自己都合にして大丈夫?特定受給資格者と助成金停止の意外な関係
杉山 晃浩
1.はじめに──「自己都合にすれば安心」という思い込み
経営者や人事担当者の中には、退職者が出た際に「自己都合退職にしておけば助成金への影響もなく、会社のイメージも守れる」と考える方が少なくありません。
確かに、会社都合退職は「経営が苦しいのでは」「ブラック企業ではないか」といった印象を持たれることもあり、安易に避けたい気持ちは理解できます。
しかし実際には、離職票の退職理由を事実と異なる形で処理することは、単なる「便宜」では済まされません。虚偽の記載は不正受給=詐欺行為に直結する可能性があるのです。
さらに、助成金の受給停止や返還、風評リスク、労働者からの告発といった経営上の大きなダメージを招く恐れがあります。
本記事では、「特定受給資格者」とは何か、なぜ経営にリスクとなるのか、そして経営者が知っておくべき正しい対応について解説します。
2.特定受給資格者とは?基本の仕組みを理解しよう
雇用保険における「特定受給資格者」とは、会社の都合によってやむを得ず退職した人を指します。典型的なケースは次の通りです。
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会社が倒産・事業所閉鎖となった場合
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整理解雇や業績悪化に伴う人員整理
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契約社員の雇止め(更新が期待できたのに更新されなかった場合)
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賃金が大幅に下がった(概ね15%以上の減額)
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違法な長時間労働やパワハラなど職場環境に問題があり、継続勤務が困難になった場合
これらは、本人が「辞めたい」と希望したわけではなく、会社の事情でやむなく退職したと判断されます。
一方で、結婚や転職、家庭の事情など本人の都合による退職は「自己都合退職」です。
この違いによって、失業給付の扱いが大きく変わります。
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自己都合退職:7日の待機+2か月(本来は3か月)の給付制限あり
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特定受給資格者:7日の待機後すぐに給付開始
従業員にとっては大きな違いですが、経営者にとっては助成金との関係が特に重要です。
3.離職理由の取り扱いが助成金に直結するワケ
厚生労働省が実施している多くの助成金には、「解雇等が一定期間内に行われていないこと」という受給要件があります。
例えば:
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キャリアアップ助成金:過去3年間に解雇等がないこと
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人材開発支援助成金:過去1年間に解雇等がないこと
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両立支援等助成金:過去1〜3年間に解雇等がないこと(コースによる)
ここでいう「解雇等」には、特定受給資格者に該当する退職者が含まれます。
つまり会社が従業員を解雇すればもちろん、契約社員の雇止めや大幅な賃下げによる退職でも「会社都合退職」とされれば、助成金を受給できなくなるケースが出てくるのです。
「自己都合退職として処理すれば大丈夫」と考える方もいますが、それは非常に危険です。
ハローワークは離職票の記載だけでなく、本人からの聞き取りや証拠資料によって実態を判断します。もし実際は会社都合であると判定されれば、離職票の内容が訂正されることになります。
そしてその結果、会社は「虚偽記載」「不正受給」と見なされ、助成金の停止や返還だけでなく、法的責任まで問われかねません。
4.具体的な事例から見るリスク
ここで、実際に起こりがちな事例を紹介します。
事例1:業績悪化による人員整理を「自己都合退職」に
ある製造業の会社では、業績不振から人員整理を行いました。しかし「会社都合退職にすると助成金がもらえなくなる」と考え、退職者全員を「自己都合退職」として処理しました。
ところが、退職者がハローワークで事情を説明したところ「整理解雇」と判断され、会社都合に訂正されました。
結果的に、会社はキャリアアップ助成金の申請が却下され、過去に受給していた分の返還まで求められる事態になりました。
事例2:雇止めを「本人希望の退職」としたケース
あるサービス業の会社では、契約社員の雇用契約を更新せずに終了しました。本来であれば「雇止め=会社都合」ですが、離職票には「本人が契約満了を希望した」と記載しました。
しかし、本人が「更新の意思があった」と申告したため、ハローワークは会社都合と認定。
その結果、会社は人材開発支援助成金の申請ができなくなりました。
事例3:ハラスメントが原因の退職を「自己都合」に
職場でのパワハラに耐えかねて退職した社員を「自己都合」として処理したケースです。
後日、社員が証拠を持って労働局に相談し、ハローワークで「会社原因による退職」と認定。
会社は助成金だけでなく、ハラスメント防止義務を果たしていなかったとして、行政指導まで受けました。
これらの事例からわかるのは、離職理由の「取り繕い」は必ず露見するということです。
5.離職理由を改ざんすることは詐欺行為
ここで強調しておきたいのは、離職理由を意図的に改ざんすることは「詐欺」にあたる可能性があるという点です。
離職票は公的書類であり、その内容は雇用保険や助成金の判断に使われます。虚偽の記載は、
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「公正証書原本不実記載罪」
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「詐欺罪」
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「助成金不正受給による返還命令」
といった法的リスクに直結します。
「うちの会社だけはバレないだろう」という安易な考えが、後に大きな損害につながるのです。
6.経営者・人事担当者が取るべき正しい対応
では、経営者や人事担当者はどうすべきでしょうか。
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解雇を回避する努力を怠らない
→ 配置転換や労働条件の工夫で退職を避けられないか検討する。 -
離職票には事実を正確に記載する
→ 「体裁」より「真実性」。将来の助成金や法的トラブルを防ぐ。 -
退職に至る経緯を記録する
→ 解雇や雇止めを行う場合は、書面や議事録など証拠を必ず残す。 -
労務リスクと助成金をトータルで考える
→ 助成金が一時的に得られても、不正受給で返還+ペナルティでは本末転倒。 -
専門家に相談する
→ 社労士など専門家に相談すれば、助成金活用と労務リスク回避を両立できる。
7.まとめ──「知らなかった」では済まされない
特定受給資格者の扱いは、単に従業員の失業給付に関わるだけではなく、会社の助成金・経営リスクそのものに直結する問題です。
離職理由の改ざんは不正受給であり、助成金の返還や刑事責任に発展する可能性もあります。
経営者・人事担当者に求められるのは、リスクを正しく認識し、制度に沿った対応を徹底することです。
「特定受給資格者」を正しく理解することは、助成金を守り、企業の信頼を守る第一歩になります。
もしも、御社でも心当たりがあれば、すぐにオフィススギヤマグループに相談してください