賃上げの効果を最大化する「新しい福利厚生制度」:企業型DCの賢い活用法

杉山 晃浩

少子高齢化が進み、労働人口が減少する現代社会において、企業にとって優秀な人材の確保と定着は喫緊の課題です。その解決策として多くの企業が「賃上げ」に踏み切っていますが、実は、単純に給料を上げるだけでは、社員も会社も十分にメリットを享受できていないという現実があります。なぜなら、給与が増えると同時に、税金や社会保険料の負担も増えてしまうからです。

この記事では、給与を上げても手取りが思うように増えない仕組みを、高校生にもわかるように詳しく解説します。そして、その課題を解決し、社員と会社、双方にとって大きなメリットをもたらす「企業型確定拠出年金(DC)」という画期的な制度について、その仕組みと具体的なメリットを、社労士の視点からわかりやすくご説明します。


 

第1章:知っておきたい!給与から引かれる「国の取り分」

 

「給料をたくさんもらえるようになりたい!」これは誰もが抱く願いでしょう。しかし、実際に給与明細を見ると、「額面」の金額からずいぶん減っていることに気づきます。これが「手取り」です。では、なぜ額面と手取りにこれほどの差が生まれるのでしょうか?

それは、給与から税金社会保険料が差し引かれるからです。これらは、私たちがより良い社会生活を送るために、国や地方自治体、そして社会全体で支え合うための費用として、給与から天引きされています。

 

1-1. 給与から引かれる「税金」

 

税金は、国や地方自治体の活動費として使われます。道路や学校、警察、消防といった公共サービスは、私たちが納めた税金によって支えられているのです。

  • 所得税:個人の所得(収入から経費などを引いたもの)にかかる税金で、国に納めます。所得が高い人ほど税率も高くなる「累進課税」という仕組みが採用されています。

  • 住民税:住んでいる都道府県や市区町村に納める税金です。地域によって税率が少し異なりますが、所得に応じて課税されます。

 

1-2. 給与から引かれる「社会保険料」

 

社会保険料は、私たちが病気になったり、高齢になったり、失業したりしたときに、安心して生活を送れるようにするための「保険」です。企業に勤めている場合、会社と社員で半分ずつ負担するのが原則です。

  • 健康保険料:病気や怪我をしたときに、少ない自己負担で医療サービスを受けられるようにするための保険料です。

  • 厚生年金保険料:将来、年をとって働けなくなったときに受け取る「年金」のための保険料です。

  • 雇用保険料:失業したときに、次の仕事が見つかるまでの生活を支えるための保険料です。

  • 介護保険料:40歳以上の人が負担し、介護が必要になったときに支援を受けるための保険料です。

 

1-3. 賃上げをしても手取りが増えないカラクリ

 

それでは、いよいよ本題です。たとえば、東京都の建設業で働く40代の男性(課税所得330~694万円)の場合を例に見てみましょう。この人が1万円の昇給をしたとします。しかし、手取りはわずか

5,445円しか増えません

 
 

なぜなら、給与が1万円増えると、それに連動して所得税、住民税、社会保険料の自己負担分も増えるからです。この例では、給与の約**45.55%**が、税金や社会保険料として国に支払われることになります

 

会社側から見ても、昇給額1万円のために、実は社会保険料の会社負担分(約17.86%)も加わり、

1万1,786円を捻出しなければなりません 。せっかく賃上げをしても、社員は思ったほど手取りが増えず、会社はより多くのコストを負担することになるのです。このジレンマを解決する鍵こそが、企業型DCです。

 
 

 

第2章:社員と会社の未来を創る「企業型DC」の仕組み

 

企業型DC(企業型確定拠出年金)は、**「自分の老後資金を自分で作る」**ための年金制度です。会社が掛金を拠出し、社員自身がそのお金を運用します。ここでは、この制度がなぜ社員と会社の双方に大きなメリットをもたらすのかを、具体的な数字を交えながら解説します。

 

2-1. 企業型DCの基本的な仕組み

 

企業型DCは、会社が社員のために掛金(お金)を拠出し、社員自身がそのお金を投資信託などで運用する制度です。

  • 会社が掛金を拠出: 会社が、社員の口座に毎月一定の掛金を拠出します。この掛金の金額は、会社の規程によって決まります。

  • 社員が運用: 社員は、会社が用意した複数の運用商品(投資信託や預金など)の中から、自分の運用方針に合ったものを選んで運用します。運用成果は個人の責任となります。

