企業型DCを導入しただけでは社員の資産は増えない―福利厚生として始める「金融教育」の効果

杉山 晃浩

「企業型DCを導入すれば、社員の老後資金づくりを支援できる」

確かに、そのとおりです。

企業型DC、正式には企業型確定拠出年金は、会社が用意した制度の中で、社員が自分の年金資産を積み立てて運用する仕組みです。税制上の優遇もあり、中小企業にとっては退職金制度や福利厚生を充実させる有効な選択肢になります。

しかし、制度を導入しただけで社員の資産が増えるわけではありません。

実際には、次のような状態になっている会社もあります。

「制度の説明は受けたが、よくわからない」
「生活に余裕がなく、掛金を出せない」
「運用が怖いので、とりあえず元本確保型を選んだ」
「導入時に説明会があっただけで、その後は何もない」

これでは、立派な制度があっても十分に活用されません。

企業型DCを本当の福利厚生にするためには、制度の説明だけでなく、社員が自分の家計を整え、掛金の原資をつくり、自分に合った運用方法を選べるようにする「金融教育」が必要です。

選択制企業型DCでは、掛金の原資をどうつくるかが問題になる

選択制企業型DCでは、給与とは別に会社から新しいお金が支給されるわけではありません。

社員は、これまで給与として受け取っていた金額の一部について、そのまま給与として受け取るか、企業型DCの掛金として積み立てるかを選びます。

たとえば、毎月2万円を企業型DCへ回す場合、老後資金は積み立てられますが、現在使えるお金はその分だけ少なくなります。

「将来のために積み立てたほうがよいことはわかる。でも、今の生活も苦しい」

社員がそう感じるのは当然です。

会社が「税金や社会保険料の負担が軽くなる可能性があります」と説明しただけでは、加入や掛金の増額にはつながりません。

そこで必要になるのが、掛金の原資を家計の中から見つける支援です。

ただし、これは社員へ一方的に節約を求める話ではありません。

家計を見える化し、本人が気づいていない支出や、現在の生活に合わなくなった契約を整理することで、生活水準を大きく落とさずに老後資金へ回せるお金を見つけていきます。

生命保険を見直すと、掛金の原資が生まれることがある

家計改善の中でも、効果が出やすい項目の一つが生命保険です。

若い頃に勧められるまま加入し、その後ほとんど内容を確認していない人は珍しくありません。

結婚、出産、住宅購入、子どもの独立などによって、必要な保障は変わります。それにもかかわらず、昔の契約をそのまま続けていると、現在は必要性の低い保障へ保険料を払い続けている場合があります。

たとえば、毎月3万円の保険料を払っていた社員が、必要な保障を残しながら毎月2万円まで見直せたとします。

その差額1万円を企業型DCへ回せば、現在の家計負担を大きく増やさずに老後資金を積み立てられます。

月1万円でも年間12万円です。30年間続ければ、掛金だけで360万円になります。さらに、運用によって資産が増える可能性もあります。

通信費、住宅ローン、サブスクリプション、自動車関連費などにも、見直せる支出があるかもしれません。

つまり、金融教育には「投資信託の選び方を教える」だけでなく、「積み立てるお金をどうやって生み出すか」を一緒に考える役割があるのです。

保険の見直しは「保険を減らすこと」ではない

ここで、注意しなければならないことがあります。

生命保険の見直しとは、保険料を安くすることではありません。

必要な保障を確認し、現在の契約が家族構成、収入、借入、公的保障などに合っているかを点検することです。

保険料を減らして企業型DCの掛金をつくることだけを目的にすると、万一のときに必要な保障までなくしてしまう可能性があります。

また、既存の保険を解約すると、次のような不利益が生じることがあります。

  • 解約返戻金が払込保険料を下回る
  • 予定利率の高い古い契約を失う
  • 年齢が上がったことで、新しい保険料が高くなる
  • 健康状態によって新しい保険へ加入できない
  • 免責期間や保障開始までの空白が生じる
  • 税制適格特約などのメリットを失う

そのため、「この保険をやめて、その分をDCへ回しましょう」という単純な提案は危険です。

見直す場合は、現在の保障内容、公的保障、会社の福利厚生、家族の収入、住宅ローン、必要な生活費などを確認したうえで判断しなければなりません。

会社の福利厚生として金融教育を制度化する効果

金融教育を福利厚生として継続的に実施すると、会社と社員の双方にいくつかの効果が期待できます。

まず、企業型DCへの理解が深まります。

企業型DCは、掛金を出せば自動的に資産が増える制度ではありません。社員自身が運用商品を選び、その結果によって将来受け取る金額が変わります。

厚生労働省も、企業型DCでは加入者による運用商品の選択が重要であるため、事業主による投資教育を制度上重視しています。

導入時の一度きりの説明ではなく、運用商品の特徴、リスク、手数料、長期・積立・分散の考え方などを繰り返し学べる環境が必要です。

次に、社員の家計不安を減らす効果が期待できます。

お金の不安を抱えていても、会社には相談できず、一人で悩んでいる社員は少なくありません。家計管理、保険、住宅ローン、教育費、老後資金などを整理できれば、「何が不安なのか」「何から始めればよいのか」が見えやすくなります。

