【就業規則「ある」デメリットと「ない」デメリット】人事・経営者のためのリスク管理2

杉山 晃浩

初日のブログでは、就業規則が「ある」場合に企業が得られる多岐にわたるメリットについて詳しく解説しました。しかし、就業規則の導入と運用には、いくつかの注意点やデメリットも存在します。また、就業規則を「ない」まま放置することには、さらに大きなリスクが潜んでいます。

今回は、就業規則が「ある」場合のデメリットと、就業規則が「ない」場合に企業が直面する可能性のある深刻なデメリットについて、具体的に解説していきます。メリットだけでなく、デメリットもしっかりと理解し、自社にとって最適な労務管理体制を構築するためにお役立てください。

第2章:就業規則が「ある」場合のデメリットと注意点

就業規則は多くのメリットをもたらす一方で、作成や運用にはいくつかの課題も存在します。これらのデメリットや注意点を理解し、適切な対策を講じることが、就業規則の効果を最大限に引き出すためには不可欠です。

2-1. 作成・改定の手間とコスト

就業規則の作成や、法改正や組織変更に伴う改定には、一定の手間とコストがかかります。

  • 専門知識の必要性と外部委託の可能性: 労働関連法規は複雑であり、最新の情報を常に把握しておく必要があります。そのため、就業規則の作成や改定には専門的な知識が求められます。社内に専門知識を持つ人材がいない場合、社会保険労務士などの専門家への外部委託を検討する必要がありますが、その際には費用が発生します。しかし、専門家の知識を活用することで、法令に準拠した質の高い就業規則を作成でき、将来的な労務トラブルのリスクを軽減できると考えれば、必要な投資と言えるでしょう。
  • 従業員代表との意見聴取の手間: 労働基準法では、就業規則の作成または変更にあたっては、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、そのような労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないと定められています。この意見聴取の手続きには、従業員代表の選出や意見交換、記録の作成など、一定の手間と時間を要します。しかし、従業員の意見を反映させることは、就業規則への理解と協力を得る上で重要なプロセスです。
  • 法改正への対応の必要性: 労働関連法規は頻繁に改正されます。そのため、作成した就業規則も、法改正に合わせて定期的に見直し、必要に応じて改定する必要があります。この作業を怠ると、就業規則が法令に適合しなくなり、労務トラブルや行政指導のリスクが高まります。常に最新の法改正情報を収集し、適切なタイミングで就業規則を見直す体制を整えておくことが重要です。

2-2. 運用の徹底と周知の必要性

せっかく作成した就業規則も、従業員に周知されず、形骸化してしまうと、その効果は半減してしまいます。

  • 作成後の周知方法と記録の重要性: 作成または変更した就業規則は、従業員がいつでも容易に内容を確認できるよう、適切な方法で周知する必要があります。例えば、書面での配布、社内イントラネットへの掲載、事務所への掲示などが考えられます。また、周知した事実を記録しておくことも重要です。
  • 形骸化を防ぐための定期的な見直し: 社会情勢や企業の状況は常に変化します。そのため、就業規則も定期的に見直し、現状に合わなくなっている部分や、新たな課題に対応する必要がある部分を洗い出す必要があります。定期的な見直しを行うことで、就業規則が常に実効性のあるものとして機能し続けることができます。
  • 従業員からの質問や意見への対応: 就業規則の内容について、従業員から質問や疑問が出た場合には、人事担当者などが丁寧に説明し、理解を深めることが重要です。また、従業員からの意見や提案に耳を傾け、必要に応じて就業規則の改善を検討することも、従業員の納得感とエンゲージメントを高める上で有効です。

