社員のために借りた社宅が“経営リスク”になる瞬間──零細企業が抱える3つの見落とし
杉山 晃浩
【はじめに】
「社員のため」の社宅が、なぜ“負担”に変わったのか?
「採用が厳しい時代だから、せめて住まいをサポートしてあげたい」
これは、経営者として自然な思いです。
特に、従業員数が5人程度の零細企業では、社員が生活の安心を感じられるようにと、借り上げ社宅を用意する会社も珍しくありません。
宮田工業(仮名)も、そんな一社でした。
郊外のワンルームマンションを2室、会社契約で確保。
地方から採用した若手社員2人が住み始め、社内も「会社がちゃんと面倒を見てくれている」という安心感がありました。
ところが、入社してわずか2か月で1人が退職。
「実家に戻ります」と鍵を置いていなくなりました。
残されたのは、2年契約の賃貸借契約と、使われない空室。
採用難の中で、次の入居者を探すめども立たない。
結局、固定費は丸ごと会社の負担に。
「誰のための社宅なのか?」
社長はそうつぶやきながら、空室分の家賃振込を続けるしかありませんでした。
見落とし①:「空室=赤字」なのに、解約できない“契約の縛り”
法人契約の借り上げ社宅は、多くの場合、2年契約が標準です。
「入居者がいなくなったらすぐに解約できる」と思いがちですが、現実は違います。
-
中途解約不可
-
残期間分の違約金が必要
-
フリーレント(最初の家賃無料)を適用していた場合、免除分の返還を請求される
今回の宮田工業も、月額家賃5万円、共益費5千円の物件でした。
退職で空室になった時点で、残り20か月分の固定負担は約110万円。
一括請求ではなくとも、毎月確実に赤字を生む契約が残ります。
社員5人の会社にとって、月々5.5万円の負担は決して小さくありません。
たった1室の空室が、キャッシュフローをじわじわと圧迫していくのです。
見落とし②:「次に住む人がいない」ことが最大のリスク
もう一つ深刻なのは、「誰が次に使うのか全く見えない」こと。
中小・零細企業では、そもそも採用計画が流動的です。
計画通りに新しい人を雇える保証はなく、今後も社宅が必要な人を採用できるとは限りません。
むしろ、最近は地元採用や「実家から通える人」を選ぶ企業も増えています。
結果的に、社宅は“誰も住まない空き家”になり、退去時の原状回復費用まで発生します。
最初は「福利厚生で人材確保」と考えたはずが、
現実には「誰も使わないのに毎月コストだけかかる箱」になってしまう。
零細企業では、これが一気に経営を苦しくします。
見落とし③:「制度があること」が逆に不公平と不満を生む
さらに見落とされがちなのが、社宅を使わない社員との不公平感です。
「同じ会社で働いているのに、あの人だけ会社が家賃を払っている」
「自分には何の補助もないのに」
たとえ合理的な理由があっても、
制度が放置されるほど「不公平だ」「不透明だ」という気持ちは社内に蓄積します。
就業規則に「社宅提供の条件」や「利用対象者の範囲」を明記していないと、
最終的に「何を基準に選んでいるのか?」と責任を問われるリスクがあります。
実際、宮田工業でも残った社員から「もう使わないなら、住宅手当にしてほしい」という声が上がりました。
社宅制度は適切に運用されなければ、逆に社内トラブルの火種になってしまいます。
【まとめ】
借り上げ社宅制度は「小さな会社」こそ見直すべきとき
もちろん、借り上げ社宅にはメリットもあります。
-
遠方人材の採用がしやすい
-
入居審査が通りやすい
-
福利厚生としての安心感がある
しかし、その一方で、
✅ 解約できない固定コスト
✅ 採用計画のズレ
✅ 社員間の不公平感
こうしたリスクは、従業員数の少ない零細企業ほど重くのしかかります。
制度を維持することが目的化していませんか?
もし、今「うちは大丈夫かな」と思ったら、以下を確認してみてください。
✅ 退去時の違約金や原状回復費を負担できる体力はあるか
✅ 採用計画上、社宅を使う人を雇う予定があるか
✅ 社宅を使わない社員への説明は十分か
✅ 就業規則にルールが明記されているか
借り上げ社宅は、社員を守る制度であると同時に、経営を蝕むリスクにもなり得ます。
今こそ制度を棚卸しし、「本当に必要か」「今後も続けるべきか」を検討するタイミングです。
💡 ご希望があれば、社宅制度の見直し、廃止・縮小に伴う就業規則改訂や社員説明のサポートも行っています。お気軽にご相談ください。