退職金制度の見直しが未来を守る ― 社労士が語る、インフレ時代の賢い選択2

杉山 晃浩

【第2回】中小企業退職金共済の落とし穴 ~インフレに負ける制度設計~

はじめに:「中退共なら安心」は本当か?

「うちは中退共に入ってるから大丈夫」
中小企業の経営者から、よく聞く言葉です。

確かに、中小企業退職金共済制度(以下、中退共)は、

  • 国の制度で安心感がある

  • 簡単に加入できる

  • 掛金が経費にできる
    といったメリットがあり、多くの企業で採用されています。

しかし、物価上昇・賃上げトレンドが続く現在、
「中退共に入っていれば万全」ではなくなってきているのが現実です。

この回では、中退共の仕組みを整理しながら、
なぜ今、中退共一本足打法が危険になっているのかを解説していきます。


中退共制度とは? ~基本のおさらい~

中退共とは、

  • 中小企業のために作られた、国の退職金共済制度

  • 毎月、企業が掛金を支払い、それが従業員ごとに積み立てられる

  • 退職時に、積み立てた金額に応じた退職金が支払われる
    という仕組みです。

ポイントは、
✅ 掛金はすべて「事業主負担」
✅ 掛金額は5000円~3万円(現在)で、社員ごとに自由設定
✅ 原則、社員一人ずつ管理される(個別勘定)

国が後ろ盾になっているため、倒産リスクもなく、
中小企業にとっては非常に導入しやすい制度です。


インフレ時代に起きる「実質目減り」の現実

しかし、ここで大きな問題があります。
それは、インフレと中退共の掛金設定がリンクしていないことです。

中退共の掛金額は、加入時に設定した金額が原則固定されます。
つまり、10年前に月5000円でスタートした社員は、いまも5000円のまま。
20年前に月1万円で設定した社員も、いまも1万円のまま。

この間、

  • 物価は確実に上昇

  • 賃金水準も大きく上昇
    しているのに、掛金は据え置き。

結果、どうなるか。

実質的な退職金価値が、どんどん目減りしているのです。

たとえば、

  • 30年前なら月1万円の掛金でそこそこの退職金になった

  • でも今の物価水準では、同じ金額では「足りない」
    ということが、実際に起きています。


【具体例】退職金に対する期待と現実のギャップ

ここで、ある中小企業の例を紹介します。

製造業を営むB社(従業員30名)は、20年前に中退共に加入。
当時、月額7000円の掛金でスタートし、以後一度も掛金額を見直していませんでした。

ところが最近、定年退職を迎えたベテラン社員が、
「退職金、これだけですか?これでは生活できません……」
と不満を漏らしました。

実際、20年分の掛金と利息を足しても、退職金はわずか150万円程度
これでは、数ヶ月分の生活費にもなりません。

社員は退職金にある程度の期待を持っていましたが、
現実は、物価上昇に全く追いついていなかったのです。


中退共一本頼みのリスク

このように、中退共だけに頼っていると、次のような問題が起きます。

✅ 期待外れによる社員の失望
✅ 老後資金の不足による社会問題化(生活保護予備軍化)
✅ 退職者トラブル(不満爆発・口コミ悪化)
✅ 採用競争力の低下(若手が来ない)

つまり、退職金を「出しているつもり」でも、
実際には企業価値を下げる要因になっている可能性があるのです。


これから求められる退職金制度とは?

いま、求められるのは
✅ 物価・賃金変動に耐えられる制度設計
✅ 「積立額=可視化」できる仕組み
✅ 社員に納得感のある制度運用
です。

そのためには、

  • 中退共掛金の定期的な見直し

  • 中退共と別建ての確定拠出年金(DC)制度の併用

  • ポイント制退職金制度への移行
    など、より柔軟な制度設計が必要になってきます。

特に若い世代は、
「いくら積み立てて、いくらもらえるのか」
を重視する傾向が強いため、
「運用状況も自分で見える」確定拠出型制度との相性が良いのです。


【まとめ】「とりあえず中退共」で満足してはいけない

✅ 中退共は便利な制度
✅ しかしインフレ・賃上げ時代にはそのままでは不十分
✅ 退職金制度は、「安心材料」から「経営リスク」へと変わりつつある

だからこそ、
「うちは中退共だから大丈夫」と思考停止するのではなく、
いまこそ制度全体を見直すべきタイミングです。


次回はいよいよ、
確定給付型(DB)から確定拠出型(DC)への移行について、
具体的にどんなメリットがあるのか、どのように見直しを進めるべきかを、
社労士目線でわかりやすく解説していきます!

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