シフトを後から変更していませんか?変形労働時間制が無効になる会社の危ない勤怠管理
杉山 晃浩
「今日は8時間勤務の予定だったけど、忙しくなったから10時間勤務に変更しよう」
「日曜日は休みの予定だったけど、仕事が入ったから出勤日に変更しよう」
「変形労働時間制を導入しているから、シフトは仕事量に合わせて自由に変えられるよね」
もし、会社の中でこのような運用が日常的に行われているとしたら、一度立ち止まって確認した方がよいかもしれません。
なぜなら、変形労働時間制は、
「忙しくなったら後から勤務時間を自由に変更できる制度」
ではないからです。
特に1年単位の変形労働時間制は、会社の繁忙期と閑散期をあらかじめ予測し、労働日と労働時間を計画的に配分することを前提としています。
厚生労働省のガイドラインでも、1年単位の変形労働時間制は、労働日と各日の労働時間を前もって定めることが要件であり、会社が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような業務には適さないとされています。
つまり、
「実際に10時間働いたから、あとから10時間勤務だったことにしよう」
という考え方は非常に危険です。
今回は、中小企業で意外と起こりやすい「変形労働時間制とシフト変更」の問題について、経営者や人事担当者の方にわかりやすく解説したいと思います。
変形労働時間制は「後から帳尻を合わせる制度」ではありません
変形労働時間制の大きな特徴は、繁閑に合わせて労働時間を配分できることです。
たとえば繁忙期には、
月曜日 10時間
火曜日 10時間
水曜日 8時間
と長めの勤務時間を設定する。
その代わり、閑散期には、
月曜日 6時間
火曜日 6時間
と短くする。
一定期間を平均して週40時間以内になるよう、あらかじめ勤務を設計します。
この仕組みがあるため、適法に設定された10時間勤務の日については、1日8時間を超えていても、その10時間まで直ちに法定時間外労働にならない場合があります。
しかし、その前提は、
「10時間勤務の日であることが、あらかじめ決まっている」
ことです。
厚生労働省は、1年単位の変形労働時間制を採用する場合、原則として対象期間中の労働日と各労働日の所定労働時間を具体的に特定する必要があるとしています。
ですから、
8時間勤務の予定だった。
実際には10時間働いた。
そこで勤務表を10時間に書き換えた。
という運用は、
「予定を変更した」のではなく、本来の時間外労働を後から消しているのではないか
という問題につながる可能性があります。
「予定8時間→実績10時間」を後から10時間勤務にしていませんか?
具体例で考えてみましょう。
月曜日の所定労働時間は8時間でした。
ところが、急に仕事が増えたため社員は10時間働きました。
通常であれば、8時間を超えた部分について時間外労働に該当するか確認する必要があります。
しかし会社が、
「うちは変形労働時間制だから、月曜日を10時間勤務に変更しておこう」
と勤務表を書き換える。
そして、
「予定10時間、実績10時間だから残業なし」
と給与計算する。
これでは、変形労働時間制が、
残業が発生したあとに残業を消すための制度
になってしまいます。
1年単位の変形労働時間制について厚生労働省は、労働日と各労働日の労働時間を具体的に特定する必要があり、使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度は該当しないと明確に示しています。
ここは経営者として非常に重要なポイントです。
変形労働時間制では、
「何時間働いたか」だけではなく、「何時間働く予定として事前に決めていたか」
が残業計算に関係してくるのです。
では、一度決めたシフトは絶対に変更できないのでしょうか?
