退職した社員はいつまで住める? 借り上げ社宅の退去期限問題
杉山 晃浩
借り上げ社宅は、採用や定着に効果的な福利厚生です。
しかし一方で、退職時の扱いを誤ると、一気にトラブルへ発展しやすい制度でもあります。
特に多いのが、
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退職した社員が社宅に住み続けている
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「いつまでに出て行ってもらえるのか分からない」
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家賃だけが会社負担として残ってしまう
といったケースです。
本記事では、
「退職した社員はいつまで社宅に住めるのか」
という実務上の疑問について、社労士の視点で整理します。
第1章 退職後も社宅に住み続ける社員は珍しくない
「退職したのだから、翌日には出て行ってもらえる」
多くの経営者や人事担当者が、そう考えがちです。
しかし、実務の現場では、退職後も社宅に住み続ける社員は決して珍しくありません。
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引越し先が見つからない
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家族がいるためすぐに動けない
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次の勤務先の社宅がまだ決まらない
こうした事情を理由に、
「少し待ってほしい」と言われ、そのままズルズルと居住が続くケースもあります。
問題は、その状態を想定したルールが用意されていない会社が多いことです。
第2章 そもそも借り上げ社宅は誰と誰の契約か
まず整理しておきたいのが、借り上げ社宅の契約関係です。
借り上げ社宅の場合、
賃貸借契約の当事者は会社と大家(管理会社)です。
社員は、
会社から「使用を許されている立場」にすぎません。
つまり、
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社員が住んでいる
= -
社員が借主
という関係ではありません。
この点を誤解していると、退職後の対応を見誤ります。
第3章 退職したら即日退去を命じることはできるのか
では、退職した社員に対して、
「今日で辞めたのだから、明日には出て行ってください」
と命じることはできるのでしょうか。
結論から言うと、
ケースによる、というのが現実的な答えです。
確かに、借り上げ社宅の使用権は、在職を前提としたものです。
そのため、退職により使用権が消滅する、という考え方自体は合理的です。
しかし、
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退去期限についての定めがない
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猶予期間を一切想定していない
このような場合、即時退去を強制することは、
実務上も法的にもハードルが高くなります。
第4章 退去期限を定めていない会社が抱えるリスク
社宅規程や使用契約書に、
「退職後○日以内に退去する」
といった定めがない会社は要注意です。
この場合、社員から
「引越し先が見つからない」
「もう少し待ってほしい」
と言われたとき、会社は強く出にくくなります。
結果として、
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退職後も会社が家賃を払い続ける
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使用料相当額を請求しづらい
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感情的な対立に発展する
といった事態になりがちです。
制度上の不備は、会社を不利な立場に追い込みます。
第5章 よくある退職後社宅トラブルの実例
実務でよく見かけるのが、次のようなケースです。
退職日当日に、
「明日には出て行ってください」と伝えたところ、
社員が強く反発し、紛争化。
結局、数か月にわたって居住が続き、
会社はその間の家賃を負担することになりました。
もう一つ多いのが、
「善意で待ってあげた」結果、
いつの間にか退去期限があいまいになってしまったケースです。
感情論で対応すると、
後から引き返せなくなります。
第6章 退職後の社宅使用料は請求できるのか
では、退職後も居住を続けた場合、
家賃相当額を請求することはできるのでしょうか。
理論上は、
無権限占有に基づく使用料相当額の請求
という考え方があります。
しかし、実務上は、
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金額算定の問題
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合意が取れていない
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裁判コストが見合わない
といった理由から、回収は簡単ではありません。
「請求できる可能性がある」と
「実際に回収できる」は、別の話です。
第7章 退去期限トラブルを防ぐために会社がすべきこと
退去トラブルを防ぐ最大のポイントは、
事前にルールを決め、説明しておくことです。
具体的には、
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社宅規程に退去期限を明記する
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退職後○日以内の猶予期間を設定する
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使用料の考え方を定める
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入居時に必ず説明する
これだけでも、トラブルの大半は防げます。
「人情で何とかしよう」と考えるほど、
後で会社が苦しくなるのが社宅問題の特徴です。
第8章 借り上げ社宅は“退職後”まで設計して初めて完成する
借り上げ社宅は、在職中だけを見て設計されがちです。
しかし、
退職時の扱いまで含めて設計してこそ、制度として完成します。
採用・定着・退職。
これらは、すべて一続きの人事プロセスです。
社宅制度も、その流れの中で考える必要があります。
まとめ
退職後の社宅問題は「想定していたかどうか」で決まる
退職後の社宅トラブルは、
特別な会社だけに起きる問題ではありません。
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即時退去は原則ではない
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ルールがなければ会社が不利になる
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トラブルは事前に防げる
借り上げ社宅を導入している、または検討している会社こそ、
「退職後」を想定した制度設計が欠かせません。