  • 60歳以降に受け取り: 原則として、60歳になるまで引き出すことはできません。60歳以降に、積み立てたお金と運用で増えたお金を、一時金や年金として受け取ることができます。

この制度の最大の特徴は、「拠出」「運用」「受け取り」の3つの段階すべてで税制優遇を受けられる点にあります。


 

第3章:賃上げ効果を最大化!企業型DCがもたらす4つのメリット

 

では、具体的に企業型DCが賃上げの課題をどう解決し、どのようなメリットをもたらすのか見ていきましょう。

 

3-1. 【社員のメリット①】税金・社会保険料を払わずに資産形成ができる

 

企業型DCの掛金は、給与から天引きされるのではなく、給与とは別に会社から拠出されます。そのため、社員が受け取る**「給与」に上乗せされるわけではない**ため、社会保険料算定の基礎となる「標準報酬月額」にも含まれません。 これにより、会社負担分・本人負担分双方の社会保険料を削減できます。

さらに、この掛金は所得税や住民税の対象にもなりません。つまり、給与として受け取れば税金や社会保険料として引かれるはずだったお金を、丸ごと将来のための資産形成に回すことができるのです。

 

3-2. 【社員のメリット②】運用で増えた利益も非課税!

 

通常、投資で得た利益には約20%の税金がかかります。しかし、企業型DCの口座内で運用して得た利益は、すべて非課税です。これは、銀行の利息や株式の配当金、売却益など、どれだけ増えても税金がかからないということです。これにより、効率的に資産を増やすことができます。

 

3-3. 【社員のメリット③】受け取り時も税金がお得に!

 

DCで積み立てた資産は、原則として60歳以降に受け取ります。この受け取り時にも、税金の優遇があります。

  • 一時金として受け取る場合: 「退職所得」として扱われ、長年の積み立て期間に応じて「退職所得控除」という大きな控除が適用されます。これにより、税金をほとんど払わずに受け取れる場合が多いです。

  • 年金として受け取る場合: 「公的年金等控除」という控除が適用されます。

 

3-4. 【会社のメリット】社会保険料の負担が軽減され、コストダウンに

 

企業型DCの掛金は、社員の給与とは別に支払われるため、社会保険料算定の基礎となる標準報酬月額には含まれません。これにより、会社が負担する社会保険料も軽減されます

例えば、社員の給与を1万円増やすために1万1,786円を捻出していた費用を、企業型DCの掛金として拠出することで、この社会保険料負担分を削減し、より少ない費用で社員の満足度を高めることができます。

さらに、拠出した掛金は**全額が会社の「損金」**として計上できるため、法人税を計算する上でも節税効果があります。


 

第4章:経営者にもメリット満載!退職金準備にも活用できる

 

企業型DCは、経営者自身にも大きなメリットをもたらします。実は、経営者も社員と同じように企業型DCに加入し、退職金準備に活用できるのです。

  • 社長自身の老後資金形成: 社長自身の老後資金も、企業型DCで効率的に準備できます。拠出した掛金は非課税であり、運用益も非課税。そして受け取る際には退職所得控除が適用されるため、税金の負担を大幅に抑えることができます。

  • 退職所得控除の活用: 退職金にかかる税金は、

    勤続年数が長いほど控除額が大きくなるという仕組みです。例えば、35歳で役員に就任し、70歳で退任した場合(勤続35年)、「退職所得控除」は1,850万円にもなります 。これは、退職金から1,850万円を引いた残りの金額にしか税金がかからないことを意味します。

     

企業型DCは、このように経営者自身のメリットも多いため、**「経営者のメリットが多すぎてここだけじゃ伝えられない!」**とまで言われています

 

 

まとめ

 

単純な賃上げは、会社と社員の双方にとって、税金や社会保険料の負担増というジレンマを生み出します。

しかし、企業型DCという新しい福利厚生制度を導入することで、その課題を解決し、賃上げの効果を最大限に引き出すことができます。

  • 社員は、給与から天引きされるはずだった税金や社会保険料を払わずに、将来に向けた資産形成ができます。

  • 会社は、社会保険料の負担を軽減しつつ、社員の定着率や満足度を向上させることができます。

企業型DCは、社員と会社の双方にとって、そして日本の社会全体にとっても、**「WIN-WIN」**の関係を築くための非常に有効なツールです。ぜひ、この制度の導入を検討し、新しい時代の働き方を創り出していきましょう。

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