「今日は10時間勤務だから残業なし」は本当に正しい?変形労働時間制の残業計算を経営者向けに解説
杉山 晃浩
「うちは変形労働時間制だから、今日は10時間働いても残業にはなりませんよね?」
経営者や給与計算担当者の方から、このような質問を受けることがあります。
たしかに、変形労働時間制を正しく導入し、あらかじめ「この日は10時間勤務」と定めている場合には、1日8時間を超えたからといって、すぐにその2時間すべてが法定時間外労働になるわけではありません。
しかし、ここで安心してはいけません。
では、その日に11時間働いたらどうなるのでしょうか。
1日単位では残業にならなかったとしても、1週間の合計が一定の時間を超えた場合は?
さらに、1か月や1年など、変形労働時間制の対象期間全体で法定労働時間の総枠を超えたら?
実は、変形労働時間制の残業計算は、
「1日8時間を超えたかどうか」だけを見ればよいわけではありません。
一方で、
「変形労働時間制だから、1日8時間を超えても残業代はいらない」
という考え方も間違いです。
今回は、中小企業の経営者や人事・給与計算担当者が特に間違えやすい「変形労働時間制の残業計算」について、できるだけわかりやすく整理してみたいと思います。
まずは普通の労働時間のルールから確認しましょう
労働基準法では、原則として使用者は、労働者を1日8時間、1週40時間を超えて働かせてはいけないとされています。
これを法定労働時間といいます。
この時間を超えて働かせる場合には、原則として36協定を締結・届出したうえで、時間外労働に対する割増賃金を支払う必要があります。
普通の労働時間制であれば、比較的わかりやすいでしょう。
たとえば、
9時始業
18時終業
休憩1時間
であれば、所定労働時間は8時間です。
この社員が19時まで働けば、原則として1時間の時間外労働が発生します。
ところが、変形労働時間制では、この考え方が少し変わります。
変形労働時間制は、一定期間を平均して1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲で、特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間を超えたりする勤務をあらかじめ設定できる制度です。
だからこそ、
「今日は10時間勤務だけど、すぐに2時間の残業とは限らない」
ということが起こるのです。
「10時間勤務だから残業なし」は、条件付きで正しい
たとえば、適法に変形労働時間制を導入している会社で、
月曜日 10時間
火曜日 10時間
水曜日 8時間
木曜日 8時間
金曜日 4時間
という勤務を、あらかじめ定めていたとします。
月曜日は10時間勤務です。
普通の労働時間制なら、8時間を超えた2時間が時間外労働になります。
しかし、変形労働時間制であらかじめ月曜日を10時間勤務の日として適法に特定している場合、その10時間までは、1日単位では法定時間外労働にならないことがあります。1年単位の変形労働時間制について、厚生労働省は、1日について8時間を超える所定労働時間を定めた日は、その所定労働時間を超えた部分が時間外労働になるという考え方を示しています。
つまり、
予定10時間、実際10時間
であれば、1日単位では時間外労働が発生しない場合があります。
では、
予定10時間、実際11時間
だったらどうでしょう。
この場合、あらかじめ定めた10時間を超えた1時間については、時間外労働として確認する必要があります。
ここが最初のポイントです。
変形労働時間制は、
「10時間勤務の日だから何時間働いても残業にならない制度」
ではありません。
あらかじめ何時間働く日として定めていたのか
が重要なのです。
8時間勤務予定の日に9時間働いたらどうなる?
