「定期代を払ったのに退職!?」企業が知っておくべき通勤手当の精算ルールとは
杉山 晃浩
第1章|「定期代を払った直後に退職…これ、返してもらえるの?」
ある中小企業の経理担当者が頭を抱えていました。
「4月1日に6カ月分の定期代を支給した新入社員が、4月20日に突然退職したんです…。定期代、返してもらえるんでしょうか?」
実はこのような相談、私たち社会保険労務士のもとには珍しくありません。とくに試用期間中や年度始まりの時期には頻発します。
「せっかく高額な定期代を出したのに、すぐ辞めるなんて…」という怒りや損失感は理解できますが、問題は「返してもらえるかどうか」ではなく、「返せる仕組みになっているかどうか」です。
第2章|労働法上の原則:通勤手当は給与?立替金?返還請求できるのか?
まず押さえるべきは、「通勤手当の法的位置づけ」です。
通勤手当は、労働に対する“対価”の一部とされ、法律上は賃金の一種とみなされます。
したがって、労働基準法第24条の「賃金の全額払いの原則」が適用されます。
つまり、会社がいったん支給した通勤手当(=賃金)を、後から勝手に取り戻す(相殺する)ことは、原則として許されていません。
とはいえ、例外もあります。
✅ 返還が可能になる主なケース
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支給された通勤手当が「定期券の実費」として立替支給されたもの
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支給時に「未使用分は返還する」ことに本人が書面で同意している
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就業規則に、退職時の通勤手当精算ルールが明確に記載されている
要するに、事前にルールや同意があることがカギなのです。
第3章|返金してもらうには?トラブルを避けるための実務対応
では、どうすれば安全に、確実に、過払い分を返してもらえるのか。ポイントは3つあります。
① 就業規則や通勤手当支給規程に「返還義務」を明記する
例えば以下のように記載しておきましょう:
「支給された通勤手当相当の定期券について、退職等により通勤実態がなくなった場合、未使用期間に相当する金額を会社に返還するものとする。」
これは労働契約の一部として機能します。
② 支給時に「退職時の精算に同意する」旨の書面を交わす
入社時または定期代支給時に「通勤手当返還同意書」や「退職精算確認書」にサインをもらっておきましょう。
これがないと、退職者が「そんな話は聞いていない」「解約が面倒だからやらない」と拒否しても、会社側の請求根拠が弱くなってしまいます。
③ 精算の際は「退職日当日中の解約・払い戻し」を指示する
定期券の払い戻しは「日割り」ではなく、「月単位」で逆算されます。
例えば、6月30日が退職日なのに、払い戻しを7月1日にしてしまうと、1カ月分減額されてしまうのです。
→ 精算確認書には、「退職日当日中に解約を行うこと」と記載しましょう。
第4章|支給方法を見直そう:1カ月定期が会社を守る理由
支給方法自体を見直すことで、未使用分返還のトラブルを根本から減らすことも可能です。
通勤定期には一般的に「1カ月」「3カ月」「6カ月」定期がありますが、それぞれにメリット・デメリットがあります。
項目 | 1カ月定期 | 3カ月定期 | 6カ月定期 |
---|---|---|---|
コスト(定価) | 高い | やや安い | 最も安い |
退職時の損失リスク | 低い | 中程度 | 高い |
事務手間 | 多い | 中程度 | 少ない |
精算トラブルの回避 | しやすい | やや難しい | 難しい |
結論として、試用期間中や短期契約社員には「1カ月定期」の支給がもっとも安全です。
また、正社員であっても、6カ月定期の支給は「勤務継続の実績を見てから」という運用が有効です。
第5章|まとめ:定期代精算トラブルを防ぐ、企業の仕組みづくりとは
社員の交通費を補助する目的で支給される通勤手当ですが、運用次第では会社が損を被る制度になってしまうことがあります。
重要なのは、以下の3点を企業として明確にしておくことです。
✅ ①「制度」としてのルール整備(就業規則・支給規程)
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退職時の精算ルール
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解約日・返金期限
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不正受給・未返還への対応方針
✅ ②「書面」での運用(同意書・確認書)
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支給時:通勤手当返還同意書
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退職時:退職精算確認書
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紛失・破損時対応の事前確認
✅ ③「支給方法」の見直し
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1カ月支給を原則にする
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長期支給は実績・信頼に応じて
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「定期現物支給+会社名義」の導入検討
「通勤手当くらい、大した金額じゃない」と思っていた企業が、
退職者からの返還が受けられず、数万円〜十数万円の損失を出す事例は珍しくありません。
しかし、ルールと仕組みを整えておけば、防げるリスクでもあります。
定期代を払ったのに退職された…そんな「あるある」を「損しない仕組み」に変えていきましょう。