2-3. 柔軟性の低下の可能性

詳細に規定された就業規則は、状況によっては企業の柔軟な対応を妨げる可能性も孕んでいます。

  • 詳細な規定が急な状況変化や新しい働き方への対応を遅らせるリスク: あまりにも細かく規定しすぎると、予期せぬ事態が発生した場合や、新しい働き方を導入する際に、就業規則の変更が必要となり、迅速な対応が難しくなることがあります。ある程度の柔軟性を持たせた規定にしておくことも検討が必要です。
  • 画一的な運用による個別事情への配慮不足の事例と対策: 全ての従業員に一律のルールを適用することが、必ずしも適切とは限りません。従業員一人ひとりの状況や事情に配慮した柔軟な運用が求められる場合もあります。就業規則の範囲内で、個別事情に合わせた対応ができるような運用ルールを設けておくことや、個別面談などを通じて従業員の状況を把握することが重要です。

第3章:就業規則が「ない」場合のデメリット

就業規則を作成していない企業は、多くの潜在的なリスクを抱えています。ここでは、就業規則がない場合に企業が直面する可能性のある深刻なデメリットについて詳しく見ていきましょう。

3-1. 労務トラブルの頻発と深刻化

就業規則がない場合、労働条件や服務規律が曖昧になり、従業員との間で様々な認識のずれが生じやすくなります。これが、労務トラブルの頻発と深刻化を招く大きな原因となります。

  • 労働条件や服務規律の不明確さによる具体的なトラブル事例:
    • 「残業代はどこまで支払われるのか」「休日出勤の扱いはどうなるのか」といった賃金に関するトラブル
    • 「遅刻や欠勤の際の連絡はどうすれば良いのか」「どのような行為が服務規律違反となるのか」といった服務規律に関するトラブル
    • 「有給休暇はいつから取得できるのか」「育児休業はどれくらいの期間取得できるのか」といった休業・休暇に関するトラブル
    • これらの曖昧さが、従業員の不満や会社への不信感を増大させ、紛争に発展する可能性があります。
  • トラブル発生時の対応の難しさと長期化のリスク: 就業規則という明確なルールがないため、トラブルが発生した際に、会社と従業員の主張が対立し、解決に時間がかかる可能性が高くなります。感情的な対立に発展しやすく、事態が長期化するほど、従業員の不満は増大し、会社への信頼は失墜します。
  • 訴訟リスクの増大と敗訴事例、企業イメージへの深刻な影響: 労務トラブルが解決に至らず、訴訟に発展した場合、就業規則がないことは会社にとって大きな不利となります。裁判所は、労働契約の内容や就業の実態などを総合的に判断しますが、明確な就業規則が存在しない場合、従業員の主張が認められやすく、敗訴のリスクが高まります。敗訴した場合、損害賠償金の支払いが発生するだけでなく、企業の評判を大きく損なうことになり、採用活動や取引にも悪影響を及ぼす可能性があります。

3-2. 組織運営の混乱と非効率化

就業規則がない企業では、従業員がどのように行動すべきかの基準が曖昧なため、組織運営に様々な混乱が生じ、業務効率も低下する傾向があります。

  • 従業員の行動規範の曖昧さによる規律の低下と責任の所在の不明確さ: 何が良しとされ、何が禁止されているのかが明確でないため、従業員の行動にばらつきが生じ、企業秩序が維持されにくくなります。また、業務上の責任範囲や報告・連絡・相談のルールが曖昧なため、問題が発生した際に責任の所在が不明確になり、対応が遅れることがあります。
  • 人事評価や懲戒処分の恣意性による従業員の不満と不信感: 就業規則に明確な評価基準や懲戒処分の基準が定められていない場合、人事評価や懲戒処分が経営者や上司の主観や感情に左右されやすくなり、従業員は不公平感を抱きやすくなります。これは、従業員のモチベーション低下や会社への不信感に繋がり、組織全体のパフォーマンス低下を招きます。
  • 業務における指示系統の混乱や意思決定の遅延: 就業規則に明確な組織体制や指揮命令系統が定められていない場合、従業員は誰に指示を仰ぎ、誰に報告すべきか迷うことがあり、業務の進行が滞ったり、意思決定が遅れたりする可能性があります。

