某有名企業は、なぜ新入社員の大量辞退を防げなかったのか?採用炎上に学ぶコンプライアンス経営

杉山 晃浩

2024年4月、誰もが一度は商品を目にしたことがある有名食品メーカーで、新入社員の大量辞退が発生したと報じられました。

報道で特に注目されたのが、新入社員に案内されたシェアハウスです。

「新しい社員寮に入居できると思っていたのに、実際に案内された建物は想像していたものと大きく違った」

そのような声が写真や動画とともにSNSで拡散され、いわゆる「ボロ家騒動」として一気に炎上しました。

さらに、募集時に示されていた給与と、入社前後に説明された給与が違ったという報道も重なりました。

会社側はその後、シェアハウスの改修が遅れたこと、入居予定者への説明が十分ではなかったこと、その結果として一般職16人が入社を辞退したことを公式に認め、謝罪しています。

ただし、本稿は、この会社を一方的に非難するためのものではありません。

公表された会社発表や報道をもとに、

「自社でも同じことが起きる可能性はないか」

「採用、社宅、労務管理、許認可を別々に管理していないか」

「経営者の知らないところで、会社の信用を失う問題が進んでいないか」

を考えることが目的です。

報道内容のすべてが事実であると認定するものでも、特定企業に法令違反があったと断定するものでもありません。

それでも、この騒動から中小企業が学ぶべきことは、決して少なくありません。

「ボロ家だったから辞退した」だけではない

この騒動を表面的に見ると、

「最近の若者は、古い社宅を嫌がる」

「無料や格安で住めるなら、多少古くても我慢すべきではないか」

という話に見えるかもしれません。

しかし、問題の本質は、建物が新しいか古いかではありません。

重要なのは、応募者が事前に聞いていた内容と、入社直前に示された現実との間に、どれだけの差があったかです。

仮に最初から、

  • 築年数の古い一軒家である
  • 新入社員同士で共同生活をする
  • 風呂、トイレ、台所の一部を共同で使う
  • 現在改修中である
  • 入居前にすべての工事が終わらない可能性がある

