有給休暇を「退職前にまとめて取りたい」と言われたら?会社が拒否する前に確認すべきこと

杉山 晃浩

「退職するので、残っている有給休暇を全部使わせてください」

社員から突然、このように言われたら、経営者や上司はどう感じるでしょうか。

「引継ぎが終わっていないのに、休まれたら困る」

「辞める社員に、そこまで認めなければならないのか」

「会社には有給休暇の日を変更する権利があるはずだ」

そう考えるのも無理はありません。

特に、中小企業では一人の社員が複数の業務を担当しています。その人しか分からない仕事を抱えたまま、退職日まで有給休暇を取得されると、残された社員や取引先に大きな影響が出ることがあります。

しかし、ここで感情的に、

「引継ぎが終わるまで有給休暇は認めない」

「退職する人に有給休暇は使わせない」

「そんな辞め方をするなら、円満退職とは認めない」

などと答えるのは危険です。

退職前であっても、社員が在籍している期間は年次有給休暇を取得する権利があります。

会社側の対応を間違えると、労働基準監督署への相談、未払い賃金の請求、退職者との紛争につながる可能性があります。

今回は、社員から「退職前に有給休暇をまとめて取りたい」と言われた場合に、会社が確認すべきことと、トラブルを防ぐための対応方法をわかりやすく解説します。

退職前でも有給休暇は取得できる

最初に押さえておきたいのは、退職予定者であっても、退職日までは会社に在籍しているということです。

在籍中であり、有給休暇の残日数があるなら、原則として年次有給休暇を取得できます。

例えば、退職日が9月30日で、最終出勤日を9月10日とし、9月11日から30日まで残っている有給休暇を取得するケースです。

この場合、有給休暇を取得している期間も、9月30日までは会社に在籍しています。

9月10日が最終出勤日だからといって、その翌日に退職したことになるわけではありません。

会社は、次の3つの日を区別して管理する必要があります。

  • 最後に実際の勤務をする「最終出勤日」
  • 年次有給休暇を取得する期間
  • 雇用契約が終了する「退職日」

社会保険の資格喪失日や離職票、退職証明書などの手続も、原則として最終出勤日ではなく退職日を基準に進めます。

有給休暇の申出を受けたら、まず「最終出勤日」と「退職日」を分けて確認してください。

会社には「時季変更権」があるのでは?

年次有給休暇は、原則として社員が希望した日に与えなければなりません。

ただし、その日に有給休暇を取得されると事業の正常な運営を妨げる場合、会社は別の日に変更することができます。

これを「時季変更権」といいます。

例えば、多くの社員が同じ日に有給休暇を申請し、全員を休ませると業務が成り立たない場合などです。

しかし、時季変更権は、有給休暇を拒否する権利ではありません。

あくまで、

「その日は難しいので、別の日に取得してください」

と取得日を変更する権利です。

そして、退職前の有給休暇では、この「別の日」が残されていないことがあります。

例えば、社員が9月30日に退職し、9月11日から30日までのすべての所定労働日について有給休暇を申請したとします。

会社が、

「9月11日からの有給休暇は困るので、10月に変更してください」

と言っても、その社員は9月30日で退職します。退職後の10月に年次有給休暇を取得させることはできません。

退職日までに変更できる別の所定労働日がなければ、会社が時季変更権を行使する余地は、事実上なくなります。

沖縄労働局も、退職予定者について、退職期日以降に取得時季を変更することはできないため、請求どおり年次有給休暇を与えなければならないと説明しています。

つまり、

「会社には時季変更権があるから、退職前の有給休暇を認めるかどうかは会社が決められる」

という理解は正しくありません。

時季変更権は、退職前の有給休暇を一方的に取り消すための制度ではないのです。

引継ぎが終わっていなくても拒否できないのか

経営者が最も困るのは、引継ぎが終わっていない状態で有給休暇を申請された場合でしょう。

会社としては、取引先への連絡、顧客情報の整理、進行中の仕事の説明、データや備品の返却などを終わらせてもらわなければなりません。

しかし、

「引継ぎが終わっていないから、有給休暇は認めない」

と単純に考えることはできません。

引継ぎの必要性と、年次有給休暇を取得する権利は、分けて考える必要があります。

会社が行うべきことは、最初から拒否することではなく、まず次の内容を確認することです。

  • 退職日までに何日間の出勤日が残っているか
  • 有給休暇の取得開始希望日はいつか
  • 有給休暇の残日数は何日か
  • 引継ぎが必要な業務は何か
  • 誰に引き継ぐのか
  • 文書やデータで引き継げる業務はないか
  • 出勤して説明しなければならない業務は何か
  • 会社から貸与した物品や情報をいつ返却するか

