【熊本地震・緊急特別編】「災害だから解雇できる」は危険です―休業手当・解雇・残業で会社が間違えやすい判断
杉山 晃浩
令和8年熊本地震の発生から、約1カ月が経過しました。
被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。また、復旧作業、生活支援、医療、物流などに携わっている皆様に、深く敬意を表します。
発災直後は、社員の安否確認や避難、建物の安全確認、停電・断水への対応が優先されました。しかし、1カ月が経過した現在、企業によって状況の違いがはっきりしてきています。
営業を再開できた会社、一部の業務だけ再開した会社、設備の復旧を待っている会社、取引先や物流の停止によって売上の見通しが立たない会社。そして残念ながら、事業の継続そのものが難しいと判断せざるを得ない会社もあるでしょう。
経営者にとって、社員の雇用を守りたいという思いがあっても、資金には限界があります。
「いつまで休業を続けるのか」
「休業手当をどこまで支払えるのか」
「復旧作業で残業が増えているが問題ないのか」
「事業を続けられない場合、社員を解雇できるのか」
こうした重い判断を、先送りできない時期に入っています。
だからこそ注意していただきたいのが、次の考え方です。
地震という天災が原因なのだから、休業手当を払わず、解雇予告もしないで社員を解雇できる。
この判断は非常に危険です。
災害が発生したからといって、労働法が自動的に停止するわけではありません。
「経営上、続けられない」と「法律上、継続不可能」は同じではない
厚生労働省は、令和8年熊本地震を受けて、休業、解雇、災害時の時間外労働などに関するQ&Aを公表しました。現在は、2026年8月25日に更新された内容が公開されています。
このQ&Aでは、法令上の義務について、個別の事情を総合的に考えて判断する必要があると明記されています。厚生労働省「令和8年熊本地震に伴う労働基準法や労働契約法等に関するQ&A」
ここで経営者に知っていただきたいのが、「事業を続けるのが厳しい」という経営判断と、労働基準法上の「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能」という状態は、必ずしも同じではないことです。
たとえば、次のような事情だけでは、直ちに法律上の例外が認められるとは限りません。
- 主要な取引先が被災した
- 材料や商品が入荷しない
- 道路や鉄道が使えない
- 客数が大幅に減少した
- 売上が落ち込み、赤字になった
- 今後の受注が見込めない
これらは、経営上は極めて深刻な問題です。しかし、解雇制限や解雇予告の例外に当たるかどうかは、さらに厳しく検討されます。
取引先への依存度、他の仕入先を利用できないか、別の輸送経路がないか、事業の一部だけでも継続できないか、災害からどれだけの期間が経過したかなどが確認されます。
つまり会社には、「ほかの方法を探したが、それでも事業を続けられなかった」と説明できる資料が必要なのです。
自社が直接被災していなくても休業手当が不要とは限らない
社員を休ませる場合、最初に問題になるのが休業手当です。
労働基準法第26条では、会社側の責任によって社員を休業させた場合、平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければならないと定めています。
一方、災害などの不可抗力による休業であれば、労働基準法上の休業手当が不要となる場合があります。
ただし、「地震が発生した」というだけで、すべての休業が不可抗力になるわけではありません。
厚生労働省のQ&Aでは、不可抗力といえるためには、次の二つを満たす必要があると説明しています。
- 原因が会社の外部から発生したものであること
- 通常の経営者として最大限の注意を尽くしても避けられなかったこと
会社の建物や設備が地震で直接壊れ、安全に営業できない場合は、不可抗力と判断される可能性があります。
しかし、会社の施設には被害がなく、取引先や道路の被災によって材料が入らない場合には、代替の仕入先や輸送手段、他の業務への変更などが可能であったかも検討されます。
