会社を潰すのは“あの社員”かもしれない ─ 不祥事予防と対応の基本講座 第3回 社員がやらかした!初動対応と危機管理の実務 ──「まさか…」の直後、会社がすべき5つの行動
杉山 晃浩
■ 不祥事は「初動」で決まる
不祥事が発覚した直後、企業が取るべき行動は、
信頼を守るための分岐点となります。
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社員がパワハラをしていたと指摘を受けた
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顧客情報が持ち出されていた
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社員のSNS投稿が拡散され、社名が炎上中
こうした場面で、初動対応を間違えると、事態は一気に悪化します。
逆に、適切な初動と危機管理ができれば、被害を最小限に抑えるだけでなく、「対応が誠実だった」というプラスの評価にもつながるのです。
■ ケーススタディ:SNS投稿が炎上したA社の失敗
ある日、中小企業の経営者である田中社長のもとに、若手社員から1通のLINEが届きました。
「社長、X(旧Twitter)でうちの社員が会社の悪口を投稿していて、バズってます。もう社名も特定されてます。」
急いで確認すると、営業部のCさんが「取引先の担当マジで使えない」「うちの会社、ブラック過ぎる」などと投稿し、それが2万回以上リツイートされていたのです。
慌てた田中社長は、Cさんを呼び出して叱責し、「すぐ投稿を消せ!」と命じました。
Cさんは「分かりました」と言って退社しましたが、その後さらに状況は悪化。
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Xで「会社に呼び出されてパワハラを受けた」とCさんが投稿
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社外のユーザーが労基署やマスコミに通報
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SNSやニュースで「炎上企業」として取り上げられる
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取引先から「この件、説明してください」と連絡が殺到
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社内でも「黙ってたら私も吊るし上げられるのでは」と不安の声
Cさんの投稿そのものよりも、会社の不適切な対応が問題視されたのです。
■ 不祥事発覚時、絶対にやってはいけないNG行動
不祥事が起きたとき、多くの経営者がやってしまいがちな「NG初動対応」は、以下のようなものです。
❶ 感情的な叱責・即断
→ 「なにやってるんだ!」「クビだ!」など、怒りにまかせた発言は逆効果。
本人の供述が曖昧になったり、萎縮して真実を話さなくなったりします。
❷ 事実確認を飛ばして謝罪・否定
→ SNS炎上などでマスコミや取引先から連絡が来ると、「とにかく火消しを」と考えがち。
しかし、事実が未確認のまま謝罪すれば責任を認めたことになるし、
逆に否定すれば「隠蔽体質」と批判されかねません。
❸ 対象者だけを処分して終わりにする
→ 「本人に厳重注意したので、以上です」としてしまうと、会社としての管理責任が問われます。
再発防止や組織としての対応がないと、外部からの信頼は戻りません。
❹ 社内で口止めをする
→ 「この件は他言無用で」「関係者以外には話すな」とするのは逆効果。
情報は必ずどこかで漏れ、“隠している会社”という印象を持たれます。
■ 初動対応で会社が取るべき5つの行動
不祥事が発覚したら、会社として冷静に、以下の5ステップを踏んで対応しましょう。
■ ステップ①
事実関係の正確な把握(一次ヒアリングと記録)
まずは、「何が」「いつ」「誰によって」「どう起きたのか」について、
できる限り中立の立場で情報を集める必要があります。
▍一次ヒアリングのポイント
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該当社員からの聞き取りは記録を取りながら冷静に
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一方の言い分だけで判断しない
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関連する第三者(同僚、取引先など)にも順次確認
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書面・デジタルデータなど証拠の保存も並行して行う
このとき、就業規則や誓約書、倫理規定に照らし合わせる視点が重要です。
単なる「ミス」なのか、「規律違反」なのか、「違法性」があるのか──この判断が後の処分方針にも直結します。
■ ステップ②
対象者の一時的な“距離”の確保(配置転換・出勤停止など)
問題の渦中にある社員を、そのまま業務に就かせるのは、
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当人の心理的圧力
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他の社員への影響
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証拠隠滅・関係者への働きかけ
の観点からも避けるべきです。
出勤停止、在宅待機、他部署への一時的な異動など、“物理的・心理的距離”を確保する措置を講じましょう。
■ ステップ③
社内外への適切な広報と説明責任
関係部署への事実共有や、外部ステークホルダー(取引先、メディア等)への説明も重要です。
▍社内への対応
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直接関係する部門には、事実と会社の対応方針を明示
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「噂レベル」が独り歩きしないよう、早めの社内報告
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再発防止策や対策を共有し、職場の不安を取り除く
▍社外への対応
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内容に応じて、顧客・取引先には謝罪と再発防止策を明記した文書対応
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メディア対応は事実確認後、誠実かつ簡潔に
※SNS対応は慎重に。社名が出ている場合は、**「事実確認中です」「誠意をもって対応いたします」**という一言でも印象は変わります。
■ ステップ④
懲戒処分や是正措置の実務(就業規則との整合)
調査結果をもとに、懲戒処分や指導を検討します。
ここで重要なのが、**「会社として筋を通すこと」**です。
▍処分の手続きで注意すべき点
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就業規則に基づいた懲戒の種類・内容(譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇など)
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本人への弁明の機会の付与
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労働基準法第20条に基づく懲戒解雇の要件を満たしているかの確認
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証拠やヒアリング記録の保管
過度な処分や手続きの不備は、後の労働審判や損害賠償請求に発展する恐れがあります。
不安がある場合は、社労士など専門家の意見を入れたほうが安全です。
■ ステップ⑤
再発防止策と職場環境の再構築
処分して終わりではなく、「なぜ起きたのか」の振り返りと、再発を防ぐ行動が不可欠です。
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行動指針カードや服務規程の見直し
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コンプライアンス研修の再設計
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管理職のリスク感度向上
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通報窓口やハラスメント外部相談窓口の設置
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就業規則の改訂(SNS対応・副業・情報管理など)
また、事件が起きたことで職場全体が萎縮・分断している可能性もあります。
社内ミーティングや一対一面談を通じて、現場の声を拾い、「安心して働ける環境」を再構築することが求められます。
■ 社労士として支援できること
不祥事対応には、労働法、就業規則、労務管理、記録保管、職場環境改善といった、複合的な知識と冷静な判断が求められます。
社労士は以下のような支援が可能です。
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懲戒手続き・規則整備の支援
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ヒアリング記録の作成・整理
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再発防止策(研修・ガイドライン)の立案
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外部相談窓口としての機能提供
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企業ブランディングを守る広報助言
■ まとめ:「起きたこと」より「どう対応したか」で会社の未来が決まる
不祥事は起きないに越したことはありません。
しかし、「起きたとき、どう対応したか」は、企業にとって大きな評価ポイントになります。
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感情的に動かない
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事実を正確に把握する
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社内外へ誠実に説明する
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処分は筋を通し、記録を残す
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職場全体の再構築に踏み込む
これらができるかどうかで、会社の信頼も、職場の雰囲気も、未来も変わっていきます。
■ 次回予告
第4回:「“抑止力”としての社内制度 ─ 使える就業規則・誓約書・行動指針カード」
第4回では、就業規則・誓約書などが**「あるだけ」の状態から「使える」状態に変わるポイント**を解説します。
現場で使われている工夫や、リスク研修との連動についてもご紹介します。