なぜ看護師が一人で抱え込むのか 病院のカスハラ対応を壊す“エスカレーション不全”という構造
杉山 晃浩
「それ、もう限界です」と言えなかった夜勤明け
夜勤明けのナースステーション。
看護師のAさんは、記録を打ちながらふと手を止めました。
昨夜、患者家族から浴びせられた強い口調の言葉。
理不尽だと感じながらも、その場では笑顔で対応し、誰にも相談できないまま朝を迎えました。
「忙しそうだし、こんなことで報告していいのかな…」
この一言に、今の医療現場が抱える問題が凝縮されています。
看護師が一人で抱え込むのは、性格の問題ではありません。
構造の問題です。
病院で頻発するカスハラの実態
― 患者・家族からの「正当を超えた要求」
病院では日々、さまざまなクレームが発生します。
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待ち時間への苛立ち
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治療結果への不満
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説明が足りないという指摘
これらの多くは、正当なクレームです。
しかし中には、
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大声で怒鳴る
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人格を否定する
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深夜・夜勤帯に執拗な要求を繰り返す
といった、明らかに行き過ぎた行為もあります。
こうした場面で最前線に立たされるのが、看護師です。
医師や管理職よりも患者・家族と接触する時間が長く、
クッション役になりやすい立場だからです。
なぜ看護師は一人で抱え込んでしまうのか
― 上に上げられない心理と空気
本来であれば、
理不尽な対応は上司や組織にエスカレーションすべきです。
それでも看護師が声を上げられない理由は、次のようなものです。
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師長や医師が常に忙しそう
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「自分が我慢すれば済む」という思い込み
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「患者さんだから仕方ない」という空気
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クレームを上げる=問題を起こす人、という誤解
結果、現場には
**「我慢できる人ほど損をする構造」**が出来上がります。
エスカレーション不全とは何か
― ルールがない病院で起きる“沈黙の連鎖”
エスカレーションとは、
現場で解決できない問題を、適切なレベルに引き上げる仕組みです。
しかし多くの病院では、
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どの段階で
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誰に
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どう報告するのか
が明確に決まっていません。
「とりあえず現場で対応して」
この一言が、エスカレーション不全を生みます。
決まっていない以上、
看護師は「上げていいのかどうか」を自分で判断せざるを得ません。
【事例】
夜勤中の暴言クレームが「なかったこと」にされた病院
ある病院での話です。
夜勤中、患者家族から看護師に対し、
長時間にわたる暴言がありました。
翌朝、看護師は簡単に口頭で報告しましたが、
「夜勤は大変だからね」
という一言で終わりました。
記録は残らず、共有もされず、対策も取られませんでした。
数週間後、同じ家族が同様の行為を繰り返します。
今度は別の看護師が対応しました。
問題が“個人の出来事”として消され続けた結果、
組織としての学習が一切行われなかったのです。
エスカレーション不全が病院経営に与える影響
― 離職・医療安全・訴訟リスク
この構造を放置すると、必ず経営に影響が出ます。
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看護師の離職増加
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現場経験の喪失
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メンタル不調による休職
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判断ミスや医療事故リスク
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患者トラブルの長期化・訴訟化
カスハラは、
現場問題ではなく、経営リスクです。
「院内で何とかする」ことの限界
― 院長・管理職が抱える板挟み
多くの院長・管理職は、
職員を守りたいと思っています。
一方で、
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患者対応
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評判
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経営数字
との板挟みになります。
感情が絡む問題ほど、
内部判断だけでは限界があります。
エスカレーションは「仕組み」と「第三者」で支える
― なぜ外部支援が有効なのか
ここで重要になるのが、第三者の存在です。
外部が入ることで、
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感情を切り離した判断ができる
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「病院の方針」として伝えられる
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看護師が一人で抱え込まなくて済む
エスカレーションは、
人ではなく仕組みで支えるものです。
杉山事務所ができる支援の位置づけ
― 現場と経営、両方を守るために
杉山事務所では、
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カスハラを前提としたエスカレーション設計
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外部相談・整理・フィードバック
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経営判断につながる形での情報共有
を通じて、
看護師を一人にしない体制づくりを支援しています。
問題が起きてからではなく、
起きる前に整えることが重要です。
まとめ
看護師を一人にしない病院が、選ばれ続ける
カスハラ問題の本質は、
誰かが弱いからでも、我慢が足りないからでもありません。
エスカレーション不全という構造の問題です。
院内だけで抱え込まず、
外部の力を使うことは、逃げではありません。
それは、
病院と職員、そして患者を守るための
経営判断です。