発災直後は代替手段を確保できなかったとしても、1カ月後も同じ説明で足りるとは限りません。
時間が経過するほど、会社がどのような復旧努力や代替手段の調査を行ったかが重要になります。
法律上の休業手当が不要でも、何も払わなくてよいとは限らない
もう一つ注意したいのが、就業規則、雇用契約、労働協約やこれまでの社内慣行です。
会社によっては、天災などによる休業についても一定の賃金や手当を支払うことを就業規則に定めている場合があります。
また、過去の台風や災害による休業時に、会社が賃金を支払ってきたこともあるでしょう。
このような会社が、今回だけ突然「災害なので一切支払いません」と変更すると、労働条件の不利益変更が問題になる可能性があります。
労働基準法第26条の休業手当が必要かという問題と、就業規則や雇用契約に基づく賃金・手当を支払う必要があるかという問題は、分けて考えなければなりません。
「不可抗力だから休業手当は不要」と判断する前に、就業規則、賃金規程、雇用契約書と、過去の取扱いを確認してください。
有給休暇を一方的に使わせることもできません
休業手当の負担を避けるために、社員の年次有給休暇を使わせようとする会社があります。
しかし、年次有給休暇は、原則として社員本人が取得日を指定して請求する制度です。
会社が一方的に「休業日は有給休暇にします」と処理することはできません。
社員が自分の意思で有給休暇を申請することは可能ですが、会社が休業手当を払わないために申請を強要すれば、後からトラブルになるおそれがあります。
労使協定に基づく年次有給休暇の計画的付与についても、制度を事後的に都合よく使えるわけではありません。
休業、欠勤、年次有給休暇、会社独自の特別休暇は、それぞれ別の制度です。社員への説明でも、言葉を混同しないことが重要です。
「災害だから即時解雇できる」は大きな誤解
事業継続が難しくなった会社にとって、最も深刻なのが解雇の問題です。
労働基準法では、業務上のケガや病気で療養のために休業している期間とその後30日間、産前産後休業期間とその後30日間について、原則として解雇を制限しています。
また、社員を解雇する場合は、原則として少なくとも30日前に予告するか、不足する日数分の解雇予告手当を支払わなければなりません。
「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能」と認められ、労働基準監督署長の認定を受けた場合などには例外があります。
しかし、取引先や道路が被災したという間接的な影響による解雇について、厚生労働省は、原則としてこの例外には当たらないとしています。
例外的に該当する可能性があるとしても、取引先への依存度、輸送経路、代替手段、災害発生からの期間などを総合的に考え、本当に避けられなかったかが判断されます。
発災から1カ月が経過したから、自動的に「事業継続不可能」になるわけでもありません。反対に、1カ月待ったから解雇が認められるわけでもありません。
必要なのは、経過した日数ではなく、その期間に会社が何を確認し、どのような手を尽くしたかです。
解雇予告をすれば、解雇が有効になるわけではない
ここは特に誤解されやすいところです。
30日前に予告した、または30日分の解雇予告手当を支払ったからといって、解雇が必ず有効になるわけではありません。
解雇予告の問題とは別に、労働契約法第16条による解雇の有効性が問われます。客観的に合理的な理由がなく、社会的に見て相当でない解雇は無効となります。
災害による経営悪化を理由とする人員削減では、一般に次のような事情が問題になります。
- 人員削減が本当に必要なのか
- 休業や配置転換など、解雇を避ける努力をしたか
- 解雇する社員の選び方に合理性があるか
- 社員へ事情を説明し、誠実に協議したか
役員報酬や経費の見直しをせず、利用できる支援制度も調べず、社員への説明もないまま解雇した場合、会社の判断が厳しく見られる可能性があります。
事業継続が困難な会社ほど、結論を急ぐ前に、経営資料と労務資料の両方を整理する必要があります。
雇用調整助成金の特例も確認する
厚生労働省は、令和8年熊本地震による経済上の理由で事業活動の縮小を余儀なくされた事業主に対して、雇用調整助成金の特例措置を実施しています。