では、別の日を考えてみましょう。
その日は、勤務表で8時間勤務と定めていました。
ところが仕事が忙しく、実際には9時間働きました。
会社側は、
「うちは変形労働時間制だから、1日8時間を超えても残業にならない」
と思っているかもしれません。
しかし、この考え方は危険です。
1年単位の変形労働時間制では、8時間を超える所定労働時間をあらかじめ定めていない日については、原則として8時間を超えた部分を時間外労働として確認する必要があります。
つまり、
予定8時間
実際9時間
であれば、
1時間について時間外労働となる可能性があります。
これを、
「変形労働時間制だから残業なし」
として処理してしまうと、未払い残業代につながる可能性があります。
変形労働時間制の残業計算は「3段階」で考える
ここからが少し難しいところです。
変形労働時間制の時間外労働を考える場合、特に1年単位の変形労働時間制では、大きく3段階で確認する考え方があります。
①1日単位
②1週間単位
③対象期間全体
です。厚生労働省も、1年単位の変形労働時間制について、この順序で時間外労働となる時間を示しています。
まず1日ごとに確認します。
次に1週間全体を確認します。
最後に対象期間全体の法定労働時間の総枠を確認します。
しかも、すでに1日単位で時間外労働として数えた時間を、週単位でもう一度数えることはしません。
同じ時間を二重に計算しないようにする必要があります。
ここが、通常の労働時間制よりも給与計算を難しくしているポイントの一つです。
1日ごとに残業がなくても、週単位で残業になることがある
たとえば、ある週の所定労働時間を40時間としていたとします。
実際の勤務を見ると、それぞれの日については、日単位で時間外労働にならない範囲に収まっていた。
ところが、1週間の実労働時間を合計すると43時間だった。
この場合、
「毎日、予定された時間の範囲内だから残業なし」
とは限りません。
1年単位の変形労働時間制では、週について40時間を超える労働時間をあらかじめ定めた週はその時間、それ以外の週は40時間を超えた部分について、日単位ですでに時間外とされた部分を除いて時間外労働として確認します。
つまり、経営者や給与担当者が、
「今日は残業なし」
「昨日も残業なし」
と1日ずつしか見ていないと、
週単位で発生している時間外労働を見落とす
可能性があるのです。
さらに「対象期間全体」でも確認が必要
さらにもう一段階あります。
変形労働時間制では、対象期間全体について法定労働時間の総枠があります。
1年単位の変形労働時間制について厚生労働省は、対象期間全体の法定労働時間の総枠を、
40時間 × 対象期間の暦日数 ÷ 7
という式で示しています。
そして、この総枠を超えた労働時間について、日単位・週単位ですでに時間外労働として計算した時間を除き、さらに時間外労働として確認する必要があります。
つまり、
1日では問題なし。
1週間でも問題なし。
だから残業はゼロ。
とは限りません。
最後に、
対象期間全体で働きすぎていないか
を確認する必要があるのです。
この仕組みを理解していないと、給与計算担当者が一生懸命計算していても、時間外労働を見落としてしまう可能性があります。
「変形労働時間制だから残業代ゼロ」という会社は要注意
私が特に危ないと思うのは、
「うちは変形労働時間制だから残業代はほとんど出ません」
と自信を持っている会社です。
もちろん、制度が正しく設計され、働き方も計画どおりで、残業が少ないのであれば問題ありません。
しかし、
勤務表では8時間なのに10時間働いている。
勤務表を後から変更している。
週単位の残業を確認していない。
対象期間全体の総枠を確認していない。
こうした状態で残業代が少ないのであれば、
「残業が少ない」
のではなく、
残業を正しく計算できていない
可能性があります。
変形労働時間制を導入したからといって、時間外労働そのものがなくなるわけではありません。制度上の基準を超えて働かせた部分については、36協定の締結・届出と割増賃金の支払いが必要です。
勤務表を後から変えていませんか?
残業計算と密接に関係するのが、勤務表です。
たとえば、
月曜日は8時間勤務。
と事前に決めていた。
ところが仕事が忙しくなったため、
「今日は10時間勤務ということに変更しよう」
と後から勤務表を書き換える。
そして、
「10時間勤務の日だから残業なし」
と処理する。
このような運用は非常に危険です。
特に1年単位の変形労働時間制では、対象期間中の労働日と各労働日の労働時間を具体的に特定することが基本です。一定の区分を設ける場合も、その区分について法令に沿って事前に勤務割を具体化する仕組みが求められています。
変形労働時間制は、
働いたあとに勤務時間を書き換えて、残業をなくす制度ではありません。
ここは非常に重要です。
勤怠システムが自動計算しているから安心?
