「誰に払うつもりだったのか」 規程不備が招く、死亡退職弔慰金の受取人トラブル
杉山 晃浩
はじめに|その弔慰金、誰に渡す前提でしたか?
社員や役員の訃報は、会社にとって突然やってきます。
そして、その直後に経営者や総務担当者が直面するのが、
死亡退職金や弔慰金を「誰に、どのように支払うのか」という問題です。
多くの経営者はこう言います。
「当然、配偶者でしょう」
「常識的に考えれば奥さんですよね」
ところが実務の現場では、この“常識”が通用しないケースが少なくありません。
しかも問題を複雑にしているのは、遺族ではなく、会社側の準備不足です。
この記事では、
死亡退職弔慰金の受取人をめぐるトラブルがなぜ起きるのか、
そして、なぜその多くが「規程不備」に起因しているのかを、
経営者目線で整理します。
第1章|死亡退職弔慰金で本当に多いトラブルとは
実務で頻発する受取人トラブル
死亡退職弔慰金を巡るトラブルで、実際によくあるのは次のようなケースです。
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配偶者と子どもが、それぞれ「自分が受け取るべきだ」と主張する
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前妻との間の子どもが名乗り出てくる
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内縁関係の配偶者が「長年生計を共にしていた」と訴える
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別居していた親が「扶養していたのは自分だ」と主張する
いずれも、遺族側から見れば切実な主張です。
しかし会社側からすると、誰の言い分が正しいのか判断できないのが現実です。
会社が一番困る瞬間
問題が表面化するのは、次の瞬間です。
「では、どなたにお支払いすればよいのでしょうか?」
この問いに、会社として明確な答えが出せない場合、
トラブルは一気に深刻化します。
善意で対応しようとすればするほど、
会社は遺族間の対立に巻き込まれ、板挟みになります。
第2章|なぜ会社が“当事者”に引きずり込まれるのか
相続問題と労務問題の混同
遺族側は、死亡退職弔慰金を「相続財産の一部」のように捉えがちです。
しかし、弔慰金や死亡退職金は、法律上は会社の労務上の支給金です。
ここに、認識のズレが生じます。
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遺族:「相続人として当然の権利」
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会社:「会社としての支給ルールが不明確」
このズレを放置すると、
会社はいつの間にか相続トラブルの調整役のような立場に追い込まれます。
会社は裁判所でも調停機関でもない
重要なのは、
会社には、遺族の主張の正当性を判断する権限も能力もないという点です。
それにもかかわらず、
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判断を迫られ
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どちらかに支払えば不満が出て
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支払いを止めればクレームになる
という、非常に不利な立場に立たされます。
この状況を生み出している最大の原因が、
「規程がないこと」です。
第3章|「規程がない」ことが最大の原因
多くの会社に共通する規程不備
中小企業の現場では、次のような状態が珍しくありません。
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弔慰金について何も規定していない
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「遺族に支給する」とだけ書いてある
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受取人の順位や範囲が定められていない
この状態で死亡が発生すると、
会社はその場の判断で対応せざるを得なくなります。
「これまで揉めなかった」は理由にならない
経営者からよく聞く言葉に、
「今までそんな問題は起きていない」というものがあります。
しかし、死亡は頻繁に起きる出来事ではありません。
だからこそ、規程が整備されないまま放置されがちです。
そして、一度起きたときには、取り返しがつかないのです。
第4章|受取人トラブルが会社にもたらす二次被害
遺族対応が長期化する
受取人が決まらない場合、支給は止まります。
すると、
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遺族の不満が募る
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感情的な対立が深まる
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内容証明や弁護士が介入する
といった事態に発展することもあります。
社内外への影響
トラブルは、社内にも波及します。
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社員が「自分のときは大丈夫か」と不安を感じる
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「あの会社は冷たい」という評判が立つ
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経営者自身が精神的に消耗する
弔慰金は本来、
遺族を思いやるための制度のはずです。
それが会社を疲弊させる原因になってしまうのです。
第5章|社労士が規程で“線を引く”という発想
弔慰金は「気持ち」ではなく「制度」で守る
多くの経営者は、
「規程で縛るのは冷たいのではないか」と感じます。
しかし実務では逆です。
規程があるからこそ、社長の判断が守られます。
規程が、感情的な対立から会社を切り離してくれます。
規程に落とし込むべきポイント
社労士として、最低限押さえるべきポイントは次のとおりです。
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受取人の範囲(配偶者、子、父母など)
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受取人の順位
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生計要件を設けるかどうか
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複数該当者がいる場合の取扱い
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同意書を取得する運用
これらを就業規則・退職弔慰金規程に落とし込みます。
第6章|税理士・弁護士ではなく、なぜ社労士なのか
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税理士は税金の専門家
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弁護士は紛争解決の専門家
どちらも重要ですが、
トラブルが起きてからの対応です。
社労士は、
トラブルが起きない仕組みを事前につくる専門家です。
死亡退職弔慰金の受取人問題は、
まさに社労士の関与領域と言えます。
第7章|経営者が今すぐ確認すべき3つのチェックポイント
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弔慰金・死亡退職金について規程があるか
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受取人の定義と順位が明確か
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社長個人の判断に委ねていないか
一つでも曖昧であれば、
リスクは現実のものになります。
まとめ|「誰に払うか」を社長が悩まなくていい会社へ
死亡退職弔慰金の受取人トラブルは、
遺族が原因ではありません。
原因は、
決めていなかったこと
制度にしていなかったことです。
規程は、冷たいルールではありません。
会社と遺族、そして社長自身を守るための仕組みです。
「誰に払うつもりだったのか」
そう問われて困る前に、
平時から社労士が関与する意味があります。