社会保険は“もう一つの税金”か?──中小企業を締め付ける“被用者保険の拡大”の正体
杉山 晃浩
第1章|制度の建前と本音──「保険」という名の強制徴収
「社会保険」という言葉には、どこか温もりや安心感がある。しかしその実態は、“保険”というよりも“税金”に近い性質を持つ。任意加入ではなく、一定の条件を満たせば強制加入。そして徴収される保険料は、国の財源として再分配され、将来の給付の保証もあいまいだ。
日本の年金制度は「賦課方式」。今働く世代が、今の高齢者を支える仕組みだ。出生率の低下と高齢化が進む中で、この構造がもはや限界に達しているのは明白である。
それでも制度は維持されなければならない。そこで政府が次に狙うのは、これまで未加入だった“短時間労働者”と“中小零細企業”だ。ここに広がる“徴収の余白”にメスを入れようとしているのが、今回の法改正である。
第2章|なぜ今、“被用者保険の拡大”なのか?
国が掲げる改正の理由は「働き方の多様化」「公平な保障の実現」「老後の安心」。聞こえはいいが、裏を返せば“制度の維持が危うい”という焦りの現れとも言える。
実は、国民年金に加入する第1号被保険者(自営業やフリーランスなど)は保険料徴収が困難で、未納率も高い。これに対し、厚生年金・健康保険に加入する被用者保険の対象者は、給与から天引きされるため、徴収が極めて効率的だ。
加えて、少子化によって保険料を払う若者世代が減るなか、「企業が雇う短時間労働者」にも保険料を課すことで、制度全体の財政基盤を維持しようという意図が透けて見える。
第3章|法改正の具体内容とタイムライン
2024年に成立した年金法改正により、以下のような被用者保険の対象拡大が決定された:
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賃金要件の撤廃:従来の「年収106万円以上」という基準が廃止され、一定の労働時間を満たせば加入対象に。
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企業規模要件の撤廃:従業員51人以上→35人→20人→10人以下と段階的に適用。
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適用対象外業種(農林水産、宿泊業など)の見直し:これまでは適用除外だったが、原則適用へ。
タイムラインとしては、2024年から段階的に進み、最終的には2035年には10人未満の企業でも短時間労働者への適用が現実となる。
第4章|中小企業への“静かな圧力”──何が起きるのか?
この改正が本格施行されると、次のような現象が起きる可能性がある:
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人件費の上昇:労使折半の社会保険料負担が発生することで、パート・アルバイトを多く抱える業種(飲食、介護、小売など)ではコストアップが避けられない。
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“就業調整”の増加:扶養の範囲に収めたいパート社員が労働時間を減らす傾向が強まる。
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“雇用調整”のリスク:中小企業が保険料負担を避けるため、雇用契約の見直しや非正規化を進める。
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採用難の加速:保険適用による手取り減少を嫌う求職者が増える可能性。
要するに、「人を雇えば雇うほど損をする」という皮肉な状況が生まれかねない。
第5章|「人を雇えば雇うほど損をする」会社にしないために
制度の流れは止められない。であれば、“備える”ことこそが最善策である。
✅ 対応策の例:
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助成金の活用:キャリアアップ助成金(社会保険適用拡大に伴う賃上げ支援)などを活用する。
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労働条件の設計見直し:就業時間の管理、賃金テーブルの調整などで適用可否の線引きを明確に。
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福利厚生としての“見せ方”戦略:社会保険適用が「福利厚生の充実」として評価されるよう、採用PRを工夫する。
最も重要なのは、**「制度を理解し、設計して、経営に活かす」**という視点だ。
第6章|社労士として伝えたい「今すぐ考えるべきこと」
社会保険は、もはや避けて通れない“経営課題”の一つだ。単に制度対応するのではなく、「人を活かす仕組み」としてどう活用するかが問われている。
中小企業の未来にとって、今必要なのは“逃げ”ではなく“設計”である。
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どこまでを正社員にするか?
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パートや短時間労働者をどう位置づけるか?
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労務コストをどうコントロールするか?
これらを明確にするには、制度と現場の両方を理解した社労士の支援が不可欠だ。
🔚結びにかえて
筆者は、今の社会保険制度に納得していない。賦課方式に限界があること、保険という名を借りた「徴収装置」であること、中小企業に過度な負担を強いていること。そうした懸念はぬぐえない。
しかし、経営者としては「嫌でも変化に向き合う」しかない。そしてそのとき、社労士は単なる手続き屋ではなく、“変化に立ち向かう伴走者”であるべきだ。
時代が変わる。制度も変わる。ならば、会社も変わるしかない。
社会保険制度に振り回されるのではなく、戦略的に使いこなすために。今こそ、動くときである。
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