管理職が“人を見抜けない”組織のリスク ― 勘と感情で動くマネジメントが招く崩壊のシナリオ ―
杉山 晃浩
■ はじめに:人を見抜けない管理職が増えている
「評価面談をしても部下の本音が見えない」
「数字は出しているが、将来のリーダーかどうか分からない」
「“やる気がない”社員の扱いに困っている」
こうした声を、私は社労士として現場で何度も耳にしてきました。
特に中小企業では、管理職の“人を見る力”が組織の命運を分けます。
それなのに、人を正しく見抜く仕組みがない会社が圧倒的に多い。
その結果、
-
評価が曖昧で不公平感が広がる
-
優秀な人材が離職する
-
問題社員への対応が後手に回る
という負のスパイラルに陥ります。
■ 「勘と感情」で評価する上司のリスク
多くの管理職は、意識的・無意識的に“感情”で人を判断しています。
たとえば──
-
「なんとなく印象が良い」社員を高く評価する
-
「ミスが目立つ」社員を低く評価する
-
「自分と性格が合う」社員を優遇してしまう
このような主観的な評価は、チームの信頼を壊します。
そしてさらに怖いのは、こうした評価を“本人が正しいと思い込んでいる”ことです。
社労士として感じるのは、
「上司自身が“評価の仕組み”を理解していないまま人を見ている」
という現場の構造的な問題です。
■ 管理職が人を見抜けない3つの原因
① 面談が「作業」になっている
多くの企業で行われる面談は、「評価シートを埋めるための儀式」になっています。
上司は“点数をつける”ことに意識を取られ、部下の変化や感情を掘り下げる時間がありません。
結果として、
「何を考えているのか分からない」
「次のアクションが見えない」
という、関係性の断絶が生まれます。
② 観察より“印象”で判断している
部下を評価するには、事実の積み重ねが必要です。
しかし多くの上司は、日常の記録を残していません。
月末になると「今月どうだったっけ?」と思い出しながら評価シートを埋める。
これでは、評価の根拠が感覚的になるのも当然です。
③ “人材の見える化”ができていない
人を見抜くには、「情報の見える化」が不可欠です。
例えば、
-
成果(数字)
-
行動(過程)
-
意欲(姿勢)
これらを一元的に把握できる仕組みがあれば、上司の主観に頼らない評価が可能になります。
しかし多くの企業では、この3つの情報がバラバラ。
「誰が、どんな強みを持っているのか」
「どんな課題を抱えているのか」
が、上司ですら分からない。
これが、“人を見抜けない組織”の正体です。
■ 人を見抜く管理職が持っている3つの視点
① 「成果」だけでなく「成長」を見る
人を評価するうえで大切なのは、結果よりもプロセスを見抜く力です。
例えば、
-
どんな工夫をしたのか
-
失敗から何を学んだのか
-
周囲にどんな影響を与えたのか
これらを拾える上司は、部下の“伸びしろ”を正確に捉えます。
② 行動より「価値観」を見抜く
「この人は、なぜその行動を取ったのか?」を問える上司は強いです。
同じ行動でも、背景にある価値観が違えば意味も違う。
例:
-
自主的に行動した → 自分の成果を高めたい(個人主義)
-
自主的に行動した → チームを助けたい(協調志向)
ここを見誤ると、“間違った人”をリーダーにしてしまいます。
③ 「現状」よりも「未来」を見る
優秀な上司ほど、評価を“今”ではなく“これから”で判断します。
「この社員は3年後にどう成長するか?」
「次のステージで力を発揮できるか?」
将来視点で人を見られる組織は、採用・育成・配置の精度が格段に上がります。
■ “人を見る力”を鍛える3つの実践法
① 1on1面談の「構造化」
感情ではなく“構造”で対話する。
たとえば、面談の目的を「気づき」「目標」「支援」に整理し、
各テーマを10分ずつ話すだけでも効果があります。
社労士としては、記録フォーマットを共通化するだけで、
全社員の傾向分析ができるようになります。
② 行動記録を“データ化”する
Excelやクラウドツールを使い、
社員の「行動・成果・学び」を簡単に記録。
管理職は“感覚”ではなく“データ”で部下を見ることができます。
こうした取り組みを定着させると、評価会議の精度が劇的に向上します。
③ 「経営人財会議」で情報を共有する
経営層・人事・現場管理職が一堂に会し、
社員の成長や課題を共有する場をつくる。
これが、人を見抜く力を組織的に育てる最短ルートです。
経営人財会議では、単なる評価ではなく、
「この社員をどう育てたいか」「どのポジションに向いているか」
といった未来志向の議論が行われます。
このプロセスが、管理職の“人を見る目”を育てるのです。
■ 社労士が果たすべき「マネジメント支援」の新領域
社労士の仕事は、もはや就業規則の整備だけではありません。
これからは「管理職を育てる社労士」が求められます。
-
面談制度の設計
-
管理職研修の実施
-
経営人財会議の運営支援
こうした支援は、“人事制度の運用段階”に価値を出す仕事です。
社労士が間に入ることで、評価と労務の両面から組織を守ることができます。
■ まとめ:人を見抜ける組織が、強い組織になる
人を見抜く力は、管理職の“才能”ではありません。
仕組みと習慣で育てられる「組織の能力」です。
その基礎になるのが、
-
観察
-
対話
-
記録
そして、 -
経営層を巻き込んだ共有の場(経営人財会議)です。
感情ではなく、根拠で人を見る。
属人的ではなく、仕組みで人を育てる。
これが、離職を防ぎ、成長を生む「見える化経営」の第一歩です。