
私たち社労士の役割は、法律の枠組みを超えて、制度を通じて企業と社員の未来をつなぐことだと考えています。
退職金制度や企業型DCもその一つ。
導入支援を通じて見えてくるのは、単なる節税や福利厚生ではなく、経営者の“想い”を形にするプロセスです。
そしてもう一つ重要なのが、社員側の「資産形成リテラシー」の育成。
制度が整っても、「どう運用していいか分からない」「怖くて触れられない」という社員も多くいます。
だからこそ、企業内での投資教育の支援や、**制度の“見える化”**を促すことも、私たちの大切な仕事です。
これからの中小企業経営に必要なのは、“人生視点”の発想
人を大切にする中小企業ほど、「給与」や「待遇」だけでなく、社員の人生そのものに寄り添いたいという想いを強く持っています。
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「このまま働いていて将来どうなるのか?」
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「もし病気になったら、老後資金は足りるのか?」
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「仕事が人生のすべてではないけれど、仕事が人生を支えている」
そんな漠然とした不安に、制度と仕組みで答えていくのが、これからの企業の在り方だと思います。
まとめ:FIRE=自由。制度は社員に“選べる人生”を与える
「FIRE」という言葉に込められた本質は、早期退職そのものではなく、“自由に生きるための選択肢”を手に入れることです。
企業型DCは、まさにそれを社員にプレゼントできる数少ない手段のひとつ。
そして、中小企業だからこそ、一人ひとりに向き合った制度設計ができるという強みもあります。
これからの福利厚生は、「人材確保の手段」から「人生支援のツール」へ。
社労士として、そんな時代の変化を一社でも多くの中小企業とともに歩んでいきたいと考えています。