なぜ経営者は神社へ向かうのか――『宮司の経営』に学ぶ、祈りと実践

杉山 晃浩

会社の経営が順調なときも、苦しいときも、神社へ足を運ぶ経営者は少なくありません。

新しい事業を始める前に参拝する。

毎月1日に氏神様へお参りする。

年の初めには社員と一緒に祈願を受ける。

大きな決断をする前に、遠方の神社まで足を延ばす。

伊勢神宮を定期的に参拝する経営者や、時間をかけて四国八十八ヶ所を巡る経営者もいます。

数字と現実を相手にする経営者が、なぜ神社や霊場へ向かうのでしょうか。

「困ったときの神頼み」と言ってしまえば、それまでかもしれません。

しかし、多くの経営者にとって参拝は、単に商売繁盛をお願いするだけの行為ではないように思います。

経営者の祈りとは何か。

その意味を考えるうえで、興味深い一冊があります。

廣田神社第17代宮司、田川伊吹さんの『宮司の経営』です。

神社にも「経営」がある

神社と経営という言葉の組み合わせに、違和感を覚える方もいるかもしれません。

神社は神聖な場所であり、会社とは違う。

神社がお金や集客を考えるのは、何となく俗っぽい。

そのように感じる方もいるでしょう。

しかし、神社も、祈っているだけで維持できるわけではありません。

建物を修繕し、境内を整備し、祭りや神事を続け、神職や関係者の生活を守る必要があります。地域の人たちとの関係を築き、次の世代へ文化や伝統を引き継がなければなりません。