最近は勤怠管理システムや給与計算ソフトを導入している会社も増えています。
そこでよく聞くのが、
「残業時間はシステムが自動計算しているから大丈夫です」
という言葉です。
しかし、本当にそうでしょうか。
勤怠システムは、
会社がどの変形労働時間制を採用しているのか。
どの日を何時間勤務としているのか。
どの週を何時間勤務としているのか。
対象期間がいつからいつまでなのか。
こうした設定が正しく入って、初めて正しい計算に近づきます。
制度と設定がずれていれば、
システムは間違った計算を自動で続ける
ことになります。
特に変形労働時間制では、日・週・対象期間全体という複数の視点があるため、設定内容を理解せずにシステムだけ導入するのは危険です。
システムを入れたことより、
システムが自社の就業規則や勤務カレンダーどおりに設定されているか
を確認することの方が重要です。
法定休日の勤務は、また別の話です
もう一つ混同しやすいのが休日労働です。
変形労働時間制だから、
「休日に働いても対象期間全体で調整すれば大丈夫」
と考えるのは危険です。
労働基準法では、少なくとも毎週1日または4週間を通じて4日以上の休日を与える必要があります。
そして、法定休日に労働させた場合には、時間外労働とは別に休日労働として扱われ、35%以上の割増賃金が必要になります。
変形労働時間制の残業計算と、
法定休日労働の計算。
さらに深夜労働。
これらは混同せずに整理する必要があります。
経営者が計算式を全部覚える必要はありません
ここまで読むと、
「こんな複雑な計算、社長が全部覚えないといけないのか」
と思われるかもしれません。
私は、経営者が細かい計算式をすべて暗記する必要はないと思います。
ただし、
最低限、
変形労働時間制を入れたから残業代がなくなるわけではない
1日だけを見て残業を判断してはいけない
勤務表と実際の労働時間が重要
という3点は知っておいていただきたいと思います。
そのうえで、
人事担当者。
給与計算担当者。
勤怠システム会社。
社会保険労務士。
それぞれが適切に連携することが大切です。
経営者が知らないまま、
「担当者がやっているから大丈夫」
「システムが計算しているから大丈夫」
という状態が、私は最も怖いと思っています。
あなたの会社の残業計算、本当に合っていますか?
ここまで読んで、
「うちも10時間勤務の日がある」
「週単位の残業まで確認しているかわからない」
「勤怠システムの設定は業者任せだ」
と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで今回、
【無料プレゼント】変形労働時間制「残業計算セルフチェック&簡易シミュレーター」
を作成しました。
このシートでは、
- 日単位の時間外労働
- 週単位の時間外労働
- 対象期間全体の法定労働時間の総枠
という3段階の基本的な考え方を確認できます。
さらに、
「10時間勤務予定で10時間働いた場合」
「10時間勤務予定で11時間働いた場合」
などを入力して確認できる簡易シミュレーターと、残業計算ミスを防ぐ10項目のセルフチェックも付けています。
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お申し込み後、返信メールに記載されたURLからダウンロードできます。
自社の給与計算をそのまま行うためのツールではありませんが、
「なぜ変形労働時間制の残業計算が単純ではないのか」
を理解するために活用していただければと思います。
本当に怖いのは「残業代を払っていない会社」ではありません
最後に、今回最もお伝えしたいことがあります。
私は、本当に怖いのは、
「残業代を払いたくないと思っている会社」
だけではないと思っています。
もっと怖いのは、
正しく払っているつもりなのに、計算を間違えている会社
です。
経営者は悪いことをしているつもりはない。
給与担当者も一生懸命計算している。
勤怠システムも入れている。
毎月きちんと給与を払っている。
それでも、変形労働時間制の計算方法を間違えていれば、結果として未払い賃金が積み重なっている可能性があります。
だからこそ、
「うちは変形労働時間制だから大丈夫」
ではなく、
「うちの変形労働時間制は、正しく計算できているだろうか」
と考えてみてください。
10時間勤務だから残業なし。
その判断、本当に正しいでしょうか。
日単位。
週単位。
対象期間全体。
一度、自社の勤務表と勤怠データ、そして給与計算結果を並べて確認してみることをおすすめします。