3-3. 従業員の不安と不満の増大

就業規則がない企業で働く従業員は、自身の労働条件や将来に対する不安を感じやすく、会社への不満を募らせる可能性が高くなります。

  • 労働条件や評価基準の不透明さによる将来への不安: 労働時間や賃金、昇給・昇格の基準などが明確に示されていない場合、従業員は自身の将来の見通しを持つことができず、不安を感じやすくなります。「自分の頑張りは正当に評価されるのだろうか」「このままこの会社で働き続けて良いのだろうか」といった疑問が解消されないままでは、安心して業務に取り組むことはできません。
  • 不公平な待遇や曖昧なルールに対する不満の蓄積と離職: 他の従業員との待遇の違いや、曖昧なルールによる不公平な扱いに不満を感じた従業員は、会社へのエンゲージメントを低下させ、より良い労働条件を求めて離職する可能性が高まります。人材の流出は、企業の成長にとって大きな損失となります。
  • 企業文化やエンゲージメントへの悪影響: 不安や不満を抱える従業員が多い職場では、ポジティブな企業文化は育まれにくく、従業員全体のエンゲージメントも低下します。これは、職場の雰囲気の悪化やコミュニケーション不足を招き、さらに生産性の低下に繋がる悪循環を生み出す可能性があります。

3-4. 法令違反のリスクと罰則

一定規模以上の企業には、労働基準法によって就業規則の作成と所轄労働基準監督署への届出が義務付けられています。就業規則を作成していない場合、法令違反となり、罰則が科せられる可能性があります。

  • 労働基準法における就業規則の作成・届出義務の範囲と罰則: 常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成し、所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。この義務を怠った場合、労働基準法第120条に基づき、30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
  • その他労働関連法規との関連性: 就業規則は、労働基準法だけでなく、パートタイム・有期雇用労働法、育児・介護休業法など、他の労働関連法規の内容を具体化する役割も担っています。就業規則がない場合、これらの法律に適切に対応することが難しくなり、法令違反のリスクを高める可能性があります。
  • 行政機関(労働基準監督署など)からの指導・是正勧告・罰金などの事例: 労働基準監督署の調査や従業員からの申告などにより、就業規則の未作成が発覚した場合、行政指導や是正勧告を受けることになります。是正勧告に従わない場合や、悪質なケースでは、罰金が科せられることもあります。

3-5. 採用活動における不利

就業規則がない企業は、求職者に対して労働条件や企業文化などの情報を提供することが難しく、採用活動において不利になる可能性があります。

  • 労働条件の情報開示不足による求職者の不安と応募意欲の低下: 求職者は、給与、労働時間、休日休暇、福利厚生などの労働条件を重視します。就業規則がない場合、これらの情報を具体的に示すことができず、求職者は不安を感じ、応募を躊躇する可能性があります。
  • 法令遵守意識の低い企業というマイナスイメージ: 就業規則を作成していないことは、法令遵守意識が低い企業であるという印象を求職者に与えかねません。コンプライアンス意識の高い求職者は、そのような企業への入社を避ける傾向があります。

まとめ

今回は、就業規則が「ある」場合のデメリットと注意点、そして就業規則が「ない」場合に企業が直面する可能性のある深刻なデメリットについて解説しました。就業規則の作成・改定には手間とコストがかかること、運用を徹底し周知する必要があること、そして柔軟性を損なう可能性があることなどを理解しておく必要があります。

しかし、就業規則がない場合に企業が被るデメリットは、労務トラブルの頻発、組織運営の混乱、従業員の不安増大、法令違反のリスク、採用活動における不利など、企業の存続に関わるほど深刻なものばかりです。

次回のブログでは、就業規則が「ない」場合の限定的なメリット、そして人事・経営者が取るべき賢明な選択について解説していきます。就業規則の重要性を改めて認識し、自社にとって最適な労務管理体制を構築するための最終的な考察を深めていきましょう。

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