と説明されていたら、結果は違っていたかもしれません。

応募者は、その条件を理解したうえで応募するかどうかを決められるからです。

ところが、「新しい社員寮だと思っていた」「個室中心の生活だと思っていた」という認識で就職を決め、入社直前になって違う現実を見せられたら、どうでしょうか。

問題になるのは、建物の古さではなく、

「聞いていた話と違う」

という会社への不信感です。

採用では、労働条件だけでなく、勤務地、配属先、転勤、社宅、寮費、通勤方法なども、応募者の人生を左右します。

会社にとっては「福利厚生の一部」でも、本人にとっては毎日の生活そのものです。

求人票と実際の給与が違ったら、すぐに違法なのか

今回の騒動では、募集段階で示された給与と、実際に説明された給与との間に約3万円の差があったとも報じられました。

この点については、慎重な整理が必要です。

求人票や求人広告に書かれた条件が、そのまま自動的に労働契約の内容になるとは限りません。

採用選考の途中で、職種や勤務地などが変わり、それに伴って給与が変わることもあり得ます。

ただし、会社が自由に条件を変えてよいわけではありません。

職業安定法では、募集時に賃金、仕事内容、勤務地、労働時間、休日などを明示することが求められています。

募集時に明示した条件を変更、追加、削除する場合には、その内容を求職者に伝えなければなりません。

つまり、

「求人票は総合職の給与だったが、あなたは一般職なので給与が変わります」

というのであれば、一般職と総合職の違いを採用の早い段階で説明し、本人が納得したうえで契約する必要があります。

内定後や入社式で初めて知らされるようなことがあれば、応募者が「話が違う」と感じるのは当然です。

さらに、労働契約を締結するときには、労働基準法に基づき、賃金、労働時間、勤務地、仕事内容などを労働条件通知書等で明示しなければなりません。

仮に、労働条件通知書に書かれた給与よりも少ない金額しか支払わなければ、労働基準法上の問題になる可能性があります。

一方、今回の事案については、実際に交付された労働条件通知書や雇用契約書の内容までは公表されていません。

そのため、報道された給与差だけを見て、

「間違いなく労働基準法違反だ」

「求人詐欺だ」

と断定することは適切ではありません。

大切なのは、他社の違反を決めつけることではなく、自社の書類と説明が一致しているかを確認することです。

求人票、採用サイト、会社説明会、面接、内定通知書、労働条件通知書。

これらを別々の担当者が作成すると、少しずつ内容がずれていきます。

採用担当者は古い給与額を掲載したまま、総務は新しい給与額で通知書を作り、現場責任者は別の仕事内容を説明している。

このような状態は、中小企業でも珍しくありません。

悪意がなくても、応募者から見れば「会社にだまされた」と受け取られる可能性があります。

古い社宅を使うこと自体は違法ではない

古い一軒家を社員寮や社宅として使うこと自体が、直ちに違法になるわけではありません。

築年数が古くても、安全に生活でき、必要な説明が行われ、入居者が納得していれば問題はありません。

一方、次のような場合には注意が必要です。

  • 雨漏りや腐食があり、安全な居住が難しい
  • 火災報知器、消火設備、避難経路などに不備がある
  • 建物の用途や改修内容が建築関係法令に適合していない
  • 入居人数に対して設備や居住空間が不足している
  • 個室と説明していたのに、実際には複数人での共同生活だった
  • 家賃や光熱費などの本人負担が事前に示されていない
  • 会社による立入りや私生活への管理が過度になっている

また、会社の寮が労働基準法上の「事業附属寄宿舎」に該当する場合には、寄宿舎規則、安全衛生、私生活の自由などに関する規制を受けることがあります。

ただし、会社が所有・借上げしている住宅が、すべて事業附属寄宿舎になるわけではありません。

事業場との関係、入居の強制性、会社による生活管理の程度などを踏まえて個別に判断されます。

したがって、

「古い社宅だから違法」ではなく、「安全性、契約内容、事前説明、生活管理に問題がないか」

を確認する必要があります。

もうひとつ確認された食品衛生法上の問題

新入社員の大量辞退が報じられた後、この会社では食品製造に関する許可変更申請の遅れも明らかになりました。

会社の公式発表によると、前年5月に新設した鶏肉のボイル工程について、工場内で設備を移設した際の許可変更申請が約2か月遅れたということです。

会社自身が、食品衛生法第55条の事前申請義務に違反したと認めています。

一方、保健所による立入検査と製品検査では、食品衛生上の危害が生じるおそれはないと判断され、製品の回収命令などは行われなかったと説明されています。

この点は、正確に分けて理解する必要があります。

  • 許可変更申請が遅れたという手続上の違反はあった
  • 食品の安全性に問題があるとは判断されなかった
  • 製品の回収命令も出されなかった

ここで考えたいのは、なぜ設備の移設に必要な手続が遅れたのかということです。

製造現場は「設備を少し移動しただけ」と考えていたかもしれません。

許認可担当者は「現場から連絡が来ていない」と考えていたかもしれません。

経営者は「必要な手続は終わっている」と思っていたかもしれません。

これも、会社の中にある「聞いていない」が原因となって起きる問題です。

許認可は、更新時期だけを管理すればよいものではありません。

設備の新設、移設、増設、事業所の移転、役員変更、営業所の追加、新商品の製造などによって、事前の申請や変更届が必要になることがあります。

「完成してから行政に聞く」のでは遅い場合があるのです。

本当に怖いのは、担当者一人に依存する会社

会社側は、シェアハウスの改修や新卒受入れを担当していた副社長が亡くなり、業務の引継ぎに時間を要したことを説明しています。

人の死を理由に会社を責めることはできません。

予期できない病気や事故は、どの会社にも起こります。

しかし、経営上は別の問題が見えてきます。

重要な業務が一人の責任者に集中し、その人が不在になると、誰も進捗状況を把握できなくなる。

これは「属人化」と呼ばれる状態です。

  • 採用予定者に何を説明したのか
  • 社宅の改修はどこまで進んでいるのか
  • 誰が入居予定なのか
  • 許認可の申請は終わっているのか
  • 行政機関から何を指摘されたのか