ここまで読むと、
「一度決めた勤務表は、何があっても変更できないのか」
と思われるかもしれません。
実務では、予想できない事情が起こることもあります。
急な受注。
社員の欠勤。
災害。
工期の変更。
取引先からの予定変更。
会社を経営していれば、予定どおりにいかないことは当然あります。
ただし、
「変更すること」と「変形労働時間制の残業計算上、後から所定労働時間を自由に書き換えること」は別の問題
として考える必要があります。
特に1年単位の変形労働時間制では、計画的な時間管理が制度の前提です。
厚生労働省は、対象期間を一定期間ごとに区分する方法を用いる場合でも、後の区分については、必要な手続きを経て各期間の開始前に勤務を具体的に特定する仕組みを定めています。
つまり、
「仕事が入ったらその都度変更」
ではなく、
いつ、誰が、どのような手続で勤務を決めるのか
を会社として明確にしておくことが重要です。
休日を突然出勤日に変えるのも注意が必要です
シフト変更でもう一つ問題になりやすいのが、休日です。
年間カレンダーでは日曜日が休日。
ところが金曜日になって、
「急ぎの仕事が入ったから、今度の日曜日は出勤してください」
と変更する。
そして、
「代わりに来週の水曜日を休みにします」
という会社があります。
ここでは、
休日の振替なのか。
代休なのか。
時間外労働になるのか。
休日労働になるのか。
といった複数の問題が出てきます。
厚生労働省は、1年単位の変形労働時間制で予期しなかった事情により休日を振り替える場合についても、就業規則に休日振替の規定があり、振替前に振替日を特定することなど、一定の要件を示しています。
ですから、
「日曜日に出てもらって、どこかで休ませれば同じ」
という単純な話ではありません。
特に、
日曜日に働かせたあと、
「じゃあ来週の水曜日を休みにしよう」
と事後的に休ませる場合は、法律上の「振替休日」ではなく「代休」となることもあります。
この違いによって、割増賃金の取扱いが変わる可能性があります。
シフト変更を考えるときは、
勤務日の変更だけでなく、休日の扱いまでセットで考える
必要があります。
「シフト変更」と「残業」は別物です
実務で一番危険なのは、
本来は残業なのに、
「シフト変更です」
という言葉で処理してしまうことです。
たとえば、
予定勤務
9時~18時
実際の勤務
9時~20時
だったとします。
会社が、
「20時まで働いたから、勤務時間を9時~20時に変更しておこう」
と処理する。
すると勤怠システム上は、
「予定どおり働いた」
という記録になります。
しかし、これでは本来発生していた時間外労働が見えなくなる可能性があります。
つまり、
シフト変更という処理が「残業隠し」になっていないか
を確認する必要があります。
もちろん、すべてのシフト変更が違法というわけではありません。
重要なのは、
変更前は何時間勤務だったのか。
いつ変更したのか。
なぜ変更したのか。
社員にはいつ伝えたのか。
実際には何時間働いたのか。
これらを記録しておくことです。
勤務表を「上書き保存」していませんか?
これは実務上、非常に大きな問題です。
シフトをExcelで管理している会社があります。
当初の予定では、
月曜日 8時間
火曜日 8時間
水曜日 休日
だった。
しかし途中で勤務が変わったため、
月曜日 10時間
火曜日 9時間
水曜日 8時間
に書き換えた。
そして、元の勤務表を上書き保存してしまった。
こうなると、
最初に何時間勤務としていたのか
がわからなくなります。
後から未払い残業の問題が起きたとき、
「この日はもともと10時間勤務だった」
と会社は主張する。
社員は、
「最初は8時間勤務でした」
と主張する。
しかし、元の勤務表が残っていない。
これでは会社として説明が難しくなります。
変形労働時間制を運用する会社では、
変更前の勤務表を残す
ことが非常に重要です。
変更した場合には、
変更前。
変更後。
変更理由。
変更日。
承認者。
社員への通知日。
これらを記録しておくことをおすすめします。
管理職が勝手にシフトを変えていませんか?
制度設計が正しくても、現場で崩れることがあります。
たとえば店長や工場長が、
「今日は忙しいから2時間延長ね」
「明日は暇だから2時間短くしよう」
と自由に変更している。
本人としては、
「合計時間が同じだから問題ない」
と思っているかもしれません。
しかし、変形労働時間制は単なる時間の足し算ではありません。
事前に勤務時間を特定することに意味があります。
現場管理職が制度を理解していなければ、
会社は適法に制度を導入しているつもりでも、
実際の運用は全く違う。
ということが起こります。
だからこそ変形労働時間制を導入する場合には、
経営者。
人事担当者。
給与計算担当者。
そして、
現場でシフトを作る管理職
まで制度を理解する必要があります。
「勤務表を変えてよいのは誰か」
「いつまで変更できるのか」
「変更した場合、残業計算はどうするのか」
を会社のルールとして明確にしておくべきです。
勤怠システムを入れている会社ほど注意したいこと
最近の勤怠システムは便利です。
勤務予定を登録する。
社員が打刻する。
システムが自動的に残業時間を計算する。
しかし、問題があります。
勤務予定を後から変更すると、
システムによっては、
変更後の勤務予定と実績だけを比較する
場合があります。
たとえば、
当初8時間勤務。
実際10時間勤務。
勤務予定を後から10時間に変更。
すると、
予定10時間。
実績10時間。
残業ゼロ。
