得を狙う経営から損を防ぐ経営へ──プロスペクト理論で読み解く“DX化の決断力”
杉山 晃浩
第1章 なぜ「DX化」が“正しい判断”なのに進まないのか
「DX化を進めたいけど、いまは時期じゃない」
「人が足りないから、まず目の前の業務を…」
多くの経営者がそう口にします。
けれど、皮肉なことに、“やらない”という選択にもリスクが潜んでいるのです。
働き方改革、労務リスクの増加、法改正、そして人材不足。
中小企業にとって、DX(デジタルトランスフォーメーション)はもはや“選択肢”ではなく“生存戦略”です。
それでも経営が動かないのは、怠けや無関心ではありません。
人間には、「損をしたくない」という根深い心理があり、これが変化へのブレーキになっているのです。
第2章 プロスペクト理論とは──人は“得”よりも“損”に敏感
1979年、心理学者カーネマンとトヴェルスキーが提唱したプロスペクト理論は、人の意思決定を左右する“心理の数式”を明らかにしました。
結論はシンプル。
「人は“得をする喜び”よりも、“損をする痛み”を2倍強く感じる」
たとえば、
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「10万円もらえる」よりも、
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「10万円失う」のほうが強く印象に残る。
人は合理的に動いているようで、実は“損失を避ける”ために行動しているのです。
DX化も同じ。
「導入で業務が楽になる」という“得”では動かない。
「導入しないとリスクが増える」という“損”で初めて本気になる。
第3章 DX推進を止める“心理の罠”──経営者の頭の中で起きていること
では、具体的にどんな心理がDXを止めているのでしょうか。
【心理1】「まだ大丈夫」バイアス
今のやり方で何とか回っているから大丈夫。
こうして問題を先送りにしているうちに、現場の混乱や人材離れが進行します。
【心理2】「うちには関係ない」効果
「DXは大企業の話」「うちは人が少ないから」。
関係ないと思うほど、遅れは広がる。
【心理3】「投資を無駄にしたくない」心理
すでに入れた仕組みを手放せない。
いわゆるコンコルド効果(埋没費用の罠)で、結果的に非効率な状態を続けてしまう。
経営者の頭の中では、「変えるリスク」>「変えないリスク」に見えてしまうのです。
これがプロスペクト理論が示す「損失回避」の正体。
第4章 “損を防ぐ経営”への転換──プロスペクト理論の実践活用
DX化を進めたいなら、発想を逆転させる必要があります。
つまり、
「DXをやらないことで起こる損失」を具体的に見せる。
たとえば──
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紙の管理ミスによる労務トラブルの発生リスク
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情報共有不足による顧客離れやクレーム
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Excel依存の給与計算による人的ミス・残業増加
これらを「損失」として可視化することで、経営者や現場が現実感を持ちます。
人は“未来の利益”より、“目の前の損”に敏感。
DX化は「便利な投資」ではなく、「損を防ぐ防衛策」として語るべきです。
第5章 実践事例:DXを“リスク対策”として導入した企業の成功パターン
● 事例①:介護事業所(勤怠DX)
以前は手書きの勤務表で転記ミスが多発。
労基署対応のたびに管理職の残業が増加。
→ 「トラブルのたびに3時間失う=月60時間の損失」と可視化。
→ 勤怠DX導入を「損失削減」として提案し、経営が即決。
● 事例②:製造業(工程DX)
熟練職人にしか分からない作業手順が属人化。
→ 「その職人が休む=納期遅延」という損失を試算。
→ システム化の決断につながり、生産ロスが月10%減少。
● 事例③:クリニック(予約システムDX)
電話予約で受付が混雑、患者離れが発生。
→ 「1件逃す=3,000円の損失 × 月100件」で金額を提示。
→ 経営者が数字で危機を実感し、導入を決断。
どの企業も、「得」ではなく「損」から動いたのが共通点です。
第6章 社労士ができる支援──心理の壁を“仕組み”で越える
DX推進を止めているのは、技術ではなく心理です。
その壁を越えるには、“やる気”ではなく仕組みが必要。
オフィススギヤマグループでは、
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DX導入の現状分析と「損失リスクの見える化」
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経営者・社員・管理職の心理差を埋めるワークショップ
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助成金を活用した「リスク回避型DX導入支援」
を行っています。
DXは「人の変化を促す経営改革」。
社労士として、その変化を「心理+制度+仕組み」で支えるのが私たちの役割です。
第7章 まとめ──“損を防ぐ経営”こそが未来を切り拓く
経営とは、常にリスクと向き合う営みです。
DX化もその一部。
「コストがかかる」「今はまだ」と言っている間に、
情報は止まり、人材は離れ、会社は変化の波に取り残されていきます。
プロスペクト理論を理解すれば、「得を狙う経営」より「損を防ぐ経営」のほうが確実に強いことがわかります。
あなたの会社のDX化が止まっているなら、
もしかすると止めているのは“技術の問題”ではなく“心理の問題”かもしれません。
「やらないリスク」を見える化し、未来を守る一歩を踏み出しましょう。
その設計を、私たちがサポートします。