そのうえで、本人と現実的な引継ぎ方法を話し合います。

例えば、

  • 有給休暇に入る前に優先業務だけ引き継ぐ
  • 引継書を作成してもらう
  • 重要な取引先だけ後任者と一緒に訪問する
  • データの保存場所やパスワード管理方法を整理する
  • 有給休暇の開始日を双方の合意で数日調整する
  • 双方が納得できる場合に限り、退職日を変更する

といった方法が考えられます。

大切なのは「有給休暇を認める代わりに引継ぎをしなさい」と交換条件のように扱わないことです。

年次有給休暇の取得と、社員として求める引継ぎへの協力は、別々に整理して話し合いましょう。

退職日を会社が一方的に延ばしてよいのか

「有給休暇を全部使いたいなら、退職日を延ばしてください」

このような提案をすること自体が、直ちに問題になるわけではありません。

本人も同意しているのであれば、退職日を変更し、引継ぎ期間と有給休暇の取得期間を確保することは可能です。

しかし、会社が一方的に退職日を延長することは避けなければなりません。

退職日の変更には、原則として本人との合意が必要です。

本人がすでに次の勤務先への入社日を決めている場合、会社の都合だけで退職日を延ばすことは難しいでしょう。

退職日を変更する場合は、口頭だけで済ませず、変更後の退職日を記載した書面を作成することをおすすめします。

退職届を差し替えるのか、退職日変更の合意書を作るのかなど、記録が残る形にしておきましょう。

まず確認すべきは「本当の有給残日数」

社員から、

「有給休暇が20日残っているので、全部使います」

と言われても、本人の申告だけで処理するのは適切ではありません。

会社は年次有給休暇管理簿などで、正しい残日数を確認する必要があります。

確認する項目は、次のとおりです。

  • 年次有給休暇の付与日
  • 今回付与された日数
  • 前年度からの繰越日数
  • これまでに取得した日数
  • 半日単位や時間単位で取得した分
  • すでに時効で消滅した日数
  • 会社が計画的付与した日数

年次有給休暇の権利は、原則として付与日から2年で時効により消滅します。

また、有給休暇を取得できるのは、本人が本来働く予定だった「所定労働日」です。

土曜日、日曜日、祝日など、もともと会社が休日としている日については、年次有給休暇を使う必要はありません。

例えば、退職日まで20日あるからといって、20日分の有給休暇を使えるとは限りません。

その期間に休日が8日あれば、年次有給休暇の取得対象になるのは、原則として残りの12労働日です。

退職日までの暦日数ではなく、本人の所定労働日数で計算することが重要です。

有給休暇を欠勤扱いするとトラブルになる

退職前の有給休暇申請に納得できないからといって、会社が一方的に欠勤や無断欠勤として処理するのは危険です。

適法な年次有給休暇の取得日を欠勤扱いすると、賃金控除が発生するだけでなく、退職金や賞与、人事評価などにも影響する可能性があります。

また、

「有給休暇を使って退職した人には退職金を減額する」

「引継ぎをしなかったので、最後の給与から損害分を差し引く」

といった処理も、会社の判断だけで行うべきではありません。

本人に損害賠償上の問題があると会社が考えていたとしても、賃金から一方的に差し引いてよいとは限りません。

退職時は、次の処理が同時に発生します。

  • 最後の給与計算
  • 有給休暇取得日の賃金
  • 社会保険料の控除
  • 住民税の処理
  • 雇用保険の資格喪失
  • 離職票の発行
  • 源泉徴収票の発行
  • 退職金の計算
  • 貸与品の回収
  • 秘密情報や個人情報の返却・削除

一つの感情的な判断が、複数の手続ミスにつながることがあります。

使い切れなかった有給休暇は買い取る必要があるのか

退職日までの所定労働日数より、有給休暇の残日数のほうが多いケースもあります。

例えば、退職日までに10労働日しかないのに、有給休暇が20日残っている場合です。

この場合、原則として退職日までに取得できなかった年次有給休暇は、退職によって消滅します。

会社に対して、残った有給休暇を必ず買い取る義務があるわけではありません。

ただし、退職によって消滅する有給休暇について、会社が任意に買い取ることまで一律に禁止されているわけではありません。

買い取る場合は、

  • 就業規則等に定めがあるか
  • これまでの退職者と取り扱いが違わないか
  • 買取金額をどのように決めるか
  • 有給休暇を取得させないための買い取りになっていないか

