未払い賃金は年間128億円超――厚労省の監督指導結果から考える「うっかり賃金不払」の防ぎ方

杉山 晃浩

2026年8月21日、厚生労働省は「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和7年)」を公表しました。

発表された数字を見ると、賃金不払は一部の悪質な会社だけで起きている問題ではないことがわかります。

令和7年に全国の労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案は、次のとおりでした。

  • 件数:22,605件
  • 対象労働者数:173,016人
  • 不払金額:128億5,782万円

件数は前年より251件増えています。

さらに、労働基準監督署の指導によって使用者が賃金を支払い、令和7年中に解決されたものは21,731件。全体の96.1%です。支払われた金額は109億9,703万円にのぼります。厚生労働省「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和7年)」

この数字を見て、

「賃金を払わない会社が、まだそんなにあるのか」

と思われた経営者も多いでしょう。

しかし、今回の発表から本当に読み取るべきことは、意図的に給料を払わない会社の多さだけではありません。

会社側は正しく支払っているつもりでも、勤怠管理や給与計算のルールが間違っていたために、結果として未払い賃金が発生しているケースがあるのです。

「給料は毎月払っているから大丈夫」とは限らない

賃金不払と聞くと、給料日に給与をまったく振り込まない状況を想像するかもしれません。

もちろん、それも賃金不払です。

しかし、実務で問題になりやすいのは、給与そのものは支払っているものの、時間外労働や深夜労働などに対する割増賃金の一部が不足しているケースです。

たとえば、次のような取扱いはないでしょうか。

  • 1日の労働時間を15分単位や30分単位で切り捨てている
  • 始業前の朝礼や清掃を労働時間に入れていない
  • 終業後の日報作成や片付けを残業として扱っていない
  • 休憩中も電話番や来客対応をさせている
  • タイムカードを押した後に仕事を続けている
  • 固定残業代を払っているので、超過時間を確認していない
  • 深夜労働の割増賃金を別に計算していない
  • 管理職には残業代が必要ないと思っている
  • 振替休日と代休を同じものとして処理している
  • パートや外国人従業員には別の計算方法を使っている

ひとつでも心当たりがあれば、今回の厚生労働省の発表は他人事ではありません。

会社に悪意がなくても、計算結果が足りなければ未払い賃金です。

「昔からこの方法で計算している」

「給与計算ソフトが自動で計算している」

「従業員から文句を言われたことがない」

これらは、正しく支払っていることの証明にはなりません。

厚労省が紹介した「15分切捨て」の事例

今回公表された是正事例の一つに、自動車・同付属品製造業の事業場があります。

この事業場では、ICカードによって労働時間を管理していました。しかし、始業直前と終業直後のそれぞれ15分間について、実際に仕事をしていたかどうかにかかわらず、一律に切り捨てる処理をしていました。

この処理が会社の慣例になっていたのです。

労働基準監督署の指導を受けて過去にさかのぼって調査したところ、その15分間に実際に仕事をしていた従業員が複数確認されました。

会社は不足していた割増賃金を追加で支払い、これまでの一律切捨て処理を廃止しました。厚生労働省「監督指導結果等」

ここで注意したいのは、「1分単位で打刻しているか」という形式だけではありません。

大切なのは、実際に働いた時間を適正に把握し、その時間に応じた賃金を支払っているかどうかです。

たとえば、始業時刻が午前8時30分であっても、会社の指示で8時15分から朝礼や準備をしていれば、その時間が労働時間になる可能性があります。

制服への着替え、清掃、機械の立ち上げ、朝礼、当日の作業確認なども、会社から義務付けられている場合や、事実上参加せざるを得ない場合には、単なる従業員の自由時間とはいえません。