今回の特例は、熊本県内だけでなく、地震に伴う経済上の影響を受けた全国の事業主が対象となり得ます。ただし、一部の特例は熊本県内の事業所に限られるため、要件の確認が必要です。
たとえば、取引先の被災による受注減少、交通手段の途絶による従業員の出勤困難、風評被害による観光客の減少などが、経済上の理由として想定されています。厚生労働省「令和8年熊本地震に伴う雇用調整助成金の特例」
なお、休業手当の支払義務があるかどうかと、雇用調整助成金を利用できるかどうかは、同じ判断ではありません。
「休業手当が法的に必要ないと思うから助成金も使えない」と、自社だけで判断しないでください。
解雇を検討する前に、労働局やハローワーク、社会保険労務士へ確認することが重要です。
復旧作業なら残業の上限がなくなるわけではない
災害後は、設備の修理、がれきの撤去、物流の回復、ライフラインの復旧、被災者の救護などにより、通常を大きく超える仕事が発生します。
労働基準法第33条には、災害など避けられない理由によって臨時の必要がある場合に、行政官庁の許可を受けて時間外・休日労働をさせる仕組みがあります。緊急で許可を受ける時間がない場合は、事後の届出が必要です。
しかし、災害に関係する仕事なら何でも第33条を使えるわけではありません。
災害直後に十分な営業ができなかったため、後から注文が集中したという通常業務の増加は、当然に「災害による臨時の必要」と認められるものではありません。
また、第33条の対象になったとしても、割増賃金の支払いが不要になるわけではありません。
長時間労働によって社員が倒れてしまえば、復旧どころではありません。会社には、労働時間の記録、休憩・休日の確保、健康状態の確認など、安全への配慮も求められます。
「災害対応だから仕方がない」で済ませず、36協定の範囲、第33条の手続、割増賃金、安全配慮を分けて確認してください。
無料チェックシートで、発災1カ月後の判断を整理してください
今回、経営者と人事担当者向けに、
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建物や設備の復旧だけでなく、取引先への依存、代替の仕入先や輸送経路、資金繰り、雇用維持策、休業手当、解雇制限、解雇予告、残業、安全衛生など21項目を確認できます。
プルダウンで回答すると、「確認済」「追加確認」「専門家相談」が自動表示されます。
ただし、このチェックシートは、事業継続の可否、休業手当の要否、解雇の有効性を自動判定するものではありません。
被害状況、資金繰り、取引先への依存度、就業規則、雇用契約などは会社ごとに異なります。必ず個別に専門家と協議してください。
無料プレゼントは、次のフォームからお申し込みいただけます。
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苦しいときほど、判断の順番を間違えないでください
災害から1カ月が経過し、経営者には厳しい決断が求められています。
雇用を守りたくても、事業そのものが立ち行かなければ、会社も社員も守れません。事業の縮小や人員削減を検討すること自体が、直ちに間違いというわけではありません。
しかし、苦しい状況だからこそ、判断の順番が重要です。
まず被害と復旧見込みを確認する。次に代替手段と支援制度を探す。休業や配置転換による雇用維持を検討する。そのうえで、それでも事業を続けられない場合に、必要な手続と説明を行う。
この順番を飛ばして、「災害だから仕方がない」と結論を急げば、後から未払い賃金や不当解雇をめぐる争いが起きる可能性があります。
災害対応は、社長一人で抱え込む問題ではありません。
オフィススギヤマグループでは、休業手当、就業規則、雇用調整助成金、労働時間管理、人員削減の手順などを整理し、会社の状況に合った対応を一緒に検討します。
すでに社員を休業させている会社、事業再開の見通しが立たない会社、今後の雇用維持に不安がある会社は、解雇や賃金の取扱いを社員へ通知する前にご相談ください。
発災後の混乱が落ち着き始めた今こそ、経営判断と労務判断を分けずに整理しておきましょう。