会社はトップ一人で99%決まる――舩井幸雄が経営者に遺した「成功の3条件」
杉山 晃浩
「この会社は、どうしてこんなに社員が明るいのだろう」
反対に、
「立派な理念を掲げているのに、なぜ社内の空気は重いのだろう」
多くの会社を見ていると、同じ業種、同じくらいの社員数、同じような地域で経営していても、会社の雰囲気や業績には大きな違いがあります。
その違いは、商品でしょうか。
資金力でしょうか。
それとも、優秀な社員を採用できたかどうかでしょうか。
もちろん、それらも無関係ではありません。しかし、会社に最も大きな影響を与えているのは、やはり経営者自身ではないかと思います。
かつて「経営指導の神様」と呼ばれた経営コンサルタント、舩井幸雄さんは、次のような考え方を遺しています。
「組織は、トップ一人で99%決まる」
社員にとっては少々気の毒な表現かもしれません。そして、経営者にとっては、なかなか耳の痛い言葉です。
しかし、長く経営に携わっている方ほど、この言葉の重さが分かるのではないでしょうか。
「経営指導の神様」と呼ばれた舩井幸雄さん
若い経営者の中には、舩井幸雄さんの名前をあまり知らない方もいらっしゃるかもしれません。
舩井幸雄さんは1933年に大阪府で生まれ、京都大学農学部農林経済学科を卒業しました。その後、経営コンサルタントとして経験を積み、1970年に株式会社日本マーケティングセンターを設立します。
この会社が、後の株式会社船井総合研究所です。
1988年には、経営コンサルティング会社として世界で初めて株式上場を果たしました。
舩井さんは数多くの企業経営者に助言を行いながら、自らも会社を成長させました。経営の現場と経営コンサルティングの両方を知る人物として、カリスマ的な支持を集めたのです。
その一方で、舩井さんの関心は、売上アップや利益改善だけにとどまりませんでした。
「人は、どうすれば上手に生きられるのか」
「伸びる会社と衰退する会社の違いは何か」
「運のよい人には、どのような共通点があるのか」
「人間は、自然とどのように向き合うべきなのか」
こうした根本的な問題を、生涯にわたって探究し続けました。
著書は約400冊を超えるとされ、経営、人生、ツキ、自然、社会のあり方など、非常に幅広いテーマについて発信しています。
単に会社を儲けさせるだけの経営コンサルタントではなかったからこそ、今もなお、その言葉が多くの経営者に読み継がれているのでしょう。
成功する人の3つの共通点
舩井幸雄さんは、長年にわたって数多くの経営者や企業のトップと接してきました。
成功する人もいれば、思うように成果を出せない人もいます。一時的に成功しても、その後、周囲から人が離れていく人もいます。
そうした人たちを見続けた末に、舩井さんがたどり着いた「成功の3条件」があります。
それが、次の3つです。
1.素直
2.プラス発想
3.勉強好き
一見すると、驚くほど普通に見えます。
難解な経営理論でもなければ、特別な能力でもありません。しかし、この3つを本当に実践できている経営者は、意外に少ないのではないでしょうか。
「素直」とは、何でも言うことを聞くことではない
経営者は、毎日のように判断を求められます。
部下、取引先、金融機関、専門家など、周囲からさまざまな意見が寄せられます。
そのようなとき、自分と異なる意見を最初から退けてしまう経営者がいます。
「うちの業界では通用しない」
「昔、それをやって失敗した」
「会社のことは、自分が一番よく分かっている」
このような言葉が増えてきたら、少し注意が必要です。
ここでいう「素直」とは、相手の言うことを何でもそのまま受け入れることではありません。
自分とは違う考え方にも、いったん耳を傾けること。事実を事実として受け止めること。そして、自分が間違っていたと気づいたときに、考えや行動を修正できることです。
会社が成長すると、経営者に対して率直な意見を言ってくれる人は減っていきます。
社員は社長の機嫌を気にします。取引先は関係が悪くなることを恐れます。幹部も、何度言っても聞いてもらえなければ、やがて何も言わなくなります。
経営者が素直さを失った瞬間から、会社には都合のよい情報しか上がってこなくなるのです。
素直さは性格の問題ではありません。
会社を正しい方向へ進めるために、経営者に必要な能力の一つなのだと思います。