などを確認する必要があります。

会社が有給休暇を取得させず、

「休ませない代わりにお金を払う」

という運用を通常から行うことは避けるべきです。

あくまで、退職によって消滅する日数について、会社と本人が話し合う場合の選択肢の一つと考えてください。

退職時のトラブルは、普段の管理不足から起きる

退職前に大量の有給休暇を申請されると、会社は「突然の要求」と感じます。

しかし、社員から見ると、

「これまで有給休暇を取りにくかったので、退職前に取るしかなかった」

という事情があるかもしれません。

日頃から有給休暇を取得できる職場であれば、退職時に20日、30日と残る可能性は低くなります。

会社としては、退職者への対応だけでなく、普段の有給休暇管理も見直す必要があります。

  • 有給休暇の残日数を本人へ定期的に伝えているか
  • 上司が有給休暇の申請を嫌がっていないか
  • 特定の社員しかできない仕事を放置していないか
  • 業務手順や顧客情報を共有しているか
  • 年5日の取得義務を確実に守っているか
  • 退職の申出後、すぐに引継ぎ計画を作っているか

退職前の有給休暇トラブルは、有給休暇だけの問題ではありません。

業務の属人化、引継ぎ体制、勤怠管理、上司のマネジメントなど、会社の課題がまとめて表面化したものともいえます。

無料の「会社の対応判断シート」をご用意しました

社員から退職前の有給休暇を申請されたとき、最も避けたいのは、経営者や上司がその場で感情的に答えてしまうことです。

そこで今回、会社が確認すべき内容を1シートにまとめたExcel形式の、

「退職前の有給休暇申請 会社の対応判断シート」

をご用意しました。

基本情報を入力し、12項目へ「はい・いいえ・確認中」で回答すると、現在の対応状況を自動で判定します。

シートでは、次のような内容を確認できます。

  • 有給休暇の残日数を確認したか
  • 取得希望日が退職日前か
  • 取得希望日が所定労働日か
  • 退職日後へ時季変更できないことを理解しているか
  • 引継ぎだけを理由に拒否していないか
  • 退職日の変更について本人の合意があるか
  • 有給休暇を欠勤扱いしていないか
  • 最終出勤日と退職日を区別しているか
  • 社会保険の資格喪失日を正しく理解しているか
  • 年休取得日の賃金計算を確認したか
  • 本人とのやり取りを記録しているか

社員から申出を受けた直後に使える「初動対応文例」も掲載しています。

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フォームからお申込みいただくと、登録したメールアドレスにダウンロード用URLが届きます。

届いたメールに記載されたURLを開き、ご自身で「退職前の有給休暇申請 会社の対応判断シート」をダウンロードしてください。

※メールが届かない場合は、迷惑メールフォルダもご確認ください。

正しさだけでなく、円満に終わらせる視点を

退職前の有給休暇をめぐる問題では、会社にも言い分があり、社員にも言い分があります。

会社は、仕事や取引先を守らなければなりません。

社員は、自分に残された権利を使いたいと考えています。

どちらか一方を悪者にしても、円満な解決にはつながりません。

まずは、有給休暇の残日数、取得希望日、退職日、所定労働日、引継ぎ状況を正確に確認してください。

そのうえで、

「有給休暇は絶対に認めない」

「権利だから、今日から一切出勤しない」

という対立にならないよう、現実的な引継ぎ方法を話し合うことが大切です。

退職者への最後の対応は、残る社員も見ています。

会社が法律を無視して有給休暇を拒否すれば、残った社員は、

「自分が辞めるときも同じ扱いをされるのではないか」

と不安になります。

一方で、会社が事実関係を丁寧に確認し、法的なルールを守りながら、引継ぎについて冷静に話し合えば、社員からの信頼を守ることができます。

退職は、社員との関係が終わる場面です。

だからこそ、会社の姿勢が最もよく見える場面でもあります。

社員から「退職前に有給休暇をまとめて取りたい」と言われたら、すぐに拒否も承認もせず、まずは事実関係を確認しましょう。

対応に迷う場合や、すでに本人との対立が起きている場合は、会社だけで結論を出す前に、社会保険労務士などの専門家へ相談することをおすすめします。

【参考資料】

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