運送業だけじゃない!未払賃金リスクを防ぐ就業規則・歩合制の見直しポイント
杉山 晃浩
未払賃金トラブルは、運送業だけの問題ではありません。
最近の裁判例では、神奈川県内の運送会社が「本給+歩合給」の就業規則を守らず、約240万円の未払賃金支払いを命じられました。
本件は、就業規則と労働条件通知書の不一致、歩合制の誤った運用が企業に重大なリスクをもたらす典型例といえます。
中小企業や人事担当者の皆さま、御社の「就業規則」や「労働条件通知書」、「歩合制の導入・運用」は大丈夫ですか?
本記事では、未払賃金リスクを防ぐための【就業規則の見直し】【労働条件通知書の適正な交付】【歩合制導入の慎重な判断】という3つの重要ポイントをわかりやすく解説します。
労務リスクを回避し、健全な職場環境を整えるヒントとしてぜひお役立てください。
第1章 未払賃金トラブルが起きる背景とは?
2025年3月、神奈川県の運送会社に対し、東京地裁が約240万円の未払賃金の支払いを命じた判決は、多くの経営者や人事担当者に衝撃を与えました。
この裁判では、給与規程に「本給+歩合給」と明記されていたにもかかわらず、実際の賃金計算では歩合給から時給相当分を控除し、結果的に歩合給のみが支払われていたというズレが問題になりました。
加えて、労働契約書は署名・押印がなく、賃金欄のチェックボックスにレ点があるだけの曖昧な契約内容でした。
このような不完全な契約書や、現場の慣行に頼った運用が、後に裁判で大きな争点となり、企業に不利な判断を招きます。
さらに見逃せないのは、現場では「労働者が異論を唱えなかった」という黙示の合意を企業側が主張していた点です。裁判所はこれを一定程度認めつつも、最低基準を下回る部分については無効と判断しました。
つまり「黙っていれば合意」という考えは通用しない時代に入っているのです。
第2章 労働条件通知書の正しい作り方と交付の重要性
労働条件通知書は、労働基準法第15条で明確に交付義務が規定されています。
「うちは小さい会社だから口頭説明で十分」
「家族的経営だから契約書はいらない」
こうした考え方は、今日では非常に危険です。
正しい労働条件通知書を作成・交付するための基本ポイントは以下の通りです:
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賃金、労働時間、休日、契約期間などの基本事項を正確に記載する
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労働者本人の署名・押印を取得し、合意を文書で残す
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雇用開始前に交付し、会社・本人双方で控えを保存する
これに加えて、賃金形態が複雑な場合(例えば歩合給やインセンティブがある場合)は、具体的な算定基準や支払いルールまで記載することが望ましいです。
実際の現場では「言った・言わない」の争いが後を絶ちません。文書化の習慣を徹底することで、未払賃金トラブルの予防効果は大きく高まります。
第3章 就業規則は「生きたルール」──法令遵守と現状適合の徹底
就業規則は単なる“紙のルールブック”ではなく、法的な効力を持つ「生きたルール」です。
特に常時10人以上の労働者を雇用する事業所では作成・届出が義務付けられており、労働契約法第12条に基づく「最低基準効」を持っています。
たとえば以下のようなズレは、重大なリスク要因です:
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既に廃止した手当が規則に残っている
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働き方改革や賃金改定に対応できていない
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現場の運用と規則内容が一致していない
これらは経営者の意図に関係なく、労働者にとって有利に解釈され、未払賃金の請求対象となる可能性があります。
特に最近は、インターネット上に「未払残業代請求代行」などのサービスが普及し、従業員側の権利主張のハードルが下がっています。
年に1回は専門家(社労士)とともに、就業規則と現場運用のギャップを点検しましょう。
第4章 歩合制のリスクと導入を避けるべき理由
歩合制・出来高払いは、一見モチベーション向上の有効な制度に見えます。
しかし、実態は計算基準の不透明さや、控除内容の不明確さが原因で、トラブルが頻発しています。
今回の裁判例では:
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歩合給から基本給的な時給分を控除していた
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その結果、規程の「本給+歩合給」を下回る支払いになっていた
という点が問題視されました。
さらに黙示の合意があったとしても、それが就業規則の最低基準を下回っていれば裁判では無効になるとされました。
中小企業にとっては、以下のような見直しが有効です:
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固定給を主体とし、業績連動の部分は明確な「別枠」とする
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歩合計算の基準を就業規則に明示する
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管理者側に正確な計算・説明能力を持たせる
むやみに歩合制を導入するのではなく、制度そのものを廃止・回避する方向性を検討するのも有力な選択肢です。
第5章 未払賃金リスクを防ぐ!実務チェックリスト
最後に、実務で使えるチェックリストを示します。これを確認するだけでも、トラブルの芽をかなりの確率で摘むことができます。
✅ 労働条件通知書は作成し、労働者にきちんと交付・保管しているか
✅ 就業規則は最新の労働法制に適合しているか
✅ 就業規則の内容と実際の現場運用に食い違いがないか
✅ 歩合制の計算方法・運用ルールを労使双方で共有しているか
✅ 専門家(社労士など)による年1回以上の点検・相談を行っているか
これらをチェックする際、経営者や人事担当者だけで行うのではなく、外部の目を入れることで“思い込み”を排除できる点が重要です。
まとめ 今こそ専門家に相談を!
「うちは問題が起きたことがない」
「社員も理解してくれているから大丈夫」
──そう思っている企業こそ、要注意です。
未払賃金トラブルは、特定の業界や会社規模に限らず、あらゆる業種・規模の企業に共通するリスクです。
労働条件通知書、就業規則、賃金制度の見直しは、単なる法的義務ではなく、会社を守るための「防衛策」と捉えるべきです。
社労士など専門家による診断・相談を受けることで、未来の訴訟リスクを未然に防ぎ、安心できる職場環境づくりに取り組みましょう。
経営者としての責任を果たす第一歩として、ぜひこの機会に見直しを始めてください。