制服に着替える時間も残業代が必要?経営者が知っておきたい「着替え時間」の境界線

杉山 晃浩

「制服に着替えるのは、仕事が始まる前の準備ですよね?」

経営者の方と労働時間の話をしていると、こう聞かれることがあります。

たしかに、社員が自宅で私服からスーツに着替えて出勤する時間まで労働時間になるわけではありません。

では、会社から制服の着用を義務づけられ、会社の更衣室で着替えなければ仕事ができない場合はどうでしょうか。

工場で安全靴やヘルメット、防護服を着用する場合は?

病院や介護施設で白衣やユニフォームに着替える場合は?

飲食店で制服に着替え、帽子をかぶり、身だしなみを整えてから厨房に入る場合は?

実は、「着替え時間は労働時間か?」という問いに対して、すべての会社に共通する単純な答えはありません。

大切なのは、

誰のための着替えなのか。
会社がどこまで義務づけているのか。
どこで着替える必要があるのか。
その着替えが仕事をするために必要不可欠なのか。

という「実態」です。

今回は、中小企業の経営者や人事担当者が意外と見落としやすい「着替え時間」について考えてみたいと思います。


「制服を着る=必ず労働時間」ではありません

まず最初に整理しておきたいことがあります。

「会社の制服に着替えている時間は、すべて労働時間になる」

というわけではありません。

逆に、

「着替えは仕事を始める前のことだから、すべて労働時間ではない」

という考え方も危険です。

労働時間かどうかを判断するときの基本は、その時間に社員が会社の指揮命令下に置かれているかどうかです。

厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」でも、労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、明示または黙示の指示によって業務に従事する時間は労働時間に当たるとされています。

そして、このガイドラインでは具体例の一つとして、会社の指示によって行う「業務に必要な準備行為」が挙げられています。

その代表例が、

着用を義務づけられた所定の服装への着替え

です。

つまりポイントは、「着替えたかどうか」だけではありません。

その着替えを会社がどの程度求めているのかを見る必要があるのです。


こんなケースなら「労働時間」の可能性が高くなる

たとえば、ある工場で考えてみましょう。

会社は社員に対して、作業服、安全靴、ヘルメットの着用を義務づけています。

さらに、

「作業服は会社の更衣室で着替えること」

「安全靴とヘルメットを装着してから工場内に入ること」

と決めています。

社員は8時始業です。

しかし、8時に工場の作業場所へ入るためには、7時50分頃に会社へ着き、更衣室で着替え、安全靴とヘルメットを装着し、作業場所まで移動しなければなりません。

会社側は、

「仕事は8時からなので、7時50分から8時までは本人の準備時間です」

と考えているかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか。

社員は好きで作業服に着替えているわけではありません。

好きで安全靴を履いているわけでもありません。

会社の仕事を安全に行うために必要だから着用しています。

しかも、会社が着用だけでなく、着替える場所まで指定している。

このような場合は、その着替えや装備に必要な時間が労働時間と判断される可能性が高くなります。

ここで重要なのは、

「始業時刻より前だから労働時間ではない」ではなく、「その行為が会社の指揮命令下にあるか」

という視点です。


着替え時間を考えるうえで重要な最高裁判例

着替え時間を考えるときに、非常に重要な裁判例があります。

いわゆる三菱重工長崎造船所事件です。

最高裁判所第一小法廷が平成12年3月9日に判決を出しており、裁判所の裁判例検索でも「三菱重工長崎造船所賃金カット」として確認できます。

この裁判例は、労働時間について、

労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間かどうか

を客観的に判断するという考え方を示した重要な判例として知られています。

つまり、会社が就業規則に、

「勤務時間は8時から17時まで」

と書いているから、それ以外は絶対に労働時間ではない、ということにはなりません。

実際に会社が社員へ何を求めているか。

仕事を始めるためにどのような準備が必要か。

その準備をどこで行う必要があるか。

そこまで見て判断する必要があります。

この考え方は、2026年7月現在も労働時間を考えるうえで基本となっています。


自宅から制服を着て出勤できる会社ならどうなる?

