「その日、労基署が来た」後編 ――今すぐ見直すべき勤怠管理の盲点と社労士の視点
杉山 晃浩
第5章:出勤簿=勤怠管理ではない
「うちはきちんと出勤簿をつけているんですよ」
これは、中小企業の社長がよく口にする言葉だ。田中社長もそうだった。
だが、法律の目から見ると、「出勤簿」と「勤怠管理」は同義ではない。
2019年、厚生労働省は労働時間の適正把握ガイドラインを改定し、次のように明記した。
「始業・終業時刻の確認及び記録は、客観的な方法で行うこと」
(例:ICカード、タイムカード、PCログ等)
つまり、押印された出勤簿は“本人の申告”に過ぎず、証拠としては弱い。
逆に、社員のメモやノートでも、「実際に働いていた」証拠と一致すれば、労基署はそれを重視する。
第6章:「勤怠記録がない」は言い訳にならない
今回のケースでは、A社員の手書きノートと、警備カードの入退室ログが一致していた。
出勤簿との食い違いが明らかになり、未払い残業があった可能性が指摘された。
監督官の言葉は重かった。
「記録がなければ、労働者側の証言や記録が優先されます」
仮に訴訟になれば、証拠が乏しい会社側は圧倒的に不利になる。
しかも、未払い残業代は過去2年分(※2020年4月以降は3年)を遡って請求される可能性がある。
田中社長はこう振り返る。
「うちは誠実にやってたつもりでした。でも、法的に“証明できない”ことの怖さを思い知りました」
第7章:社労士が見てきた“よくある落とし穴”
筆者は社労士として、田中社長のような中小企業の相談を数多く受けてきた。
その中で、以下のような“地雷パターン”が非常に多い。
❌ ケース1:出勤簿に同じ時間ばかり記録されている
→「8:00出勤」「17:00退社」が毎日、同じように押されている。
→ 実際の出退勤時刻と一致していない可能性が高く、証拠能力が弱い。
❌ ケース2:管理職の勤怠が“空白”
→ 「管理職は残業代が出ないから記録不要」と誤解して記録自体していない。
→ 管理監督者の定義に当てはまらないと違法状態になる。
❌ ケース3:36協定を提出しただけで満足
→ 協定を提出していても、上限時間の運用が守られていない場合は是正勧告対象になる。
❌ ケース4:顧問税理士のアドバイスを鵜呑みにしていた
→ 税務の専門家と、労務の専門家(社労士)は役割が異なる。
→ 税務的には問題なくても、労基法違反となるケースは多々ある。
第8章:では、どうすればいいのか?【実務対策】
今回のようなトラブルを未然に防ぐには、次の3つのステップが有効だ。
✅ ステップ①:客観的な勤怠記録の導入
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ICカードやクラウド勤怠システムを導入(費用数千円〜)
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スマホアプリ打刻、PCログと連携するタイプも便利
✅ ステップ②:管理職教育の徹底
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「残業は申請制」「早出は指示がなければ禁止」などを社内ルールとして周知
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管理職が暗黙に残業を容認していると、会社全体がリスクを負うことになる
✅ ステップ③:社労士との定期的な点検・相談
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「今の勤怠管理、大丈夫かな?」という不安は社労士に聞くのが一番早い
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就業規則・36協定・賃金台帳との整合性チェックもお任せできる
結び:知らなかったでは済まされない。けれど、今からでも遅くない
田中社長のように、悪気はなくても“無知”がリスクになる時代だ。
労働時間の問題は、社員の生活に直結し、会社の信用にも影響を与える。
でも、こうして気づいた今こそが、変えるチャンスだ。
「あの日、労基署が来たことは、うちの転機になりました。
今では“ちゃんと勤怠を記録している会社”として、社員にも胸を張れます」
そう語る田中社長の表情には、かつての不安はなかった。
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このブログが、ひとつの気づきになれば幸いです。