その就業規則、パートにも退職金を約束していませんか?「一冊にまとめる」会社の思わぬリスク
杉山 晃浩
「うちの就業規則は、正社員も契約社員もパートも、全部一冊にまとめています」
中小企業の経営者から、このような話を聞くことがあります。
一冊にまとめておけば管理しやすく、法改正があったときも修正する規則が一つで済みます。
正社員とパートの待遇を同じにしておけば、同一労働同一賃金の問題も起きにくいように思えるでしょう。
確かに、従業員の働き方に大きな違いがない会社なら、一冊の就業規則で問題なく運用できる場合もあります。
しかし、正社員、契約社員、パートタイマーの働き方が違うにもかかわらず、全員を一冊の就業規則にまとめている会社は注意が必要です。
書き方によっては、会社が正社員だけに与えているつもりだった退職金、賞与、休職、特別休暇などを、契約社員やパートタイマーにも約束していると解釈される可能性があるからです。
例えば、就業規則の冒頭に次のような規定があったとします。
この規則において従業員とは、正社員、契約社員、パートタイマーおよびアルバイトをいう。
そして、後ろの方に、
従業員が勤続3年以上で退職した場合は、別に定める退職金規程により退職金を支給する。
と書かれていたら、どうでしょうか。
会社は正社員だけに退職金を支給するつもりだったとしても、就業規則上はパートタイマーも「従業員」に含まれています。
退職するパートタイマーから、
「就業規則には、従業員へ退職金を支給すると書いてあります。私も従業員ではないのですか?」
と聞かれた場合、会社は簡単には否定できません。
就業規則は、経営者の頭の中にある考えではなく、実際に書かれている文章によって判断されます。
今回は、正社員、契約社員、パートタイマーの就業規則を一冊にまとめる場合のリスクと、雇用区分ごとに分けて作る場合のポイントを、わかり易く解説します。
就業規則は単なる社内ルールではありません
就業規則は、従業員に守ってほしいことを書くだけの文書ではありません。
労働時間、休日、休暇、賃金、退職、解雇など、従業員の重要な労働条件を定める文書です。
内容が合理的で、従業員へ適切に周知されていれば、その内容が労働契約の一部になることがあります。
そのため、経営者が、
「これは正社員だけのつもりだった」
「パートには適用しないつもりだった」
と考えていても、その意図が規則に書かれていなければ、会社の主張が認められるとは限りません。
就業規則を作るときは、条文の内容だけでなく、その条文が誰に適用されるのかを明確にする必要があります。
- 正社員
- 契約社員
- パートタイマー
- アルバイト
- 定年後再雇用者
- 無期転換社員
- 短時間正社員
会社に複数の雇用区分があるなら、それぞれにどの規定を適用するのかを整理しておかなければなりません。
一冊にまとめること自体が悪いわけではありません
正社員、契約社員、パートタイマーの規定を一冊にまとめる方法にも利点があります。
- 規則の数が少なく、管理しやすい
- 法改正時の修正漏れを防ぎやすい
- 共通する服務規律を統一できる
- 従業員が自分に関係する規定を探しやすい
- 雇用区分による不合理な待遇差を減らしやすい
従業員数が少なく、正社員とパートタイマーの仕事内容、責任、異動範囲などにほとんど違いがなければ、一冊にまとめる方法が適している場合もあります。
問題は、一冊にしたことではありません。
「従業員」という一つの言葉ですべてをまとめ、その後の条文もすべて「従業員は」と書いてしまうことです。
これでは、会社が考えていた以上に広い範囲へ、賞与、退職金、休職などの規定が適用される可能性があります。
誰に何が適用されるのか分からない一冊になっていることが、最大のリスクです。
本当にパートは退職金の対象外になっていますか?
特にトラブルになりやすいのが退職金です。
例えば、就業規則に、
従業員が退職し、または解雇されたときは、別に定める退職金規程により退職金を支給する。
と書かれていたとします。
就業規則の適用対象にパートタイマーが含まれている一方、退職金規程には「正社員に限る」という明確な記載がない場合、パートタイマーから退職金を請求される可能性があります。
会社が長年、正社員だけに退職金を支給してきたとしても、それだけでパートが対象外になるとは限りません。
規則の文章が曖昧であれば、次のような資料や事情を確認することになります。
- 就業規則本文
- 退職金規程
- 雇用契約書
- 労働条件通知書
- 求人票
- 採用時の説明
- 過去の支給実績
- 社内での周知内容
例えば、就業規則では「退職金を支給する」、パートの労働条件通知書では「退職金なし」となっていれば、会社の制度そのものが矛盾しています。
労働条件通知書だけを「退職金なし」にしても、就業規則との関係が整理されていなければ安心できません。
賞与も「正社員だけのつもり」では足りません
賞与についても同じ問題が起こります。
会社は、業績および従業員の勤務成績等を考慮し、原則として年2回賞与を支給する。
このように書かれており、パートタイマーも「従業員」に含まれていれば、この賞与規定もパートタイマーへ適用されるように読めます。
会社が、
「パートの時給には賞与分も含めている」
「これまでパートに賞与を出したことはない」
「賞与は正社員だけの制度だ」
と考えていても、規則に明記されていなければ説明は難しくなります。
だからといって、パートタイマー就業規則に「賞与は支給しない」と書けば、すべて解決するわけでもありません。
令和8年10月1日から改正される同一労働同一賃金ガイドラインでは、賞与や退職金の目的がパートタイム・有期雇用労働者にも当てはまる場合、職務内容などの違いに応じたバランスの取れた支給をしなければ、不合理と判断される可能性があることが示されています。
「規則上の対象を明確にすること」と「待遇差が法的に合理的であること」は、別々に確認する必要があります。
詳しい改正内容は、厚生労働省の同一労働同一賃金特集ページでも確認できます。
休職期間が契約期間より長くなっていませんか?