これらが担当者の頭の中や個人のメールにしか残っていなければ、その人が倒れた瞬間に仕事が止まります。

そして、問題が表面化したときには、経営者でさえ正確な説明ができません。

採用炎上は、採用担当者だけの問題ではありません。

社宅は総務、労働条件は人事、配属は現場、許認可は製造部門、公式発表は広報というように分かれていても、応募者や社会から見れば、すべて「ひとつの会社」の対応です。

社内の分業が、そのまま情報の分断になってはいけません。

炎上したとき、説明文がさらに会社を燃やす

問題が起きた直後の公式発表では、正確さと分かりやすさが求められます。

ところが、社内で事実関係が整理されていないと、

  • 自社に都合のよい説明が多い
  • 誰に対して謝罪しているのか分からない
  • 問題の核心に答えていない
  • 数字や経緯が分かりにくい
  • 担当者個人の事情が前面に出る
  • 被害や不利益を受けた人への配慮が見えない

と受け取られ、発表そのものが再炎上の原因になります。

炎上対応で大切なのは、最初から完璧な文章を書くことではありません。

まず、

  1. 確認できた事実
  2. 現時点で確認できていないこと
  3. 会社として認める問題
  4. 被害や不利益を受けた人への対応
  5. 今後の調査と再発防止

を分けることです。

「当社は悪くない」と証明しようとするほど、世間との感覚のずれが広がることがあります。

危機管理広報では、自己弁護よりも先に、不利益を受けた人が何に困っているのかを考えなければなりません。

コンプライアンスは「法律を守れ」と叫ぶことではない

コンプライアンスという言葉を聞くと、法令集や難しい社内規程を思い浮かべる経営者も多いでしょう。

しかし、本当に必要なのは、分厚いマニュアルではありません。

  • 求人票と労働条件通知書を照合する
  • 採用条件を変更したら本人へ伝える
  • 社宅は入居前に現況を見せる
  • 設備を動かす前に許認可担当者へ確認する
  • 重要業務には代行者を決める
  • 経営者に悪い情報も届く仕組みをつくる
  • 公式発表前に、労務・法務・広報の視点で確認する

こうした当たり前の確認を、担当者任せにせず、会社の仕組みにすることです。

「うちの社員は分かっている」

「今まで問題になったことはない」

「小さな会社だから、何かあればすぐ分かる」

この油断が、最も危険です。

小さな会社ほど、一人の担当者に仕事が集中します。

そして、問題が起きたときには、採用辞退だけでなく、社員の退職、行政調査、取引先からの信用低下、SNS炎上へ一気に広がる可能性があります。

会社の信用は、長い時間をかけて築くものです。

しかし、失うときは一瞬です。

「聞いていない」が会社を燃やす前に

今回の事例から学ぶべきことは、特定企業の社宅が古かったという話ではありません。

本当に怖いのは、

  • 応募者が「聞いていない」
  • 採用担当者が「変更を聞いていない」
  • 総務が「入居日を聞いていない」
  • 現場が「申請が必要だと聞いていない」
  • 経営者が「問題が起きていると聞いていない」

という状態です。

ひとつひとつは小さな連絡不足でも、それが同時に重なれば、会社全体の信用問題になります。

そこで今回、採用条件、社宅・寮、労務管理、許認可、危機管理を横断して確認できる診断シートを作成しました。

【無料プレゼント】「聞いていない」が会社を燃やす――採用・社宅・労務・許認可50項目診断

この診断では、次の5分野を合計50項目で確認できます。

  • 採用条件・求人表示
  • 社宅・寮・生活管理
  • 労務管理・職場環境
  • 許認可・品質・安全
  • 危機管理・情報発信

回答すると、総合リスクだけでなく、分野別のリスクと優先的に改善すべき項目が自動で表示されます。

また、担当者、改善期限、対応状況を記録できるため、診断して終わりではなく、その後の改善管理にも利用できます。

ただし、この診断は法令違反を確定するものではありません。

「できていない」「分からない」と判定された項目については、社会保険労務士、行政書士、弁護士、建築士、所管行政機関など、内容に応じた専門家へ確認してください。

無料診断シートをご希望の方は、こちらからお申し込みください。

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炎上を防ぐために必要なのは、問題が起きた後の上手な謝罪文ではありません。

問題が起きる前に、社内にある「聞いていない」を見つけることです。

まずは50項目の診断から、自社の管理体制を確認してみてください。


【参考資料】

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