逮捕されたエース社員と社長の決断 ──数字だけじゃ守れない“会社の顔”という責任
杉山 晃浩
第1章|昨日までトップ営業、今日は警察署の面会室
名古屋で創業して10年。
資本金500万円で始めた建設会社も、ようやく安定軌道に乗ってきた──そう思っていた矢先のことだった。
「今井さんが逮捕されました。傷害容疑で…」
早朝、スマートフォンに表示されたそのメッセージを、社長である私は何度も読み返した。
にわかには信じられなかった。昨年の営業成績トップ。社内でも“売れる男”として一目置かれていた35歳の営業マン。
業績には厳しかったが、数字を出してくれるという一点で、私は彼に大きな信頼を置いていた。
だがその男が今、警察署の留置場にいるという。
酒に酔い、些細な口論から相手に手を出し、全治3ヶ月の骨折を負わせた──そう、完全な刑法犯である。
翌日、私は接見に向かった。
彼は憔悴していたが、こう言った。
「社長、迷惑かけてすみません。でも……会社、辞めたくありません。戻りたいです。」
その言葉に、私は言葉を失った。
第2章|数字だけでは見えなかった“歪んだ優秀さ”
確かに、彼は結果を出していた。
大手ゼネコンとの案件も、県外からの新規顧客も、彼が引っ張ってきたものだった。
周囲の反感を買うほどの厳しさや傲慢さも、「あいつは仕事ができるから」と黙認されてきた。
私自身も、「数字さえ出していればいい」という目で彼を見ていたのかもしれない。
だが、事件が起きて初めてわかった。
彼の営業成績の裏には、モラルの欠如、チームワークの軽視、そして“目的のためなら手段を選ばない”という危うさがあったのだ。
それでも、戻りたいという彼の言葉が頭に残っていた。
私は社長として、どう向き合うべきなのかを考え始めた。
第3章|刑法犯として逮捕された社員と就業規則との関係
社労士に相談し、就業規則を読み返した。
当社では、刑法犯で逮捕された場合、逮捕日から最大22日間の休職扱いができる規定を設けている。
そして、その休職期間内に復職が不可能な場合は、自然退職となる条項がある。
一見するとシンプルな流れだ。22日後に戻れなければ、自動的に退職。
だが実際には、それだけでは割り切れない問題がいくつもあった。
たとえば…
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仮に不起訴処分となった場合でも、取引先や社員が彼の復帰を受け入れるのか?
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仮に戻ってきたとして、周囲の萎縮や辞職を誘発しないか?
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そもそも“会社の顔”としての信用を失った営業マンに、再び顧客を任せられるのか?
彼が望む「復帰」には、現実が追いつかない可能性が高かった。
第4章|会社の信用、社内の空気、取引先…判断すべき“本当の優先順位”
逮捕の翌週、社内はざわついていた。
当然だ。営業成績トップが突然いなくなり、しかも「傷害で逮捕された」と噂になっている。
あるベテラン社員が言った。
「社長、あの人が戻ってきたら、私たちの立場はどうなるんですか? うちの会社、そういう人を受け入れるんですねって思われますよ。」
彼の逮捕が、社員の信頼と安心感を揺るがしていた。
また、既に取引先からは数件、やんわりと「担当者変更」の要望が寄せられていた。
私は決断しなければならなかった。
“社員ひとりを守ること”が、“会社全体を守ること”と両立しないとき、
経営者はどちらを優先すべきなのか。
第5章|社長の決断:制度に則るということは、感情を超えること
私は、彼にこう伝える決意をした。
「今の君の気持ちはわかる。会社に戻ってやり直したい、その気持ちは否定しない。
でも、今回の件は、君ひとりの問題ではなく、会社全体に影響を与えた。
うちは、就業規則に則って運営している。今は休職扱いとするが、22日後に復帰が困難であれば、自然退職となる。
これは冷たいようだけど、会社を守るための判断だ。理解してほしい。」
本人は黙ってうなずいた。
納得したのか、諦めたのか、その表情は読み取れなかった。
第6章|まとめ:社員を“人”として見て、“会社”として守るということ
経営者にとって、社員は単なる労働力ではない。
一人ひとりが大切な存在だ。
だが同時に、社員ひとりの言動が会社の屋台骨を揺るがすこともある。
その狭間で揺れるからこそ、**就業規則は“経営判断の羅針盤”**になる。
感情や情で動けば、後にもっと大きな損失を生むことになる。
私は今回、あくまでルールに則って対応した。冷たいかもしれない。でも、それが組織としての判断だと思っている。
🔚 最後に──「規程の準備」は「人を守ること」でもある
あなたの会社の就業規則には、“こういうときどうするか”のルールが明文化されているだろうか?
曖昧なまま放置していれば、トラブルのたびに感情に任せた判断をせざるを得なくなる。
今回の件を通じて私は、ルールを整えておくことは、社員を守り、会社を守ることに直結するとあらためて感じた。
もし、あなたの会社でも「社員のトラブルに備えておきたい」と思うのであれば、
まずは就業規則の見直し、そして判断基準を共有することから始めてほしい。
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