会社を潰すのは“あの社員”かもしれない ─ 不祥事予防と対応の基本講座 第4回 “抑止力”としての社内制度 ─ 使える就業規則・誓約書・行動指針カード ――「ある」から「効く」へ。制度の本当の力を引き出す実務とは
杉山 晃浩
■ ただ“あるだけ”では不祥事は防げない
「うちの会社にも就業規則もあるし、誓約書も取ってますよ」
こうした言葉を耳にするたびに、社労士として感じるのは、
“制度が存在すること”と、“制度が機能していること”はまったく別物だということです。
不祥事を防ぐ「抑止力」として社内制度を機能させるには、現場でどう“運用”されているかがカギになります。
今回のテーマは、「形式」から「実効性」へ――
制度を**“守りの道具”から“人と組織を育てるツール”に変える方法**です。
■ CASE:制度はあった。でも…
福岡県のある中小製造業(従業員35名)で起きた不祥事。
営業部の社員Dさんが、会社のUSBメモリを紛失し、取引先の仕様書が外部流出した可能性が発覚。
事態を重く見た社長は、すぐに懲戒処分を決定。
「就業規則にも情報管理規定にも違反していた。誓約書にもサインさせている」と社長。
しかし、その後の労基署調査で思わぬ指摘があった。
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就業規則が5年以上更新されていなかった
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情報管理についての内容があいまいで“懲戒の根拠”が明確でない
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誓約書の内容も旧式で、「クラウド」や「SNS」に関する項目がない
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そもそも社員は内容を読んでいなかったと証言
つまり、制度が“棚の上の飾り”だったのです。
■ 制度の「効く化」に必要な3つの視点
① 制度設計の“目的化”
→ その制度は何のためにあるのか?社員にどう伝えるのか?
② 実務とリンクした“運用設計”
→ 現場でどう機能するのか?誰が管理するのか?
③ 行動レベルへの“浸透”
→ 社員はどう理解し、どう行動を変えるのか?
■ 実践①:就業規則を「読む」ものにする
就業規則は、企業と社員を守る“ルールブック”です。
しかし、「形式的に届け出ているだけ」「内容が難解で読まれていない」ことがほとんど。
▍見直しポイント
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最新の法改正(例:育児介護休業法、パワハラ防止法、LGBT理解増進法など)に対応
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「情報漏洩」「SNS投稿」「副業」「私物持ち込み」など時代に合わせた項目の明記
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懲戒事由を具体的に記述(抽象的すぎると処分が無効になる恐れ)
▍おすすめの工夫
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**要点だけをまとめた「就業規則ダイジェスト版」**を作成
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定期的な“読み合わせ”研修(年1回・新年度など)
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ケース別Q&A形式での周知資料(「こんなときどうする?」)
■ 実践②:誓約書を「活きた契約書」にする
「入社時に誓約書を取ったきり、10年間見直していない…」
そんな企業も多いのが現実です。
誓約書は単なる“書類”ではなく、抑止力としての心理的な効力を持ちます。
しかし、それが古かったり曖昧だったりすると、法的根拠になりません。
▍必要な誓約書の種類
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機密保持誓約書(業務上知り得た情報を外部に漏らさない)
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私物持ち込み・外部媒体利用に関する誓約
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SNS・情報発信に関するガイドライン遵守誓約
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ハラスメント禁止・コンプライアンス遵守誓約(研修とのセットで)
▍運用のポイント
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更新・再提出(昇進時、異動時、定期的見直し)
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研修で“誓約の意味”を説明し、納得させた上でサイン
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提出後の保管とトラブル時の活用マニュアル化
「誓約書を出させたのに裁判で負けた」ケースでは、“理解していなかった”という主張が認められた例もあります。
形式でなく、“自分の行動を縛る意識”を持たせることが重要です。
■ 実践③:行動指針カードで“日常に落とし込む”
近年、企業が導入して効果を上げているのが、**「行動指針カード(ミッションカード)」**です。
これは、社内で望ましい行動・判断基準を短く・簡潔にまとめて、社員に携帯・掲示させるツール。
▍例:ある介護事業所での導入事例
宮崎県内のある介護施設では、現場スタッフに「困ったとき、迷ったときの5つの行動基準」をカード化。
■ 利用者に敬意を持って接する
■ 困ったらすぐ上司に相談する
■ 曖昧な指示は「確認してから」動く
■ 困っている同僚がいたら声をかける
■ 書類は正確に、時間内に提出する
これを名札の裏に貼り、毎朝のミーティングで1つを読み上げるという運用をしています。
すると、次第にミスが減り、チームとしての統一感が生まれたといいます。
▍導入のすすめ
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行動基準を5〜7項目に絞る(覚えやすさ重視)
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カード化・掲示用ポスター化
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朝礼や研修での読み合わせ・共有
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実際の事例とリンクさせて浸透を図る
制度や規則の“行動への橋渡し”として、このカードは極めて有効です。
■ 実践④:制度を“研修とセット”で動かす
制度は、教育と組み合わせることで初めて機能します。
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「誓約書をサインする前に、10分の説明動画を見る」
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「就業規則の一部を、ケーススタディ形式で研修に組み込む」
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「行動指針カードを使ったロールプレイングを行う」
このように、制度 → 理解 → 行動という一連の流れをつくることが重要です。
特に、「研修で納得→サイン」というプロセスは、社員が「やらされている」感を減らし、抑止力を強めます。
■ 実践⑤:制度の“アップデート”を怠らない
制度も誓約書もカードも、一度作ったら終わりではありません。
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社会の変化(SNS・AI・副業・育児・LGBTQ)
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社員構成の変化(Z世代・外国人・シニア)
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法改正(パワハラ・育児休業・職場環境整備)
これらに合わせて、年1回の制度レビューを行い、必要に応じて見直しましょう。
■ まとめ:「抑止力」は運用次第で変わる
制度を整えても、それが「読まれない」「使われない」「忘れられている」なら、意味がありません。
制度は、“書かれているかどうか”ではなく、“社員の行動に影響しているかどうか”で評価すべきです。
✅ 就業規則を読む仕組み
✅ 誓約書を理解させてから提出
✅ 行動指針カードで現場に浸透
✅ 教育との連動で意味づけ
✅ 時代に合わせてアップデート
これらを組み合わせることで、制度は単なる防御ツールではなく、社員を育て、組織を守り、未来を変える力となります。
■ 次回予告
第5回:「不祥事対応は“社労士に頼れ” ─ 専門家が関わる意味と安心感」
いよいよ最終回。企業が不祥事を起こしたとき、そして未然に防ぐために、
社労士や外部専門家がどのように関われるのか、具体的な支援内容と導入事例を紹介します。