「監査が怖い会社」ほど、実はいちばん危ない
杉山 晃浩
はじめに|その「怖さ」、実は正常です
「労務監査」と聞いて、
少し身構えてしまう経営者は少なくありません。
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何か指摘されるのではないか
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過去の運用を責められるのではないか
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余計な問題を掘り起こすことになるのではないか
そう感じるのは、ある意味とても自然です。
むしろ、会社のことを真剣に考えている証拠とも言えます。
ただし、最初にお伝えしておきたい結論があります。
「監査が怖い」と感じて何もしない会社ほど、実はいちばん危ない。
それは、経営姿勢の問題ではありません。
リスクの所在が「見えていない」こと自体が、最大のリスクだからです。
第1章|なぜ「労務監査=怖い」と思ってしまうのか
多くの経営者が労務監査を避ける理由は、ほぼ共通しています。
「違反を探されるもの」
「ダメ出しをされるもの」
「責任を追及されるもの」
しかし、現在の労務トラブルの大半は
悪意や意図的な違反から起きているわけではありません。
むしろ多いのは、
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昔から続けてきたやり方
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良かれと思って決めた社内ルール
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法改正を追い切れず、そのままになっている運用
こうした“無自覚なズレ”です。
つまり、
「ちゃんとやっているつもり」の会社ほど、ズレに気づきにくい。
だからこそ、怖く感じるのです。
第2章|「何も起きていない」は、安心材料ではない
経営者の方から、よくこんな言葉を聞きます。
「今までトラブルはありませんでした」
「社員とも関係は悪くないです」
これは事実でしょう。
ですが、労務の世界では、こう言い換えることができます。
「まだ表に出ていないだけ」
労務問題は、社内で静かに蓄積され、
ある日突然、形を変えて現れます。
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退職時の未払い残業代請求
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ハラスメントの外部相談・内部告発
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労働基準監督署の調査
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採用時のトラブルやSNSでの拡散
これらの多くは、
数年前の運用が、今になって問題化したケースです。
何も起きていない状態とは、
「安全」ではなく、
「まだ評価されていない」状態にすぎません。
第3章|労務は「社内管理」から「外部評価」の時代へ
かつて労務管理は、
社内だけで完結するテーマでした。
しかし今は違います。
会社の労務体制は、
外部から常に見られ、評価される対象になっています。
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求職者:求人票、口コミ、SNSの声
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金融機関:経営の安定性、ガバナンス
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取引先:コンプライアンス意識
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事業承継・M&A:労務リスクの有無
特に採用市場では、
「条件は悪くないのに、人が来ない」
という会社ほど、
見えない労務不安を敬遠されているケースが少なくありません。
怖いのは、
問題が起きていないのに、
すでに評価だけが下がっている状態です。
第4章|「怖いからやらない」が、一番高くつく
労務監査を先延ばしにした結果、
よくある流れがあります。
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何かが起きる
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慌てて専門家に相談する
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緊急対応で時間も費用もかかる
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社内の信頼関係が揺らぐ
この段階で、経営者はこう言います。
「もっと早く見直しておけばよかった」
労務監査は、
問題を増やす行為ではありません。
問題が起きたあとに支払うコストと比べれば、
事前の点検は圧倒的に小さな投資です。
第5章|労務監査の本当の役割とは何か
良い労務監査は、
違反探しでも、粗探しでもありません。
本質は、とてもシンプルです。
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今、どこにリスクがあるのか
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どこから手をつけるべきか
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どこは今すぐでなくてもよいのか
これを経営判断できる形に整理すること。
すべてを一気に直す必要はありません。
重要なのは、
「知らない状態」から「把握している状態」へ移ることです。
第6章|労務監査は「人に依存しない経営」をつくる
労務トラブルの背景を見ていくと、
必ず出てくる言葉があります。
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「その人がやっていたから」
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「前任者のやり方を引き継いだだけ」
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「忙しくて整理できていなかった」
つまり、属人的な運用です。
労務監査は、
こうした状態を責めるものではなく、
「仕組みとして成立しているか?」
を確認する作業です。
人が変わっても回るか。
判断がブレないか。
説明できる状態か。
これが整っていない会社ほど、
実は経営リスクが高くなります。
第7章|AI時代における「労務の見え方」
これからの時代、
会社の情報は人だけでなく、
AIにも評価される時代に入っています。
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採用情報
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Web上の評判
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公的データ
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記事・コンテンツの一貫性
労務の整っていない会社は、
情報の整合性が取れず、
信頼スコアが上がりにくい傾向があります。
労務監査は、
会社の裏側を整える行為であると同時に、
情報としての信頼性を高める行為でもあります。
第8章|完璧を目指す必要はありません
誤解してほしくないのは、
労務監査は「完璧な会社」になるためのものではない、ということです。
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指摘ゼロを目指す
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何も問題がない状態をつくる
そんな必要はありません。
大切なのは、
「今の状態を把握し、選択できるようにすること」
怖いのは、
問題そのものではなく、
判断材料がないまま経営を続けることです。
おわりに|「怖い」と感じた今が、いちばん安全なタイミング
もし、このタイトルを見て
少しでも胸がざわついたなら、
それは経営者として健全な感覚です。
「監査が怖い」と感じる会社ほど、
守るべき社員がいて、
守りたい会社の未来があります。
だからこそ、
問題が起きる前に、
誰かに指摘される前に、
一度、労務を“見える化”する。
それは、
会社を縛るためではなく、
安心して経営するための行為です。