社労士として見過ごせない 企業型DCを“制度操作”として売る人たちの話

杉山 晃浩

はじめに|なぜ社労士が「見過ごせない」のか

企業型DC(企業型確定拠出年金)は、本来とても健全な制度です。
中小企業にとっては、賃上げ以外の選択肢として、また将来不安に備える制度として、正しく使えば大きな力を発揮します。

しかし最近、社労士として強い違和感を覚える場面が増えてきました。
それは、企業型DCが「制度としてどうあるべきか」ではなく、「どう操作すれば得か」という文脈で語られている場面です。

制度は、抜け道を探すためのものではありません。
とくに労務制度は、経営者が説明責任を負う仕組みです。

この点が軽視されたまま導入される企業型DCを、
社労士として、私は見過ごすことができません。


第1章|「制度操作」という言葉が意味するもの

ここでいう「制度操作」とは、違法行為を指しているわけではありません。
もっと厄介なのは、形式上は整っているが、制度の趣旨から外れている設計です。

・書類はある
・規程も整っている
・一見、問題はなさそう

しかし、
「なぜその設計なのか?」
「社員にどう説明するのか?」
と問われたとき、説明が成り立たない。

この状態こそが、制度操作の本質です。

制度を「使う」のではなく、「いじる」。
この発想が入り込んだ瞬間、企業型DCは経営の武器ではなく、将来の火種になります。


第2章|現場で実際に聞いた“制度操作的”な説明

就業規則と意見書を「通行証」のように扱う説明

「この就業規則にして、従業員代表の意見書をもらえば大丈夫です」

この説明を聞いて、違和感を覚えない経営者は少なくありません。
なぜなら、「ちゃんと手続きを踏んでいる」ように聞こえるからです。

しかし、就業規則や意見書は、
内容の妥当性を保証する免罪符ではありません。

就業規則は、会社のルールを明確にするためのもの。
意見書は、そのルールについて意見を聞いたという事実を残すものです。

「もらえばOK」という発想そのものが、
すでに制度の趣旨から外れています。


標準報酬月額を意識した“時期操作”の話

もう一つ、注意が必要なのが、
「時期」を強調した説明です。

制度設計の結果として報酬構造が変わることと、
特定の時期を狙って操作することは、まったく別物です。

行政が見るのは、
「結果」ではなく「意図」です。

説明できない意図を含んだ制度は、
いずれ必ず、説明を求められます。

そのときに答えるのは、販売者ではありません。
経営者自身です。


「形式さえ整えばOK」という発想の危うさ

制度操作的な説明に共通しているのが、
形式主義です。

・書類があればいい
・規程があればいい
・前例があるから大丈夫

しかし、労務の世界では、
「実態」が最終的に問われます。

形式を整えることと、
制度として健全であることは、イコールではありません。


第3章|「脱法ではない」が免罪符になるとき

よく聞く言葉があります。

「違法ではありません」

確かに、その通りかもしれません。
しかし、経営判断として重要なのは、そこではありません。

・将来、説明できますか
・担当者が変わっても通用しますか
・社員から質問されたとき、胸を張れますか

「脱法ではない」ことと、
「経営として安全である」ことは、まったく別です。

制度をギリギリまで攻める発想は、
経営を強くするどころか、弱くします。


第4章|企業型DCは「設計思想」で価値が決まる

企業型DCの価値は、
どんな設計思想で導入されたかで決まります。

・社員に何を伝えたいのか
・どんな会社でありたいのか
・どれくらい長く使う制度なのか

ここが整理されていないまま導入すると、
制度は必ず歪みます。

制度は、短期的なテクニックではなく、
長期的な経営メッセージです。


第5章|安全な企業型DCに共通する3つの条件

これまで多くの現場を見てきて、
「これは大丈夫だ」と言える制度には、共通点があります。

1つ目は、
就業規則や賃金制度と自然につながっていること。

2つ目は、
誰が説明しても、内容がブレないこと。

3つ目は、
5年後も同じ説明ができること。

逆に言えば、
今は説明できても、将来説明できない制度は、導入すべきではありません。


第6章|なぜ社労士が関与する必要があるのか

企業型DCは、金融商品ではありません。
労務制度そのものです。

賃金、評価、社会保険、就業規則。
これらを横断して初めて、制度として成立します。

どれか一つの視点だけで設計されたDCは、
必ずどこかで無理が出ます。

社労士が関与する意味は、
「売るため」ではなく、
壊れない制度にするためです。


第7章|経営者が持つべき、たった一つの判断基準

もし、企業型DCの導入を検討していて迷ったら、
この質問をしてください。

「それ、誰が責任を取りますか?」

販売者が取ってくれるでしょうか。
制度を勧めた人が、5年後もそこにいるでしょうか。

最終的に説明責任を負うのは、
常に経営者です。


おわりに|制度は“操作”するものではなく“育てる”もの

企業型DCは、
正しく使えば、採用や定着を支える経営インフラになります。

しかし、
「操作する対象」になった瞬間、
その制度は企業の足を引っ張ります。

制度は、いじるものではありません。
育てるものです。

社労士として、
私はこれからも、この視点で警鐘を鳴らし続けます。
中小企業が、制度で傷つかないために。

 

 

 

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