プラス発想は「悪いことを無視する姿勢」ではない
経営をしていれば、思いどおりにならないことが起こります。
期待していた社員が退職する。大切な取引がなくなる。採用しても応募が来ない。資金繰りが苦しくなる。信頼していた人との関係が崩れる。
そのような出来事を、ただ悲観的に受け止めるのか。それとも、今後の経営を見直す材料として受け止めるのか。
この違いは、その後の行動に大きく影響します。
プラス発想とは、問題を見ないふりをすることではありません。
「大丈夫、大丈夫」と根拠なく楽観することでもありません。
厳しい現実を正面から受け止めたうえで、
「ここから何を学べるだろう」
「今、見直すべきことは何だろう」
「この出来事を、今後にどう生かそう」
と考えることです。
退職者が出たのであれば、本人だけに原因を求めるのではなく、職場環境や上司の関わり方に問題がなかったかを振り返る。
採用できないのであれば、若者がいないと嘆くだけでなく、自社の魅力が求職者に伝わっているかを確認する。
業績が落ちたのであれば、景気や地域のせいにする前に、顧客が求めるものと自社の商品がずれていないかを見直す。
起きた事実は変えられません。しかし、その事実にどのような意味を持たせ、次にどう動くかは、経営者が決められます。
これが、経営におけるプラス発想ではないでしょうか。
勉強好きな経営者は、変化に気づくのが早い
成功の3条件の最後は「勉強好き」です。
ここでいう勉強は、学校の試験で高い点数を取るための勉強ではありません。
世の中の変化を知ること。人の話を聞くこと。本を読むこと。実際に現場へ足を運ぶこと。そして、失敗から学ぶことです。
経営環境は、ものすごい速さで変化しています。
人手不足、物価上昇、賃金の引上げ、社会保険料の負担、デジタル化、生成AI、価値観の多様化など、中小企業を取り巻く環境は数年前とは大きく違っています。
昔の成功体験だけで、これからの会社を経営することはできません。
ところが、会社の中で最も勉強していないのが経営者、というケースもあります。
社員には研修を受けるよう指示するのに、自分は学ばない。
社員には変化を求めるのに、自分はこれまでの方法を変えない。
これでは、社員も本気で変わろうとは思いません。
トップが楽しそうに学び、新しいことを試し、間違えたら修正する。その姿を見て、社員も「この会社は前に進んでいる」と感じます。
勉強好きであることは、知識を増やすためだけではありません。会社が変化に対応し続けるための、経営者の基本姿勢なのです。
なぜ、組織はトップ一人で99%決まるのか
会社の中で起きている問題を、すべて経営者一人の責任にすることはできません。
社員本人に原因があることもあります。偶発的な事故もあれば、経営者の努力だけでは解決できない社会的な問題もあります。
それでも、会社の方向を決めるのは経営者です。
誰を採用するのか。
誰を管理職にするのか。
何を評価するのか。
どのような行動を許し、どのような行動を許さないのか。
利益を何に使うのか。
社員の声に耳を傾けるのか。
問題が起きたとき、誰かを責めるのか、それとも仕組みを改善するのか。
こうした日々の判断が積み重なり、会社の文化になります。
例えば、社長が数字だけを見ていれば、社員も数字だけを見るようになります。
社長がお客様との約束を大切にすれば、社員も約束を大切にするようになります。
社長が陰で社員の悪口を言えば、社内でも互いの悪口が増えていきます。
反対に、社長が「ありがとう」を口にする会社では、感謝の言葉が社内に広がります。
経営者が朝令暮改を繰り返せば、社員は社長の発言を本気で受け止めなくなります。
つまり、経営者が意識しているかどうかにかかわらず、社員はトップの姿勢をよく見ているのです。
「組織はトップ一人で99%決まる」という言葉は、社員を軽視する言葉ではありません。
トップには、それほど大きな影響力と責任があるという警告だと私は受け止めています。
苦手の克服より、長所を伸ばす「長所進展法」
舩井幸雄さんの代表的な考え方の一つに「長所進展法」があります。
人にも会社にも、長所と短所があります。
一般的には、悪いところを見つけて直そうとします。しかし、短所ばかりに注目すると、本人も組織も次第に自信を失います。
一方、すでに持っている長所や得意なことを見つけ、それをさらに伸ばすと、成果が出やすくなります。成果が出れば自信が生まれ、ほかの問題にも取り組めるようになります。