金融経済教育推進機構のJ-FLECでも、社会人向けの金融教育として、家計管理、生活設計、資産形成、金融トラブル防止などを扱っています。職場内研修や福利厚生として活用できる無料講座も提供されています。

さらに、会社の採用・定着にも良い影響が期待できます。

給与額だけで大企業と競争することが難しい中小企業でも、社員の生活と将来を考える福利厚生はつくれます。

「制度を置いて終わり」ではなく、社員が使いこなせるところまで支援する会社は、従業員を大切にしているというメッセージを発信できます。

ただし、「金融教育をすれば離職率が必ず下がる」「仕事の生産性が必ず上がる」とまでは言えません。効果は会社の実施方法や社員の状況によって異なります。

だからこそ、実施後の理解度、相談件数、掛金の継続状況、社員アンケートなどを確認しながら改善することが大切です。

FPに任せれば安心、とは限らない

金融教育を行う際、ファイナンシャルプランナー、いわゆるFPの支援は有効です。

会社の人事担当者が、社員一人ひとりの家計、保険、住宅ローン、資産運用まで助言することは現実的ではありません。専門家へ任せたほうが、社員も相談しやすいでしょう。

しかし、「FPの資格を持っているから中立」とは限りません。

FPが保険会社、保険代理店、証券会社などに所属している場合、金融商品の契約によって報酬を受け取ることがあります。それ自体が悪いわけではありませんが、教育と商品の販売が混ざると、社員が不信感を持つ可能性があります。

会社は、FPへ依頼する前に、少なくとも次の点を確認する必要があります。

  • どの会社や代理店に所属しているか
  • どの金融商品を取り扱っているか
  • どこから報酬を受け取るのか
  • 金融教育の場で商品を勧誘するのか
  • 個別相談の内容を会社へ報告するのか
  • 苦情があった場合の窓口はどこか
  • 商品を契約しない社員も相談できるか

金融教育の目的は、社員に何かを買わせることではありません。

社員自身が情報を理解し、比較し、自分で選べるようにすることです。

個別相談の内容を会社へ報告させてはいけない

社員がFPへ相談すると、収入、家族構成、借入、貯蓄、保険、病歴など、非常に個人的な情報が含まれることがあります。

会社が費用を負担しているからといって、相談内容を会社へ報告させるべきではありません。

「借金があることを人事に知られるのではないか」
「保険を断ったら会社に伝わるのではないか」
「DCの掛金を増やさないと評価が下がるのではないか」

社員がこのように感じれば、相談制度は利用されません。

会社へ報告する場合は、個人を特定できない形で、相談者数、年代、相談テーマ、研修への要望などを集計する程度にとどめるべきです。

また、研修や個別相談への参加、企業型DCへの加入、掛金額、保険の見直し、金融商品の契約を、人事評価や処遇と結びつけてはいけません。

本人の自由な選択を守ることが、制度への信頼につながります。

金融教育は「年1回の投資セミナー」で終わらせない

社員が必要とするお金の知識は、年齢や生活状況によって変わります。

20代には、給与明細、社会保険、家計管理、積立の基本が役立ちます。

30代から40代には、住宅ローン、教育費、生命保険、資産形成の配分が重要になります。

50代以降は、退職金、年金、DC資産の受取方法、退職後の生活費などが現実的な課題になります。

このため、全社員へ同じ内容を一度説明して終わるのではなく、年代やライフイベントに応じて継続的に学べる仕組みが必要です。

たとえば、次のような年間計画が考えられます。

  • 入社時に企業型DCと給与制度の基本を説明する
  • 半年後に家計管理と掛金の考え方を学ぶ
  • 年1回、運用商品の確認方法を研修する
  • 希望者へFPによる個別相談を実施する
  • 50代社員へ退職後の生活設計研修を行う
  • 退職者へDC資産の移換手続きを案内する

金融教育を行事ではなく制度として運用することで、企業型DCが社員の日常に結びつきます。

無料チェックシートで、自社の金融教育を点検してください

企業型DCを導入していても、金融教育が十分でなければ、社員は制度を使いこなせません。

一方、家計改善を急ぐあまり、保険解約やDC加入を強く勧めると、社員の不利益や会社への不信につながるおそれがあります。

そこで今回、

「企業型DCを生かす 金融教育・家計改善制度チェックシート」

をご用意しました。

次の6分野、30項目をプルダウンで診断できます。

  • 制度方針・運営
  • 教育内容・継続性
  • 家計改善・掛金の原資づくり
  • FP・金融商品の中立性
  • 個人情報・社員への配慮
  • 効果測定・改善

回答すると、総合得点、達成率、分野別評価、未対応項目、優先して改善すべき内容が自動表示されます。

企業型DCを導入済みの会社だけでなく、これから金融教育を福利厚生として取り入れたい会社にもご活用いただけます。

「企業型DCを生かす 金融教育・家計改善制度チェックシート」を無料で受け取る

企業型DCは、制度を導入した日がゴールではありません。

社員が家計を理解し、無理のない掛金を決め、運用方法を自分で選び、定期的に見直せるようになったとき、初めて福利厚生として動き始めます。

「企業型DCがある会社」から、
「社員がお金の不安と向き合える会社」へ。

金融教育は、社員の将来を会社が決める制度ではありません。

社員が自分の将来を自分で決められるようにする制度なのです。

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