では、少し条件を変えてみましょう。

会社は制服の着用を義務づけています。

ただし、

「自宅から制服を着て出勤してもよい」

「会社で着替えてもよい」

「どちらでも本人の自由」

という会社です。

この場合、会社内で着替えることを求めているわけではありません。

社員が自分の判断で、

「制服で電車に乗るのは嫌だから、会社で着替えよう」

と選んでいるのであれば、その着替え時間が当然に労働時間になるとは限りません。

ここが難しいところです。

「制服だから労働時間」

「会社で着替えたから労働時間」

という単純な判断ではありません。

会社がどこまで指示しているのか。

社員に選択の自由があるのか。

その服装で通勤することが現実的なのか。

業務上、会社内で着替える必要があるのか。

こうした事情を総合的に見る必要があります。

ですから経営者は、

「うちは制服があります」

だけで判断するのではなく、

実際の着替えルールがどうなっているか

を確認する必要があります。


「8時までに着替えて持ち場についてください」は要注意

中小企業でよくあるのが、こんなルールです。

就業時間は8時から17時。

社員には、

「8時になったらすぐ仕事を始められるようにしてください」

と伝えている。

そのため社員は7時50分に出勤。

制服に着替える。

安全靴を履く。

必要な道具を準備する。

そして8時には作業場所に立っている。

会社としては、

「8時から17時までしか働かせていない」

という認識かもしれません。

しかし、8時ちょうどから仕事を始めるために、会社が指定した制服や装備への着替えが不可欠なのであれば、その前の時間について確認が必要です。

特に、

「始業時刻には着替えを終えて持ち場にいること」

を会社が明確に求めている場合は注意した方がよいでしょう。

「8時始業」という言葉が、

「8時に出勤すればよい」

のか、

「8時には完全に仕事ができる状態にしておけ」

なのか。

この違いは小さいようで、実務上は大きな違いです。


タイムカードを「着替えた後」に押していませんか?

ここでもう一つ、経営者の方に確認していただきたいことがあります。

タイムカードや勤怠システムを、いつ打刻していますか。

たとえば、

会社に到着

更衣室で制服に着替える

安全靴を履く

タイムカードを押す

仕事開始

という流れになっていないでしょうか。

もし着替え時間が労働時間に当たるのであれば、勤怠記録にはその時間が残りません。

毎日10分程度だったとしても、それが積み重なると大きな時間になります。

1日10分。

月20日勤務なら約3時間20分。

社員が20人いれば、会社全体では月60時間を超えます。

年間で考えれば、さらに大きな数字です。

ここで問題なのは、

「タイムカードがあるから大丈夫」

と思い込んでしまうことです。

厚生労働省は、使用者には社員の日ごとの始業・終業時刻を確認・記録する責務があり、原則として使用者による現認や、タイムカード、ICカード、パソコン使用時間などの客観的記録を基礎として把握することを求めています。