これが、長所進展法の基本的な考え方です。
中小企業は、人材、資金、知名度などで大企業に及ばないことがあります。
そのため、大企業にないものばかり数え始めると、勝ち目がないように感じてしまいます。
しかし、地域で長く積み重ねてきた信用、社長とお客様との距離の近さ、判断の速さ、社員の技術、細かな要望への対応力など、その会社だからこそ持っている長所が必ずあります。
大切なのは、自社にないものを嘆くことではありません。
自社にすでにある「よいところ」「得意なこと」「上手にできること」を見つけ、磨き、分かりやすく世の中へ伝えることです。
採用でも同じです。
給与や休日数だけで大企業と競争すれば、中小企業は不利になるかもしれません。
しかし、経営者との距離、仕事の手応え、地域への貢献、社員同士の関係、若いうちから任せてもらえる環境など、その会社独自の魅力はあります。
自社の短所を隠して、よく見せる必要はありません。
長所を見つけ、それを伸ばし、会社の個性として伝える。これは現在の中小企業経営にも十分通用する考え方です。
『法則』は、経営手法より先に「経営者のあり方」を問う本
舩井幸雄さんの考え方に初めて触れる方に、ぜひ読んでいただきたいのが『法則』です。
この本には、舩井さんが50年以上にわたり、人間のあり方や世の中の仕組みを探究してきた中でたどり着いたメッセージがまとめられています。
扱われているのは、「生き方」「ツキ」「経営」「天地自然」という4つのテーマです。
今回紹介した、
- 成功の3条件は「素直・プラス発想・勉強好き」
- 組織はトップ一人で99%決まる
- 自分や会社のよいところを伸ばす長所進展法
といった考え方も、単なる売上アップのテクニックではありません。
経営者自身が、どのような考え方で生き、どのような姿勢で会社や社員と向き合うのかを問いかけています。
経営の具体的な手法は、時代とともに変わります。
かつて効果のあった広告が通用しなくなり、採用方法も人材育成のあり方も変わっていきます。
しかし、素直に学ぶこと、物事を前向きに受け止めること、自分や相手の長所を見つけることなど、人の根本に関わる原則は、時代が変わっても大きくは変わりません。
経営の本であると同時に、これからの生き方を考える本としても読める一冊です。
本を読んだ後は、舩井幸雄記念館へ
私は先日、静岡県熱海市にある舩井幸雄記念館「桐の家」を訪問しました。
ここは、舩井幸雄さんが晩年を過ごした住居です。
館内には、舩井さんの愛用品や原稿、著書、愛読書、講演に関する資料、数多くの色紙などが展示されています。
しかし、記念館の価値は、展示物の数だけではありません。
実際に舩井さんが過ごした部屋を見て、庭を歩き、周囲の自然を感じると、一人の経営コンサルタントが何を考え、何を大切にしながら生きたのかが、少し身近に感じられます。
舩井幸雄さんの考え方に、すべて同意する必要はありません。
本を読み、記念館を訪れたうえで、
「自分はどう考えるのか」
「自分はどのような経営者になりたいのか」
「自分の会社を、これからどのような会社にしたいのか」
と考えること自体に、大きな意味があるのだと思います。
熱海と聞くと、温泉や海を思い浮かべる方が多いでしょう。
しかし、経営者の方には、観光だけで帰らず、少し足を延ばして舩井幸雄記念館を訪ねていただきたいと思います。
そこは、成功した経営コンサルタントの業績を並べただけの場所ではありません。
一人の人間が生涯をかけて、「人はどう生きるべきか」「会社は何のために存在するのか」を考え続けた、その足跡に触れられる場所です。
本を読んでから訪れると、展示されている言葉や愛用品の見え方も変わってくるはずです。
そして、記念館を訪れた後にもう一度本を開けば、それまで読み過ごしていた言葉が、違う重みを持って感じられるかもしれません。
経営に迷っている方。
会社の進む方向を改めて考えたい方。
そして、自分自身の生き方を一度立ち止まって見つめたい方。
ぜひ一度、舩井幸雄さんの言葉と、舩井幸雄記念館に触れてみてください。
所在地:静岡県熱海市西山町19-32
開館日:木・金・土・日・月曜日
開館時間:10時~16時(最終入館15時30分)
※開館日や交通案内などの最新情報は、ご来館前に公式サイトでご確認ください。