一冊方式では、休職制度にも注意が必要です。
正社員について、病気やけがで長期間働けなくなった場合に備え、6か月や1年間の休職期間を設けている会社があります。
この休職規定を有期契約社員にもそのまま適用すると、契約期間との関係が分からなくなることがあります。
例えば、契約期間6か月の契約社員について、就業規則では休職期間を1年と定めていたとします。
その人が契約開始から2か月後に休職へ入った場合、次の疑問が生じます。
- 休職中に契約期間が満了するのか
- 契約期間満了後も休職が続くのか
- 休職期間満了まで雇用を保障したことになるのか
- 会社は契約を更新しなければならないのか
会社は契約期間満了で終了するつもりでも、規則に関係が書かれていなければ、トラブルになりかねません。
有期契約社員について休職制度を設ける場合は、
休職期間中に労働契約期間が満了した場合、契約更新が行われない限り、休職期間も契約期間満了日をもって終了する
など、契約期間との関係を整理する必要があります。
正社員と契約社員では、契約期間の有無という根本的な違いがあります。
何でも同じ規定を適用することが、必ずしも公平とは限りません。
パートへ転勤を命じられる規則になっているかもしれません
一冊の就業規則には、次のような規定がよくあります。
会社は、業務上必要がある場合、従業員に対して転勤、配置転換、職務変更または出向を命じることがある。
この規定の「従業員」にパートタイマーも含まれている場合、会社はパートにも転勤や大幅な職務変更を命じられるように見えます。
しかし、実際には、
- 自宅の近くで働くことを前提に採用した
- 店舗限定で募集した
- 特定の仕事だけを担当する条件だった
- 育児や介護の都合に合わせて短時間勤務している
というパートタイマーも少なくありません。
採用時の約束と就業規則が一致していなければ、会社が配置転換を命じたときに紛争になる可能性があります。
反対に、正社員には転勤や職務変更があり、パートにはないのであれば、その違いは、一定の待遇差を説明する材料になることがあります。
就業規則は、会社の実際の働かせ方と一致していなければ意味がありません。
すべて同じ待遇にすれば安全なのでしょうか?
同一労働同一賃金違反を恐れて、正社員とパートタイマーの待遇をすべて同じにすればよいと考える会社もあります。
確かに待遇差がなければ、不合理な待遇差の問題は起きにくくなります。
しかし、すべて同じにすると、正社員側に不公平感が生まれることがあります。
例えば正社員には、
- 転勤がある
- 職務変更がある
- 部下を指導する責任がある
- 緊急時の対応がある
- 将来の管理職候補として育成される
という役割がある一方、パートタイマーにはこれらの役割がない会社もあります。
それにもかかわらず、賞与、退職金、手当、休職などをすべて同じにすると、正社員から、
「責任や負担が違うのに、待遇が同じなのは納得できない」
という不満が出るかもしれません。
同一労働同一賃金は、正社員とパートを何でも同じにする制度ではありません。
待遇に違いがあること自体ではなく、その違いを仕事内容、責任、配置変更の範囲などから説明できないことが問題です。
雇用区分ごとに規則を分ければ安全なのでしょうか?
