もっと働け、でも年金は出さない?──在職老齢年金“見直し”の裏にある本音とは?
杉山 晃浩
第1章|これが“見直し”?いや、実質的な改悪です
政府は「高齢者が働きやすくなるように」として、在職老齢年金制度の“見直し”を打ち出しました。表向きには「年金が減らされないなら、もっと働ける」と歓迎する声もあります。
しかし、その本質は「働かせるための制度変更」。年金を減らさずに済むように見せかけて、実は政府にとっては“労働力と保険料を確保する”ための都合のよい仕組みへの移行です。
改正は、自由な働き方を支援するどころか、シニア層を制度の“支え手”に変えるための装置とも言えるでしょう。
第2章|在職老齢年金制度の仕組みをおさらい
在職老齢年金制度とは、一定以上の収入があると年金の支給が一部または全額停止される仕組みです。現在は、60歳以降の厚生年金受給権者が対象で、年金と給与の合計が一定額を超えると、年金がカットされます。
今回の改正では、支給停止基準額が月収ベースで**50万円→62万円(2024年度価格)**に引き上げられます。
この変更により、年金が全額または一部停止される高齢者は約50万人から30万人へと減少。つまり、20万人が新たに「全額受給可能」になるというデータが出ています。
しかし、この“20万人”の本当の意味は、次章で見えてきます。
第3章|なぜ今、見直すのか?──政府が本当に困っていること
日本の年金制度は「賦課方式」で、現役世代が高齢者を支える仕組みです。しかし、少子高齢化が進む現在、若者の数は減り、高齢者は増え続けています。
結果として、年金財政の支え手が足りないのです。
そのため政府は、高齢者自身に「働き続けてもらい、保険料を払い続けてもらう」ことを目論んでいます。制度を見直すことで、「働いたら損」という逆インセンティブを解消し、高齢者の就業を促進しようとしているのです。
表向きは「働く自由」、裏では「労働力の補填」。支給停止の対象者が20万人減るというのは、20万人分の新たな就業可能な高齢労働力が確保できるという計算でもあります。
第4章|“恩恵”どころか負担増──高齢者に押しつけられる現実
一見、年金が減らされないというのは「得」のように見えるかもしれません。
しかし実際には、働けば働くほど、給与に応じた社会保険料を支払う必要があります。しかも、65歳以上でも厚生年金・健康保険の保険料は原則徴収され続けます。
また、年金の繰下げ受給や老齢年金の受給開始年齢引き上げの議論も進む中、「年金に頼るな、働け」という空気が制度の背後に漂っています。
要するに、“働く自由”を装いながら、“働かされる構造”が強化されているのです。
第5章|あなたの“働く自由”はどこへいく?
制度は変わっても、現場の現実は変わっていない。
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「もう少し働けば生活が楽になる」
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「でも年金が減るのは嫌だ」
そんな葛藤を抱えていた高齢者にとって、今回の見直しは“朗報”に見えるかもしれません。しかし実態は、就業調整をさせないよう制度で“枠”を取り払っただけなのです。
これでは「働かない自由」がますます遠のいていきます。選択肢が増えたのではなく、“働かざるを得ない社会”が作られつつあると見るべきです。
第6章|このままでいいのか?シニアが“制度の歯車”にされる前に
政府の本音は明白です。
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年金財政の穴を埋めたい
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労働人口を増やしたい
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社会保険料の徴収対象を広げたい
そのために、「高齢者にもっと働いてもらう」仕掛けを次々に投入してきています。
今回の在職老齢年金制度の見直しは、その第一歩です。今後は、70代、75歳といった年齢層にも就業を促す制度が出てくる可能性も否定できません。
🔚結びにかえて
「もっと働け、でも年金は出さない」──この言葉に込めた皮肉が、現実にならないように。
年金制度の“見直し”が、いつの間にか“改悪”になっていないか。
私たちは、それを冷静に見極め、声を上げていく必要があります。
本当に働きたいから働くのか?それとも、働かされているのか?
その境界線があいまいになったとき、社会のゆがみが始まります。