そのためには、人もお金も必要です。

どれほど価値のある伝統でも、維持する仕組みがなければ途絶えてしまいます。

これは中小企業にも共通します。

「地域の役に立ちたい」

「社員を幸せにしたい」

「よい商品やサービスを残したい」

どれほど立派な思いがあっても、利益を出せなければ会社は続きません。

一方で、利益を出すことだけが目的になれば、お客様、社員、取引先、地域から信頼されなくなる可能性があります。

利益と理念のどちらか一方を選ぶのではありません。

理念を実現し続けるために、必要な利益を生み出す。

この両立こそ、経営者に求められる仕事です。

『宮司の経営』は、神社の運営を通じて、伝統と革新、祈りと行動、理念と利益をどう両立させるかを教えてくれる本です。

23歳で宮司を継いだ若者の挑戦

著者の田川伊吹さんは、23歳で父親の後を継ぎ、青森県にある廣田神社の宮司へ就任しました。

宮司と聞くと、神事を執り行い、静かに神社を守っている姿を想像するかもしれません。

しかし、田川さんが向き合ったのは、神事だけではありませんでした。

神社の建物や境内をどう維持するのか。

地域とのつながりをどう深めるのか。

参拝者に神社の存在や思いをどう伝えるのか。

伝統を守りながら、新しい時代へどう対応するのか。

神社を次の世代へ引き継ぐため、現実的な課題に向き合う必要がありました。

田川さんは、クラウドファンディングを活用した手水舎の再建、インターネットでの情報発信、長く途絶えていた祭りの復活など、新しい取組を次々と実践しました。

出版社の紹介によれば、その結果、15年間で神社の年間収入は約6倍、参拝者数は約36倍になったとされています。

注目したいのは、神様にお願いして待っていたのではない、ということです。

神社の本来の役割や伝統を大切にしながら、必要な行動を積み重ねました。

祈りと経営を切り離さず、祈った後に現実の仕事へ戻ったのです。

経営者は神様に何を願うのか

経営者が神社を参拝するとき、商売繁盛、事業成功、社員の安全などを願うことがあります。

願い事をすることが悪いわけではありません。

しかし、

「売上を上げてください」

「この取引を成功させてください」

「競合会社に勝たせてください」

とお願いするだけでは、経営者が果たすべき責任を神様へ預けることになりかねません。

経営者が本当に確認すべきことは、別のところにあるのではないでしょうか。

ここまで会社を続けられたこと。

社員が働いてくれていること。

お客様が商品やサービスを選んでくださっていること。

取引先が協力してくれていること。

家族が経営者としての自分を支えてくれていること。

まず、こうした事実に感謝する。

そのうえで、

「社員とお客様を大切にする経営を続けます」

「逃げずに、この問題へ向き合います」

「地域から必要とされる会社をつくります」

「私利私欲だけで判断しないよう努めます」

と決意を報告する。

このような参拝であれば、神社を出た後の行動が変わります。

経営者の祈りは、神様を動かすためのものではありません。

自分自身を動かすためのものなのかもしれません。

神社は、経営者が肩書を外せる場所

会社の中で、経営者は最終決定者です。

社員は社長へ反対意見を言いにくく、取引先や専門家も、関係を気にして強く踏み込めないことがあります。

会社が成長し、経営者が成功するほど、周囲には社長の意見を肯定する人が増えるかもしれません。

すると経営者は、知らないうちに、

「自分の判断は正しい」

「会社は自分の力で大きくした」

「社員や取引先は、自分についてくればよい」

と思いやすくなります。

しかし、神社の長い参道を歩き、大きな木の前に立ち、静かに手を合わせるとき、そこに会社の規模や肩書は関係ありません。

売上が10億円の社長も、創業したばかりの経営者も、一人の人間として神前に立ちます。

自分よりはるかに長い時間を生きてきた森や、何世代にもわたって守られてきた神社を前にすると、自分の人生や会社の歴史が、長い時間の一部分にすぎないことへ気づかされます。