私は、正社員、契約社員、パートタイマーの働き方が異なる会社では、雇用区分ごとに規則を分けた方が実務上使いやすいと考えています。
契約社員就業規則には、次のような項目を具体的に定められます。
- 契約期間
- 契約更新の判断基準
- 更新上限
- 雇止め
- 無期転換
- 正社員転換
- 休職と契約期間満了との関係
パートタイマー就業規則には、次のような項目を落とし込めます。
- 所定労働日数
- 所定労働時間
- シフトの決定方法
- 休日
- 年次有給休暇
- 契約更新
- 社会保険
- 正社員転換
正社員就業規則には、配置転換、転勤、役職、休職、定年、退職金など、正社員の働き方に合わせた内容を規定できます。
ただし、規則を分けただけで待遇差が合法になるわけではありません。
「正社員規則には賞与あり、パート規則には賞与なし」と書けば、対象者は明確になります。
それでも、その待遇差が不合理でないかという問題は残ります。
分冊方式は待遇差をごまかすためのものではなく、それぞれの働き方と労働条件を正確に書き分けるためのものです。
おすすめは「本則+雇用区分別規則」です
実務上おすすめしたいのは、全従業員に共通する本則と、雇用区分別の規則を組み合わせる方法です。
例えば、次のような構成です。
全従業員に共通する規則
- 経営理念
- 服務規律
- 秘密保持
- 個人情報保護
- ハラスメント禁止
- 安全衛生
- 懲戒
正社員就業規則
- 無期雇用
- 配置転換
- 転勤
- 休職
- 定年
- 退職・解雇
契約社員就業規則
- 契約期間
- 契約更新
- 更新上限
- 雇止め
- 無期転換
- 契約期間中の休職
パートタイマー就業規則
- 労働日数・労働時間
- シフト
- 休日・休暇
- 契約更新
- 社会保険
- 正社員転換
さらに、賃金規程、退職金規程、育児・介護休業規程などを必要に応じて別に設けます。
この方法なら、共通事項を何度も書かずに済み、働き方の違いも明確にできます。
規則を分けるなら優先順位を明確にしてください
規則を分ける場合には、規則同士の関係を明確にしなければなりません。
例えば、パートタイマーについては、次のような関係を整理します。
パートタイマーの就業に関する事項については、パートタイマー就業規則を適用する。同規則に定めのない事項については、就業規則本則を適用する。ただし、両規則の定めが異なる場合は、パートタイマー就業規則を優先する。
重要なのは、次の3点です。
- 誰に適用する規則なのか
- 別規則に定めがない場合はどうするのか
- 規則同士の内容が異なる場合、どちらを優先するのか
規則を分けても、この関係が曖昧なら、かえって管理が複雑になります。
無料の「意図しない権利発見シート」をご用意しました
ここまで読んで、
「自社の就業規則が誰に適用されるのか分からない」
「正社員だけのつもりだった退職金や休職制度が、パートにも適用される文章になっていないか心配」
「就業規則と労働条件通知書が一致しているか自信がない」
と感じた経営者や人事担当者もいらっしゃると思います。
そこで今回、読者プレゼントとして、
「パートにも退職金を約束していない?就業規則の“意図しない権利”発見シート」
をご用意しました。
Excelの黄色い欄へ会社の状況を入力すると、次の3つの視点から52項目を点検できます。
雇用区分の定義チェック
正社員、契約社員、パートタイマー、定年後再雇用者、無期転換社員などについて、契約期間、労働時間、配置転換、転勤、適用する就業規則を整理できます。
意図しない権利の発見チェック
賞与、退職金、企業型DC、各種手当、休職、夏季・冬季休暇、慶弔休暇、定年などについて、規則上の対象者と実際の運用が一致しているか確認できます。
規則・書面の矛盾チェック
就業規則本則、雇用区分別規則、賃金規程、退職金規程、労働条件通知書、求人票、実際の運用が一致しているかを確認できます。
入力結果は、
- 要改善
- 専門家確認
- 要確認
- 概ね良好
に自動判定されます。
無料プレゼントをご希望の方は、下記フォームからお申し込みください。
なお、このシートは就業規則の問題点に気づくための簡易診断です。
「要改善」と表示されたから直ちに法令違反になる、あるいは「概ね良好」だから絶対に問題がないと判断するものではありません。
最終的には就業規則の全文、個別規程、雇用契約書、労働条件通知書、求人票、過去の運用などを確認する必要があります。
就業規則は会社を守る経営管理ツールです
正社員、契約社員、パートタイマーの就業規則を一冊にまとめること自体が、間違いというわけではありません。
反対に、規則を別々に作れば自動的に安全になるわけでもありません。
大切なのは、
誰にどの規定が適用されるのかが明確であり、待遇の違いを実際の働き方の違いから説明できること
です。
契約期間、労働時間、シフト、転勤、職務変更、休職、退職金などが雇用区分によって大きく異なる会社では、雇用区分別に就業規則を作り込んだ方が、実務上管理しやすくなります。
ただし、一部の条文だけを直すと、別の規程や労働条件通知書との間に新たな矛盾が生まれることもあります。
就業規則は、会社を縛るためだけの文書ではありません。
働き方と待遇の違いを正しく整理し、経営者と従業員の双方をトラブルから守るための経営管理ツールです。
「一冊にまとめたままでよいのか分からない」
「雇用区分ごとに分けたいが、どのように整理すればよいか分からない」
「診断シートで要改善や専門家確認が表示された」
このような場合は、特定社会保険労務士杉山晃浩事務所の30分無料相談をご利用ください。
会社の実態を確認したうえで、本則と雇用区分別規則をどのように整理すべきか、一緒に考えていきます。
従業員から退職金や賞与を請求されてから就業規則を読み返すのでは遅いのです。
まずは無料の診断シートを使って、会社が意図していない権利を約束する文章になっていないか、確認してみてください。
次回は、今回のテーマとも関係する、
「パートが企業型DCに入れないのは差別?選択制企業型DCと同一労働同一賃金の意外な関係」
について取り上げます。
企業型DCを導入している会社、これから導入しようとしている会社にとって見逃せない問題を、わかり易く解説します。