まだ使い続けますか?“3年ルール”を放置する派遣先企業に訪れる悲劇
杉山 晃浩
第1章|「もう4年目だったんですか?」──製造部の現場から聞こえてきた、予想外の一言
宮崎県内にある中堅の製造業、三葉パーツ工業株式会社。精密部品の加工を主力とし、約80名の従業員が働く現場では、毎年数名の派遣社員が活躍しています。その中の一人、派遣社員のAさんは、真面目で器用な人柄が評価され、製造ラインの中心的な存在になっていました。
そんなある日、人事課の新人担当者が派遣元と契約更新の打ち合わせをしていた際、思いがけない指摘を受けます。
「Aさん、同じ部署で働いて4年目に入ってますけど、3年ルールの対応はされていますか?」
「え、3年ルール……ですか?」
誰も気にしていなかったその“ルール”が、会社に大きなリスクをもたらすことになります。
第2章|「何年でも更新できるんじゃないの?」──よくある誤解と、現場任せの危うさ
派遣社員に関する「3年ルール」とは、労働者派遣法に定められた個人単位の受け入れ期間の上限のこと。
簡単に言えば、
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同じ人を、同じ課などの“組織単位”で、3年を超えて使い続けることはできない というものです。
「本人が続けたいと言っているから」「毎年契約してるし大丈夫」
こうした声はよく聞きますが、実はどれも危険な誤解です。契約を何度更新しても、3年を超えた時点で法的な上限に抵触します。
また、会社全体としても、事業所単位で派遣社員を受け入れる際には「過半数労働組合または労働者代表への意見聴取」が必要になるケースがあります。
このあたりの運用をすべて現場任せにしていた三葉パーツでは、誰もAさんの就業年数を正確に把握していなかったのです。
第3章|まさかの“みなし雇用”リスク──派遣先が社員になるつもりがなくても、法律上は…
人事担当者が慌てて社労士に相談したところ、返ってきたのはこういう内容でした。
「これは、労働契約申込みみなし制度の対象になる可能性がありますね」
この制度、簡単に言うと、
『派遣先が違法に派遣を受け入れた場合、その派遣社員に対して“正社員として雇います”と申し込んだことになります』
という法律です。
たとえ派遣先が「雇う気はなかった」と言っても、
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3年ルール違反(個人単位)
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無許可派遣の受け入れ
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偽装請負 などがあれば、自動的に“申し込みがあった”とみなされるのです。
この制度に該当すれば、派遣社員から「労働契約が成立した」として訴えられたり、労働局から是正指導を受ける可能性も。三葉パーツの社長も、「これはまずい」とようやく事態の深刻さに気づきます。
第4章|社内に「派遣社員管理者」がいなかった代償──情報の共有不足と責任の所在の曖昧さ
そもそも、Aさんの契約内容や勤務年数を誰が管理していたのか。
人事課は契約書の管理だけ、配属先の課長は業務指示だけ、経理は請求書の処理だけ。
結果、誰も全体を把握していませんでした。
実は派遣法では、派遣先責任者という役割の選任が求められており、その責任者には一定の知識や講習の受講が必要です。
また、
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派遣台帳の作成
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労働時間の把握
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派遣期間の管理 といった、地味ながら重要な業務が義務付けられています。
これを怠った結果、「うちは知らなかった」という言い訳が通用しなくなるのです。
第5章|ルールを守る企業が選ばれる時代へ──派遣社員の“選ぶ目”も変わってきている
最近では、派遣社員の中にも「どの会社が安心して働けるか」を重視する人が増えています。
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教育制度があるか
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差別なく扱われるか
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正社員登用の可能性があるか
こうした情報は、インターネットの掲示板やSNS、口コミで広まる時代です。労働環境が整っていない会社には、優秀な人材が来なくなる可能性すらあります。
派遣社員との信頼関係を築くには、まず「法律を守っていること」が前提。その上での丁寧な対応が、企業価値を高めていくのです。
第6章|「こんな対応をしていれば…」──社労士が勧める、トラブルを未然に防ぐ5つのチェックポイント
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派遣社員の就業開始日と組織単位を台帳で記録しているか
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3年の区切りが近づいた際に通知・確認の仕組みがあるか
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延長が必要な場合、意見聴取と文書保存を行っているか
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派遣先責任者の役割が明確かつ講習受講済みか
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派遣元との定期的な情報共有ができているか
どれも難しいことではありません。ひとつひとつを丁寧に見直すだけで、大きなリスクは回避できます。
終章|「あの時、ちゃんと確認していれば…」──後悔しない派遣社員との関係構築のために
派遣社員は「短期の労働力」ではなく、企業を支える重要な存在です。
派遣元に任せきりにせず、派遣先としての責任を果たす。たったそれだけで、トラブルは未然に防げます。
そして何より、法律を守るという姿勢は、派遣社員にも伝わり、安心と信頼を生みます。
「今、うちの派遣社員の在籍期間、把握できていますか?」
この問いに即答できなければ、まずはそこから見直してみてください。