会社を潰すのは“あの社員”かもしれない ─ 不祥事予防と対応の基本講座 第2回 不祥事を未然に防ぐための5つの実務ルール ──「うちは大丈夫」の前にやるべき仕組み化
杉山 晃浩
■ 予防は“善意”に頼らない
「社員を信じています」
「まさかあの人が、そんなことをするとは…」
不祥事が発覚したあと、経営者や管理職からよく聞かれる言葉です。
ですが、“信頼”と“無防備”は紙一重です。信じるだけでは、会社は守れません。
不祥事の多くは「予兆」があります。にもかかわらず、何も対策をしていなかったり、していたつもりになっていたりする企業が非常に多いのが現実です。
今回のテーマは、不祥事を「起こさせない」ための、5つの実務ルール。
「うちは大丈夫」と言う前に、社内の“穴”を塞ぐための行動を見直してみましょう。
■ 実務ルール①
明文化された就業規則と服務規律を「使える」状態にする
「うちはちゃんと就業規則ありますよ」
そう答える企業の就業規則を見せてもらうと、
・更新されていない(法律改正に対応していない)
・社員が内容を知らない
・服務規律や懲戒の規定が曖昧
というケースが驚くほど多いのです。
▍ポイントは「見せる・伝える・理解させる」
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就業規則を定期的に読み返す機会を設ける(新年度研修など)
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懲戒処分の対象となる行為を具体的に明記(SNS投稿、データ無断持ち出し等)
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短くまとめた“服務カード”やリーフレットなどを配布する
形だけのルールでは意味がありません。社員が自分ごと化できるレベルでの理解と記憶が必要です。
■ 実務ルール②
倫理規定・誓約書を形式ではなく“抑止力”にする
社員入社時に「機密保持誓約書」などを提出させる企業は多いです。
しかし、その書類がタンスの奥に眠っていては、抑止力にはなりません。
▍「サインさせたからOK」は誤解
誓約書を“記名・押印して終わり”にせず、以下を実践しましょう:
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定期的な再確認(異動時、昇格時などに再提出)
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内容の見直し(SNS使用・情報機器管理・副業・外部活動の範囲)
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行動規範を“解説つき”で研修に組み込む
特に情報セキュリティやコンプライアンス違反に関しては、「なぜダメなのか」まで腑に落とすことが重要です。
社内で起きた過去のヒヤリ・ハット事例も共有しましょう。
■ 実務ルール③
“効く”コンプライアンス研修を定期的に行う
社内研修は義務ではありませんが、最大のリスク対策です。
しかし、多くの中小企業では、
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「年1回やればいいでしょ」
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「スライドだけで済ませている」
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「一方通行で眠くなる内容」
といった実態があります。これでは社員の記憶にも残らず、不祥事防止にはつながりません。
▍社員が“自分のこと”と感じる工夫を
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ケーススタディ型:実際の事例(他社事例・架空シナリオ)を用いた研修
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グループワーク型:あえて判断が分かれる“グレーな事例”を討論
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行動指針カードとの連動:研修の最後に配布・所持・振り返り
たとえば、以下のようなワークは非常に効果的です。
事例:
「ある社員が個人のSNSに“今日の社内は地獄だった”と投稿。その背景には上司の指導があったが、読んだ外部の人間が会社名を特定し、炎上した――」
→ どこに問題がある?会社として何をすべき?社員としてどこが不適切?
このように、“考えさせる”内容であれば記憶に残りやすく、不祥事の「予兆」に敏感になります。
■ 実務ルール④
採用時から“リスク”に目を向ける
社員が不祥事を起こす可能性は、入社前からある程度予測できる場合もあります。
採用段階でのチェック体制は意外に見過ごされがちです。
▍採用の際に確認すべき点
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SNS・ネット上の情報確認(近年は「デジタル素行調査」と呼ばれる)
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職歴や退職理由の整合性確認(離職期間に注意)
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応募者の価値観を確認する質問設計(例:グレーゾーン行為への考え方)
ただし、プライバシーとのバランスが必要です。
あくまで**「会社の求める人物像と合うかどうか」**という視点で判断しましょう。
■ 実務ルール⑤
“気づける・伝えられる”風土をつくる
最後に、**不祥事の芽を摘む最大のポイントは「気づき」**です。
そして、それを「声に出して伝えられる風土」があるかどうか。
▍こんな社内では不祥事が発覚しない
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上司が“相談しづらい”
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部下が“見て見ぬふり”をしている
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「余計なことを言うな」という空気
これでは、どれだけルールが整備されていても、実際には機能しません。
▍社内通報制度(内部通報窓口)の活用
通報窓口の設置は中小企業では少数派ですが、
「社内で起きている“何かおかしい”を拾い上げる」機能として非常に有効です。
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外部相談窓口の設置(社労士など第三者)
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匿名でも通報できるフォームの整備
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通報者を保護するガイドラインの策定
「相談していいんだ」という安心感が、不祥事の早期発見につながります。
■ 事例:ある製造業での“ギリギリの判断”
九州のある町工場で起きた事例をご紹介しましょう。
入社3年目の若手社員Bさんが、上司の指示で“現場の判断”として納品書の数字を「少しだけ」書き換えた。
その書類が税務調査で問題視され、会社が事情聴取を受けることに。
当初、上司は「自分が指示したとは言ってない」と言い逃れ、Bさんが責任を問われる状況に。
Bさんは内心、間違っていると思っていたが、「指示に逆らえば評価に響く」と感じて黙って従った。
この会社は、就業規則もあり、誓約書も取っていた。だが、**“迷ったときに相談できる場所”**がなかったのです。
後に社労士が入り、相談制度と匿名通報窓口が整備されました。
■ 予防こそ最大の防御である
不祥事は、一度起きてしまえば、「懲戒処分」「損害賠償」「信用失墜」といった取り返しのつかない影響を及ぼします。
しかし、多くは防げたはずのものでもあります。
今回ご紹介した5つの実務ルールは、いずれも特別な費用や制度が必要なわけではありません。
むしろ、日々の積み重ねでしか機能しない“地味な習慣”なのです。
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就業規則の見直し
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誓約書の活用と再教育
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対話型の研修
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採用段階での見極め
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声をあげられる風土
これらは、会社の“免疫力”を高め、不祥事の芽を摘み取る武器になります。
■ 次回予告
第3回:「社員がやらかした!初動対応と危機管理の実務」
不祥事は、予防だけでなく“起きてしまったときの対応”が会社の命運を分けます。
次回は、初動で絶対にやってはいけないNG対応、社内外への連絡と記録、懲戒処分の実務などを解説します。