社労士広告規制は言論統制か?──中立性と自由のせめぎ合いと業界の未来

杉山 晃浩

2025年6月に施行された社労士法改正では、社会保険労務士の使命として「事業の健全な発展と労働者の福祉向上に資する」ことが明記されました。さらに労務監査の業務範囲も法文上で明確化され、社労士の役割は従来以上に社会的重みを増しています。

一方で、全国社会保険労務士会連合会(以下、連合会)は、会員による「不適切広告」の徹底是正に動き出しました。日経新聞によると、すでに1034件の指摘があり、797件を削除・修正させたといいます。

「100%経営者の味方です」「社会保険料を合法的に下げる方法はこちら」といった過激に見える広告が対象ですが、この動きには賛否両論があります。
「業界の信頼維持のために当然だ」と支持する声もあれば、「表現の自由を奪う言論統制だ」と批判する声もあるのです。

本記事では、この問題を「理念と現実のギャップ」「政治的背景」「表現の自由と規制の線引き」という3つの視点から整理してみたいと思います。


1. 理念と現実のギャップ──“中立性”は理想か幻想か

社会保険労務士は、法律上「労使双方にとって公正な立場で労務管理を支援する専門家」とされています。今回の法改正でも、中立的な使命が改めて強調されました。

しかし、現実の開業社労士の多くは企業との顧問契約で生計を立てています。実務の現場では、労働者よりも経営者側に寄った助言をする場面が圧倒的に多いのです。

たとえば、労使紛争が起きた場合に「労働者と会社の双方に中立で助言する」ことは、理論上は可能でも、顧問契約を結んでいる会社の信頼を裏切らずに実現するのは困難です。
結局、「完全な中立性」は理想論に近く、実務上は経営者寄りにならざるを得ないのが現実といえます。

それにもかかわらず、広告において「経営者の味方」という表現まで否定されると、現場での実情とのギャップが浮き彫りになります。つまり、理念と現実の乖離が「不適切広告」問題の根底にあるのです。


2. 政治的背景──勘ぐりたくなる構図

今回の動きに「政府と社労士会が組んで発言を統制しているのでは?」と勘繰りたくなる人がいるのも事実です。なぜなら、次のような政治的な力学が背景にあるからです。

  • 労働組合のプレッシャー
     連合などの労働組合は、以前から「社労士は企業寄りだ」と批判してきました。その不信感を払拭するために「中立性の強調」が政治的に利用されている可能性があります。

  • 政府与党の思惑
     政府与党は「働き方改革」「人手不足対策」「労働市場改革」を進めるなかで、社労士を重要なパートナーとして位置づけています。だからこそ、社労士業界を“クリーン”に見せる必要があるのです。

  • 改正法とのバーター構造
     労務監査という新しい役割を与える代わりに、広告表現は徹底的に管理する──。そんなバーターのようにも映ります。

こうした事情を考えると、「社労士会が政府与党と組んで良からぬことを企んでいるのでは」と疑いたくなる構図があるのも確かです。
特に「モデル就業規則を否定してはいけない」「社会保険料削減を広告で謳ってはいけない」という規制は、政治家が自由に主張できる内容を士業が言えないことになり、不自然に感じられます。


3. 表現の自由と規制の線引き

「不適切広告」を排除すること自体には、多くの社労士も賛成しています。過去には「社員をうつ病にする方法」など、明らかに倫理を欠いた表現が問題になった事例もありました。これらを放置すれば業界全体の信頼が失墜するのは明らかです。

しかし、線引きが問題です。

たとえば以下のような広告はどうでしょうか。

  • 「残業代削減に役立つ労務管理」

  • 「社会保険料の負担を軽減する仕組み」

これらは企業が真剣に関心を持つテーマであり、実際に社労士が専門知識を活かして助言できる分野です。
それを「広告では禁止」としてしまえば、必要な情報を発信できず、企業の経営改善機会を奪うことになりかねません。

つまり問題は、どこまでを「不適切」とするかの基準が広すぎる点 にあります。
このままでは、会員が「広告に何を書いていいかわからない」という萎縮効果を招き、業界の健全な発信力まで失われる恐れがあります。


4. 信頼と自由のバランスをどう取るか

ここまで見てきたように、広告規制の目的自体は「社労士業界の信頼維持」という正しい方向性に基づいています。
しかし、実務と理念のギャップや、政治的背景、不透明な線引きが重なることで「言論統制ではないか」と疑念を生んでいるのです。

求められるのは次の3点です。

  1. 倫理に反する広告は排除する
     労働者を傷つけたり、社会的信頼を害する表現は許されません。

  2. 実務上必要な発信は妨げない
     企業が必要とする労務改善やコスト削減の助言は、適切に伝えられるようにするべきです。

  3. 透明性ある基準を示す
     何が不適切なのかを会員に明確に示し、納得感のある運用を行うことが不可欠です。

このバランスを取ることこそ、社労士業界の将来にとって重要な課題になるでしょう。


おわりに

社労士会の不適切広告是正は、単なる“陰謀”ではなく、むしろ「過剰に模範的であろうとする姿勢」の現れともいえます。
しかし、現場の社労士や企業経営者から見れば「なぜそんな表現までダメなのか?」と感じる部分があり、それが「言論統制では?」という疑念を生んでいるのです。

社労士が社会的信頼を守りながら、実務の現実と自由な発言をどう両立させるのか──。
それは今後、業界全体が避けて通れないテーマであり、経営者や労働者にとっても決して無関係ではありません。

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