クレーム、ハラスメント、離職…全部“先送り癖”が原因?オストリッチ効果の恐怖
杉山 晃浩
第1章 なぜ“先送り癖”は組織を壊すのか──オストリッチ効果とは?
経営やマネジメントの現場では、「見て見ぬふり」が静かに組織をむしばんでいくことがあります。
その背景にある心理を「オストリッチ効果」と言います。
砂漠で危険に遭遇したダチョウが“頭を砂に突っ込んで見えないふりをする”という逸話から名付けられたものですが、要は、
「不都合な情報ほど直視したくない」
という、人間に備わった心理バイアスです。
このバイアスが組織で発生すると、次のような現象に発展します。
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トラブルを放置する
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問題社員に向き合わない
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小さなハラスメントを“冗談”で片づける
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現場の不満を軽視する
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クレームを後回しにする
つまり、問題そのものよりも “向き合わない習慣” が最大のリスクなのです。
経営者自身が気づかないまま、オストリッチ効果が組織文化に浸透してしまうと、クレーム、ハラスメント、離職といった重大な問題に直結します。
第2章 現場で多発する“隠れオストリッチ”の典型例5選
中小企業や介護事業所でよく見られる“あるある”を5つ紹介します。どれか心当たりはありませんか?
① クレームの増加を「そのうち落ち着く」と先延ばし
小さなクレームは重大事故の手前です。しかし多忙な現場では、
「また明日」「時間が取れたら」
と、対応が後回しになりがちです。
② 問題社員に向き合えない管理職
注意すべき場面でも
「嫌われたくない」
「揉めるのが嫌」
という感情が勝ち、注意が遅れ、周囲の不満が膨らんでいきます。
③ 小さなハラスメントを“軽口”扱いする
本人は冗談のつもりでも、被害者が苦痛を訴えた時点でハラスメントです。
初期対応が遅れるほど会社のリスクは高まります。
④ 退職予兆を「突然辞めた」と錯覚する
実際にはシグナルが出ていたのに、誰も気づかなかった(いや、気づかないふりをした)だけ、というケースが多いものです。
⑤ 現場のSOSを「そのうち落ち着く」と思考停止
人手不足の職場ほど、相談のハードルが高くなり、火種が放置されてしまいます。
これらは全て、オストリッチ効果が影響しています。
本質的には “問題から目を背けている” のです。
第3章 クレーム・ハラスメント・離職が “連鎖爆発” する理由
先送り癖の本当の恐さは、「問題が勝手に大きくなる」ことではありません。
“対応の遅れが組織の信頼を奪う” 点にあります。
◼ 小さな火種が大火事になるメカニズム
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クレーム初期対応の遅れ → 信頼低下
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ハラスメント初期対応の遅れ → 被害者が外部に相談
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退職予兆の放置 → “静かな退職(サイレントクイット)”の増加
職場では「何も起きていない」ようでも、裏側では確実に悪化しています。
◼ 従業員が抱きやすい“負の学習”
先送りが続くと、社員は次のように考えます。
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「どうせ言っても無駄」
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「会社は動いてくれない」
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「もう辞めたほうが早い」
人は、改善しない職場には残りません。
離職は突然ではなく、積み重ねの結果 です。
第4章 “経営者のオストリッチ化”が最も危険な理由
多くの組織は現場だけでなく、トップもまたオストリッチ効果に陥ります。
◼ 経営者が避けがちな3大テーマ
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人間関係(従業員間の対立)
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評価・処遇(不満の温床)
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トラブル対応(ハラスメント・退職トラブル)
どれも判断が難しく、後回しにされやすいテーマばかりです。
しかし経営者が問題に向き合わない姿勢は、
組織全体に「見ない文化」を広げる
という重大な副作用があります。
トップが見ないと、管理職は必ず“マネ”をします。
結果、組織はゆっくりと崩れていきます。
第5章 なぜ人は問題に向き合えないのか?先送りの構造を解剖する
オストリッチ効果を断ち切るには、“心理構造”の理解が欠かせません。
◼ 経済的損失より精神的ストレスを避ける
人間は、
「嫌な思い」>「損失」
という構図で動きます。
注意することはストレスです。
だから避けたくなる。
◼ 責任回避の心理
管理職ほど、問題に向き合った結果の
「責任」が怖くなります。
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言いにくい
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うまく言える自信がない
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誰も助けてくれない
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結果が怖い
これらが、後回しにつながるのです。
◼ 介護現場で特に起きやすい理由
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クレームが感情的・複雑
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利用者家族との関係がストレス
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多忙で相談時間が取れない
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“優しさゆえの放置”が起こりやすい
心理的負荷が大きい現場ほど、オストリッチ効果は強く働きます。
第6章 オストリッチ効果を断ち切る──経営者がすぐに実践できる3つの処方箋
放置文化を断つには「仕組み化」が有効です。
① 小さな問題を“見える化”する仕組みをつくる
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クレームログ
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ヒヤリハット
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相談記録
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小さなトラブルのメモ化
記録する=“逃げられない状態をつくる”
という効果があります。
外部相談窓口(特にハラスメント対応)も有効です。
② 初期対応の“黄金の48時間ルール”
トラブルは48時間を境に性質が変わります。
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初期:誤解・不満レベル
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中期:対立・炎上リスク
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後期:離職・訴訟リスク
「48時間以内に必ず対応する」という基準だけで、組織のトラブルは激減します。
③ 管理職教育に“問題回避スキル”を組み込む
管理職が苦手なのは
怒ることではなく、伝えること
です。
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指摘の方法
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事実の伝え方
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相談の受け方
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初動判断の基準
これらは訓練で身につきます。
評価制度に「問題対応能力」を組み込むとさらに効果的です。
第7章 “見ない文化”から“相談できる文化”への転換方法
組織の空気を変えるには、仕組み+習慣が必要です。
◼ 組織の空気を変える5つのアプローチ
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共通言語化(“48時間ルール”など)
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仕組み化(相談ルートの明確化)
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権限移譲(管理職に判断権限を渡す)
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定期対話(1on1、ショート面談)
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外部相談窓口の活用(公平性を担保)
小さく始めるほど成功します。
第8章 まとめ──向き合う勇気が組織の未来を変える
オストリッチ効果とは、
問題から目を背けることで“問題を見えないものにしたつもりになる”心理
です。
しかし実際には、見なかったことで問題は加速度的に悪化し、
クレーム、ハラスメント、離職という形で跳ね返ってきます。
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見ない勇気ではなく、向き合う勇気
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放置ではなく、初動
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感覚ではなく、仕組み
これが、トラブルゼロの組織づくりの第一歩です。
経営者が動けば、組織は必ず変わります。
そして、先送り癖を断ち切る最初の一歩こそが、会社の未来を守る最強のリスクマネジメントと言えるでしょう。