「それ、本当に労災ですか?」 メンタル病激の労災申込が急増する背景と企業のリスク対策

杉山 晃浩

第1章|急増する“メンタル病激による労災申込”の実態

ある中小企業の人事抽出者から、こんな76な76話をいただきました。

「1年以上うつ病で休職していた社員から、いきなり“これは労災です”と言われたんです。お医者が『そろそろ傷病手当金の支給が終わるから、労災に切り替えたら?』と勧めたそうで…。現場で明確なトラブルもなかったのに、どう対応すべきか悩んでいます」

このような事例は、今や毎月のように相談が届く事案です。とくにメンタル病激の場合、「みえない病気」であるため、原因や病患の実態を確認するのが難しく、どうしても医師や劣労働者側の言語が先行してしまいます。

傷病手当金の支給期間は最長でも「1年1ヶ月」。その後も作業ができなければ本来なら「障害年金」の評定を待つことになりますが、これも実際には評定が難しく、非認定となることもあります。

そのため、医師が勧めるのは「より支給が手密で、認定要件もあまり矩敵でない」労災という選択肢です。

しかし、これは正しい運用とは言い難いグレーゾーン。企業にとっては、大きなリスクと責任を押し付けられる可能性も出てきます。

第2章|メンタル疾患の「労災認定」──3つの要件とその壁

労災保険制度では、精神障害に関する労災認定のガイドライン(2020年改訂)において、以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。

  1. 発病前の概ね6か月間に業務による強い心理的負荷があったこと

  2. 精神疾患であることが医学的に認められること(うつ病・適応障害など)

  3. 業務以外の原因(家庭問題など)によるものではないこと

とくに第1の「心理的負荷」については、パワハラや長時間労働など明確な出来事があるかどうかが重視されます。労災申請時に、「具体的に何があったのか」を本人が詳細に述べる必要がありますが、1年以上経過してからの後出しでは信憑性に欠けるケースも少なくありません。

それでも診断書に「業務によるストレスで発症」と記載されていれば、労働基準監督署は申請を受理し、調査を始めます。ここで企業側が「黙認」してしまうと、あたかも業務起因性を認めたような形になってしまい、結果的に認定に繋がるリスクが高まります。


第3章|傷病手当金・障害年金・労災補償──制度の違いを正しく理解する

企業担当者が理解しておくべきポイントは、傷病手当金・障害年金・労災補償の制度的な違いです。

  • 傷病手当金:健康保険の給付。私傷病により労務不能になった場合に支給(最長1年6か月)。

  • 障害年金:障害状態が長期に及ぶ場合に申請。認定は厳格。

  • 労災補償:業務・通勤に起因する傷病への補償。申請のきっかけは労働者本人でも、判断は労基署が行う。

メンタル疾患についても、業務起因であると認められるならば労災の対象になりますが、認定のためには明確な根拠と因果関係が必要です。企業としては、安易に「診断書が出たから労災」と受け止めるのではなく、制度の本来の目的に沿って冷静に対処する必要があります。


第4章|企業がとるべき実務対応──“黙認”しない姿勢がリスクを防ぐ

制度の悪用を防ぐため、企業が講じるべき実務的な対応策は以下の通りです。

1. 初動対応の記録と共有

発症前後の勤務状況、トラブルの有無、上司との面談記録などを時系列で記録しておくことが重要です。

2. 医師への正確な情報提供

本人からの主張と事実に乖離がある場合は、顧問社労士や産業医経由で医師に客観的事実を伝えることが有効です。

3. 労災申請書の「事業主意見欄」活用

労災申請書には企業側の意見記入欄があります。違和感があれば明確に反論し、「業務外」とする理由を示しましょう。

4. 社内マニュアルと管理職研修

メンタルヘルスに関する社内対応マニュアルを整備し、管理職に教育を行うことで、トラブルを未然に防ぎやすくなります。


第5章|“本物の労災”を見逃さない姿勢も同時に大切

制度の誤用に警戒するあまり、正当な申請を疑ってしまうと、逆に職場の信頼関係を損なう恐れがあります。大切なのは、「制度の正しい運用」と「人としての誠実な対応」を両立させることです。

従業員が本当に苦しんでいるならば、それに寄り添う姿勢は不可欠です。そして、制度判断はあくまで労基署が行うという視点を忘れてはなりません。


第6章|まとめ:企業が守るべきは“制度と信頼”のバランス

メンタル疾患の労災申請が増加する中、企業は「制度の乱用」から自社を守りつつ、「誠実な対応」で信頼を保たねばなりません。

そのためには、

  • 客観的事実に基づく冷静な対応

  • 医療・社労士との連携体制の構築

  • 管理職教育と社内整備

これらを通じて、組織としての耐性を高めていくことが重要です。


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