それは、経営者が謙虚さを取り戻す時間です。

謙虚になることは、自信を失うことではありません。

自分の力だけで経営しているのではないと理解することです。

経営者が謙虚さを取り戻せば、社員や専門家の話に耳を傾けられるようになります。

自分の判断を見直し、間違いを認め、修正できるようになります。

その変化は、経営判断にもよい影響を与えるはずです。

祈ったからこそ、現実から逃げてはいけない

神社へ参拝した後に、

「神様が応援してくれるから、きっとうまくいく」

と安心することがあります。

前向きな気持ちになること自体は、悪くありません。

しかし、参拝を経営判断の代わりにしてはいけません。

おみくじが大吉だったから、多額の投資をする。

よいお告げを受けたから、市場調査をせず新規事業を始める。

祈願を受けたから、安全対策が不十分なまま工事を進める。

神様が守ってくれるから、専門家の助言を聞かない。

これでは、信仰ではなく経営責任の放棄です。

経営者には、数字を確認し、リスクを検討し、社員や専門家の意見を聞いたうえで判断する責任があります。

祈りは、現実から逃げるためのものではありません。

自分の欲、恐れ、焦りを静め、現実を正しく見るためのものです。

つまり、

神様に答えを決めてもらうのではなく、その答えを引き受けられる自分になるために祈る。

これが、経営者の参拝に必要な姿勢だと思います。

「運がよくなった」の正体

神社へ参拝する経営者の中には、「参拝を始めてから運がよくなった」と話す方がいます。

神様の力がどのように働くのかを、客観的に証明することは難しいでしょう。

しかし、参拝によって経営者の心や行動が変わることは考えられます。

感謝を思い出せば、社員や取引先への態度が変わります。

心が落ち着けば、人の話を丁寧に聞けるようになります。

自分の未熟さに気づけば、専門家の助言を受け入れやすくなります。

執着を手放せば、赤字事業から撤退する判断ができるようになります。

使命を思い出せば、目先の利益だけに惑わされにくくなります。

人への態度や判断が変われば、集まってくる情報や人との関係も変わります。

以前なら見過ごしていた機会に気づき、避けられなかった失敗を早い段階で修正できるかもしれません。

その結果を「運がよくなった」と感じることはあるでしょう。

参拝しただけで幸運が降ってくるのか。それとも、参拝によって自分の状態が変わり、よい結果につながりやすくなるのか。

どちらか一方に決める必要はありません。

少なくとも、祈った後の行動が何も変わらなければ、会社の現実も簡単には変わらないはずです。

伝統を守るためには、変わらなければならない

神社には、長い歴史と伝統があります。

しかし、伝統を守ることは、昔と同じことだけを続けることではありません。

社会や地域の環境が変わる中で、残すべきものを見極め、伝え方や仕組みを変えていく必要があります。

田川さんがインターネットで情報を発信し、クラウドファンディングを活用したことも、伝統を壊すためではありません。

神社を守り、次の世代へつなぐための手段です。

中小企業も同じです。

創業者の思いを守ることと、昔の仕事のやり方を一切変えないことは違います。

お客様を大切にする理念は守る。

しかし、お客様との連絡方法は時代に合わせて変える。

職人の技術は守る。

しかし、技術を若い社員へ伝える方法は変える。

地域との信頼は守る。

しかし、採用や情報発信には新しい仕組みを取り入れる。

何を守り、何を変えるのか。

この判断は、経営者にしかできません。

伝統と革新は反対ではありません。

本当に大切なものを残すために、変えるべきものを変える。

『宮司の経営』が経営者に伝えているのは、この覚悟ではないでしょうか。

会社は、経営者だけのものなのか

宮司は神社を自分の代だけ運営すればよいわけではありません。

先人から受け継いだ神社を守り、地域との関係を築き、次の世代へ引き渡す責任があります。

経営者にも、同じ問いがあります。

会社は、自分が自由に使うための所有物なのか。

それとも、創業者、社員、お客様、取引先、地域から受け継ぎ、次の世代へ渡す預かり物なのか。

経営者が会社を預かっていると考えれば、判断の基準が変わります。

自分の代で利益を取り尽くせばよい、とは考えにくくなります。

社員の育成や設備投資、信用の維持、事業承継など、将来のために必要なことへ目が向きます。

会社を100年続けるためには、経営者自身が永遠に社長を続けることはできません。

自分がいなくなった後にも残る理念、人材、仕組み、信用をつくらなければなりません。

神社を預かる宮司の姿から、会社を預かる経営者が学べることは少なくないと思います。

経営者に読んでほしい『宮司の経営』

『宮司の経営』は、神社の集客方法だけを書いた本ではありません。

神職である宮司が、伝統を守りながら新しい取組へ挑戦し、地域から必要とされる場所をつくってきた記録です。

祈りや祭りの本質を大切にしながら、組織運営、情報発信、資金の確保、人とのつながりといった現実的な問題へ向き合っています。

経営者がこの本を読むと、

  • 自社は何のために存在するのか
  • 利益を何のために必要としているのか
  • 地域から必要とされる会社になっているか
  • 守るべきものと変えるべきものを区別できているか
  • 自分がいなくなった後、何を残したいのか

といった問いが浮かんでくるでしょう。

神社に関心がある方だけでなく、会社の理念、地域との関係、事業承継について考えたい経営者にもおすすめしたい一冊です。

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神社を出た後に、何をするか

経営者が神社で手を合わせることに、私は意味があると思います。

ただし、その意味は、お願いの内容よりも、神社を出た後の行動に表れます。

社員へ感謝を伝える。

先延ばしにしていた問題へ向き合う。

お客様との約束を守る。

必要な投資を決断する。

撤退すべき事業から撤退する。

次の世代を育てる。

地域から必要とされる会社をつくる。

祈りによって心を整え、現実の経営へ戻る。

そこまでが、経営者の参拝です。

神頼みとは、神様にすべてを任せることです。

経営者の祈りとは、神前で自分の使命を確認し、もう一度、自分の責任を引き受けることです。

だからこそ、多くの経営者は神社へ向かうのではないでしょうか。

次回は、多くの経営者が「一生に一度は参拝したい」と考える伊勢神宮を取り上げます。

なぜ経営者は伊勢神宮へ向かうのか。

そこで伝えるべきことは、成功のお願いなのか。それとも、これまでの感謝と、これからの経営への誓いなのか。

伊勢神宮と経営者の関係を、「事業承継」や「変わらないために変わり続ける」という視点から考えます。

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