タイムカードが存在することが大切なのではありません。

タイムカードが実際の労働時間を正しく表しているか

が重要なのです。


終業後の「着替え」も忘れてはいけません

着替え時間というと、多くの経営者は朝のことだけを考えます。

しかし、帰りも同じです。

17時終業。

17時にタイムカードを打刻。

その後、

作業場所から更衣室へ戻る。

防護具を外す。

安全靴を脱ぐ。

作業服から私服に着替える。

場合によっては、使用した保護具を所定の場所に片付ける。

こうした行為があるかもしれません。

業務上必要な装備の着脱や後始末については、朝だけではなく終業後についても実態を確認する必要があります。

厚生労働省のガイドラインでも、業務終了後に会社の指示によって行う清掃など、業務に関連した後始末の時間も労働時間となる例として示されています。

ですから、

「退勤ボタンを押したから仕事は終わり」

ではありません。

社員が本当に会社の仕事から離れられたのは何時なのか。

ここを確認する必要があります。


工場だけの話ではありません

この問題は、製造業だけではありません。

病院やクリニック。

介護施設。

飲食店。

ホテル。

小売店。

食品工場。

建設現場。

運送会社。

さまざまな職場に関係します。

たとえば医療・介護の現場では、白衣やユニフォームへの着替えがあります。

飲食店では、制服、帽子、エプロンなどの着用があります。

建設業では、作業服、安全靴、ヘルメット、安全帯などがあります。

食品を扱う会社では、衛生上の理由から専用の作業着への着替えや消毒などを求めるケースもあるでしょう。

業種によって事情は違います。

だからこそ、

「着替えは何分なら労働時間になる」

という一律の基準では考えられません。

業務上の必要性と会社の指示、そして現場の実態を見ることが大切です。


「着替え時間は一律5分」で処理すればいい?

では、会社として着替え時間を労働時間として扱う場合、

「毎日一律5分」

と決めてしまえばよいのでしょうか。

私は、この方法にも注意が必要だと思います。

社員によって着替えに必要な時間は違います。

職種によって装備も違います。

作業服だけの社員と、防護服や複数の保護具を装着する社員では、当然時間も違います。

会社が一律5分としているのに、実際には多くの社員が10分かかっているのであれば、実態とのズレが生じます。

大切なのは、まず現場を見ることです。

実際に何分かかっているのか。

どの社員が何を着用しているのか。

どの時点でタイムカードを押しているのか。

更衣室から作業場所まで何分かかるのか。

一度測ってみるだけでも、会社が思っていた状況と違うことに気づくかもしれません。


「着替え時間」を見直すことは、残業代を増やすためではない

ここまで読むと、

「また会社の負担が増える話か」

と思われる経営者もいるかもしれません。

しかし、私はそうは考えていません。

着替え時間を見直す目的は、単に残業代を増やすことではありません。

たとえば、着替えに10分必要なら、

始業時刻の考え方を変える。

タイムカードの位置を変える。

着替える前に打刻する。

更衣室の場所を見直す。

制服の運用を変える。

業務開始前の無駄な待ち時間をなくす。

さまざまな改善方法があります。

大切なのは、

会社のルールと現場の実態を一致させること

です。

「昔からこうしている」

という理由だけで運用を続けるのではなく、今の働き方に合っているかを確認する。

それが労務管理の第一歩です。


あなたの会社の「着替え時間」は大丈夫ですか?

ここまで読んで、

「うちの制服の運用はどうなんだろう?」

「タイムカードを押すタイミングを確認した方がいいかもしれない」

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本当に確認すべきなのは「何分か」ではなく「なぜ必要なのか」

着替え時間の問題になると、

「何分なら労働時間になるのですか?」

と聞かれることがあります。

しかし、本質はそこではありません。

1分なら問題ない。

5分なら労働時間。

10分なら残業。

そのような線引きではありません。

見るべきなのは、

なぜ、その着替えが必要なのか。

会社が求めているのか。

仕事をするために不可欠なのか。

会社内で着替える必要があるのか。

社員に自由な選択肢があるのか。

この実態です。

経営者が知らないうちに、毎日社員が10分早く来ている。

知らないうちに、退勤打刻後に着替えている。

その状態を何年も続けることの方が、私は大きなリスクだと思います。

一度、社員が出勤してから仕事を始めるまでの流れを見てみてください。

そして、仕事が終わってから会社を出るまでの流れも見てみてください。

そこには、就業規則や勤怠システムだけでは見えない「時間」があるかもしれません。

あなたの会社では、社員が制服に着替えているその時間。

本当に、会社とは関係のない時間でしょうか。

一度、現場の実態から確認してみることをおすすめします。

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