終業後の片付け、清掃、日報、引継ぎ、翌日の準備も同じです。

タイムカードの時刻だけを眺めるのではなく、その前後で何が行われているかまで確認する必要があります。

固定残業代を払えば、何時間働かせてもよいわけではない

もう一つの是正事例は、建設資材等の卸売業です。

この会社では、月20時間分の固定残業代を支払っていました。また、出退勤時刻や時間外労働の状況も把握していました。

ところが、「固定残業代を支払っているから」という理由で、20時間を超えた残業時間を確認せず、超過分の割増賃金を支払っていませんでした。深夜労働に対する割増賃金も支払われていませんでした。

労働基準監督署の指導後、会社は過去の時間外労働と深夜労働を調査し、不足額を再計算して支払っています。厚生労働省「監督指導結果等」

固定残業代は、「残業代を払わなくてもよくなる制度」ではありません。

あらかじめ一定時間分の残業代を支払う方法にすぎません。

そのため、少なくとも次の点を確認する必要があります。

  • 基本給に当たる部分と固定残業代に当たる部分が分けられているか
  • 固定残業代が何時間分なのか明確になっているか
  • 雇用契約書、就業規則、給与明細の内容が一致しているか
  • 固定時間を超えた場合に差額を追加支給しているか
  • 深夜労働や休日労働の割増分を正しく計算しているか
  • 固定残業代を導入した後も実際の労働時間を把握しているか

固定残業代という名前の手当を給与明細に載せるだけでは不十分です。

制度の設計と実際の運用が合っていなければ、支払ったつもりの手当が、法律上の残業代として認められない可能性もあります。

「残業は申請制だから払わない」も危険です

中小企業でよく見られるのが、残業の事前申請制度です。

事前申請制度そのものが悪いわけではありません。不要な残業を減らし、長時間労働を防ぐためには有効な方法です。

ただし、

「申請していないから残業代を払わない」

という運用には注意が必要です。

上司が残業していることを知っていた、残業しなければ終わらない仕事量を与えていた、提出された日報やメールの送信時刻から残業がわかっていた――。

このような事情があれば、申請がなくても会社が時間外労働を認識していたと判断される可能性があります。

残業の申請ルールを守らなかったことへの指導と、実際に働いた時間に対する賃金の支払いは、分けて考えなければなりません。

申請をしなかった従業員にルールを守るよう指導することはできます。しかし、実際に働いた時間まで消えるわけではないのです。

労基署の調査では「会社の説明」より「客観的な記録」が見られる

労働基準監督署の調査では、会社の就業規則や給与台帳だけが確認されるわけではありません。

必要に応じて、次のような資料から実際の労働時間が確認されます。

  • タイムカードや勤怠システム
  • 入退館記録
  • パソコンの使用記録
  • メールや業務チャットの送信時刻
  • 日報、作業報告書、運転日報
  • 警備システムの記録
  • シフト表や業務予定表
  • 従業員や管理職への聞き取り
  • 給与明細や賃金台帳
  • 雇用契約書や就業規則

会社が作成した勤怠記録と、パソコンの使用時刻などに大きな差があれば、その理由を説明できなければなりません。

「本人が勝手に残っていただけです」という説明も、その時間に業務メールを送っていたり、上司が仕事の成果物を受け取っていたりすれば、簡単には通らないでしょう。

勤怠システムを導入しているだけで安心するのではなく、システムに記録された時刻と現場の実態が合っているかを定期的に確認することが大切です。

商業、製造業、保健衛生業、建設業でも多数発生

令和7年の賃金不払事案を業種別に見ると、件数が多かったのは次の業種です。

  • 商業:4,701件
  • 製造業:4,370件
  • 保健衛生業:3,620件
  • 接客娯楽業:2,813件
  • 建設業:2,290件

特定の業種だけの問題ではありませんが、勤務時間が不規則になりやすい業種、シフト勤務が多い業種、現場への直行直帰がある業種、始業前の準備や終業後の片付けが多い業種では、労働時間の把握が難しくなる傾向があります。厚生労働省「監督指導結果等」

特に建設業では、会社への出勤、現場への移動、朝礼、資材の積込み、作業後の片付け、会社へ戻ってからの日報作成など、どこからどこまでを労働時間としているかを整理する必要があります。