と表示される。
システム上は正しく計算しています。
しかし、その前提となる勤務予定の変更方法が適切でなければ、結果として未払い残業につながる可能性があります。
つまり、
システムが間違っているのではありません。
会社が入力した前提に従って、正しく計算しているだけです。
だからこそ、
勤怠システムを導入している会社ほど、
「予定勤務を誰が変更できるのか」
「変更履歴は残るのか」
「給与計算時に変更前の勤務予定を確認できるのか」
をチェックしておく必要があります。
シフト変更が多い会社は、そもそも制度が合っていない可能性も
毎月のようにシフトを変更する。
年間カレンダーどおりに勤務できない。
繁忙期を予測できない。
急な仕事で休日出勤が頻繁に発生する。
もしこのような状態なら、
そもそも現在の変形労働時間制が会社の働き方に合っているのか
を考えた方がよいかもしれません。
厚生労働省の1年単位の変形労働時間制のガイドラインでも、計画的な時間管理が可能な業務が対象であり、使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような業務は対象にできないという考え方が示されています。
変形労働時間制を一度導入すると、
「ずっとこの制度でいかなければならない」
と思っている会社もあります。
しかし、会社の事業内容や働き方は変わります。
以前は繁忙期が予測できた。
今は仕事の入り方が変わった。
人手不足で勤務が安定しない。
そうであれば、
1か月単位の変形労働時間制。
1年単位の変形労働時間制。
通常の労働時間制。
どれが今の会社に合っているのかを改めて検討することも必要です。
シフト変更は社員の定着にも影響します
シフト変更の問題は、未払い残業だけではありません。
社員の立場から考えてみましょう。
1か月前に勤務表が出る。
休日の予定を立てる。
家族との予定を入れる。
病院の予約をする。
ところが直前になって、
「明日出勤してください」
「休みを変更します」
と言われる。
これが何度も続いたらどうでしょう。
法律上の問題以前に、
「この会社では予定が立てられない」
と思われてしまいます。
厚生労働省も、いわゆるシフト制で働く労働者の雇用管理について、適切な労務管理によって労働紛争を防ぐための留意事項を公表しています。2026年6月には年次有給休暇関係などを含む改訂も行われています。
採用難の時代です。
シフト変更のルールを整えることは、
コンプライアンスのためだけではありません。
社員が安心して働ける会社をつくるための仕組み
でもあります。
変形労働時間制を運用するなら「変更履歴」を残してください
私は、変形労働時間制を導入している会社には、勤務表そのものだけではなく、
勤務表の変更履歴
を残すことをおすすめします。
最低限、
変更対象日。
変更前の勤務時間。
変更後の勤務時間。
変更理由。
承認者。
社員への通知日。
変更後に残業が発生するかどうか。
このあたりは記録しておいた方がよいでしょう。
この記録があれば、
給与計算時の確認にも使えます。
労務監査にも使えます。
社員との認識のズレも防げます。
何より、
「なぜこんなに勤務変更が多いのか」
という経営上の問題も見えてきます。
あなたの会社のシフト変更、大丈夫ですか?
ここまで読んで、
「うちも後からシフトを書き換えている」
「変更前の勤務表は残していない」
「店長が自由に勤務時間を変えている」
「勤怠システムの変更履歴を確認したことがない」
と思われた経営者や人事担当者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
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このチェックシートでは、
- 勤務日・勤務時間を事前に決めているか
- 勤務時間を後から書き換えていないか
- 休日変更が常態化していないか
- 変更前の勤務表を保存しているか
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本当に怖いのは「シフト変更」ではなく「変更が見えなくなること」
最後に、今回一番お伝えしたいことがあります。
会社を経営していれば、予定変更はあります。
急な仕事もあります。
社員が休むこともあります。
取引先から予定変更を求められることもあります。
ですから、
「シフトを一度変更したらアウト」
という話ではありません。
本当に怖いのは、
いつ、何を、なぜ変更したのかがわからなくなること
です。
最初の勤務予定がわからない。
誰が変更したかわからない。
変更前のデータが残っていない。
残業が発生したかもわからない。
給与計算では変更後の勤務表だけを見ている。
この状態になると、
会社自身が正しい労働時間を説明できなくなります。
変形労働時間制は、会社の都合に合わせて自由にシフトを書き換える制度ではありません。
むしろ、
先の繁閑を予測し、計画的に労働時間を管理するための制度
です。
もし毎月のようにシフト変更が必要なら、
社員に問題があるのではなく、
制度設計。
人員配置。
受注管理。
勤務計画。
そのどこかに改善すべきところがあるのかもしれません。
一度、自社の勤務表を見てみてください。
そして、
最初に作った勤務表と、
最終的な勤務表を比べてみてください。
もし大きく違っているのであれば、
それは単なるシフト変更の問題ではなく、
今の変形労働時間制が、本当に会社の実態に合っているのかを見直すサイン
かもしれません。