医療・介護の現場でも、始業前の申し送り、制服への着替え、休憩中の電話対応、研修や委員会活動などが問題になりやすいところです。

業界の慣習が、そのまま適法な運用を意味するわけではありません。

指導を受けてから調べると、負担は一気に大きくなる

今回の厚生労働省の発表では、監督指導によって167,828人に賃金が支払われています。

一人当たりの不足額が小さくても、対象者が多く、対象期間が長くなると、会社が支払う金額は膨らみます。

さらに、負担は未払い賃金の支払いだけではありません。

過去の勤怠記録を集め、従業員への聞き取りを行い、一人ずつ不足額を再計算し、給与明細や振込データを作り、労働基準監督署へ報告する作業が必要になります。

その間も通常の給与計算や人事労務業務は続きます。

従業員への説明を誤れば、「ほかにも払われていないものがあるのではないか」という不信感が広がることもあります。退職者から請求を受けたり、採用活動や会社の評判に影響したりする可能性も否定できません。

問題が小さいうちに自社で点検するほうが、金銭面でも労力面でもはるかに負担を抑えられます。

まずは「払っているつもり」を点検してください

未払い賃金を防ぐために、最初から大がかりな制度変更をする必要はありません。

まず確認していただきたいのは、次の4点です。

  1. 就業規則や雇用契約書に何と書いてあるか
  2. 勤怠システムをどのように設定しているか
  3. 給与計算でどの時間と手当を使っているか
  4. 実際の職場で従業員がどのように働いているか

この4つが一致していることが重要です。

立派な就業規則があっても、現場が違う動きをしていれば不十分です。勤怠システムが正確でも、打刻前後に仕事をさせていれば問題は残ります。

反対に、現場では正しく管理していても、固定残業代の記載や給与計算の設定が間違っていれば、不足が発生することがあります。

人事担当者だけで確認するのではなく、経営者、現場責任者、給与計算担当者が一緒に点検することをおすすめします。

無料プレゼント「未払い賃金リスク診断シート」

今回の厚生労働省の発表を受けて、自社の未払い賃金リスクを簡単に確認できるExcelシートを作成しました。

「労基署の監督指導に備える 未払い賃金リスク診断シート」

次のような項目を、プルダウン形式で確認できます。

  • 労働時間の切捨て
  • 始業前・終業後の作業
  • 休憩中の電話番や来客対応
  • 持ち帰り仕事や業務チャット
  • 固定残業代と超過分の支払い
  • 深夜・休日労働の割増賃金
  • 振替休日と代休
  • 最低賃金
  • 管理職の残業代
  • パート・契約社員・外国人従業員の取扱い
  • 勤怠記録と給与計算のチェック体制

回答するとリスク点数と総合判定が自動表示され、優先して見直す項目も確認できます。

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監督署から連絡が来る前に確認することが重要です

厚生労働省は、今後も賃金不払事案の解消に向けて監督指導を徹底するとしています。

今回の発表を「悪い会社が指導されたニュース」として読み流してはいけません。

賃金不払は、経営者の悪意ではなく、古い社内慣行、給与ソフトの設定、固定残業代への誤解、現場と人事担当者の認識のズレからも発生します。

だからこそ怖いのです。

経営者が「きちんと払っている」と信じている間にも、不足額が毎月少しずつ積み上がっている可能性があります。

診断シートで不安な項目が見つかった場合は、慌てて従業員へ説明したり、自己流で過去の賃金を計算したりする前にご相談ください。

どの従業員を対象にするのか、どの期間まで確認するのか、どの記録を使うのか、追加支給が必要か、今後どのように再発を防ぐのかを整理する必要があります。

オフィススギヤマグループでは、就業規則、勤怠管理、固定残業代、給与計算、労働時間制度などを総合的に確認し、中小企業の実態に合わせた改善を支援しています。

未払い賃金は、発覚してから処理するより、発生する仕組みを先に直すほうがはるかに安全です。

今回の厚生労働省の発表を、自社の労務管理を見直すきっかけにしてください。

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