失敗しない企業型DC導入マニュアル1

杉山 晃浩

1. はじめに:なぜ今、選択制企業型DCでトラブルが?

近年、企業の福利厚生制度の中でも、従業員の老後資金形成を支援する企業型確定拠出年金(企業型DC)が注目を集めています。特に、従業員が自身のライフスタイルや経済状況に合わせて掛金を拠出するかどうかを選択できる「選択制企業型DC」は、その柔軟性から導入企業が増加の一途を辿っています。この制度は、従業員にとっては税制優遇を受けながら老後資金を準備できる魅力的な選択肢であり、企業にとっても従業員の満足度向上や人材確保に繋がる有効な手段として期待されています。

しかし、この選択制企業型DCの導入と運用をめぐり、トラブルが顕在化し始めているのも事実です。制度の複雑さや専門性の高さから、十分な知識を持たない専門家が関与することで、思わぬ落とし穴が生じているのです。では、なぜ今、選択制企業型DCでトラブルが多発しているのでしょうか。

選択制企業型DCとは?制度の概要とメリット

選択制企業型DCとは、企業が導入するDC制度の一種であり、従業員が給与の一部を掛金として拠出するか、従来通り給与として受け取るかを選択できる制度です。従業員が拠出した掛金は、自身で選んだ運用商品で運用され、その運用成果が将来の受取額に反映されます。この制度の最大のメリットは、何と言っても税制上の優遇措置です。掛金拠出時、運用時、そして受取時と、各段階で税制上のメリットを享受できるため、効率的な資産形成が可能です。また、従業員は自身のライフプランやリスク許容度に合わせて運用商品を選択できるため、より主体的な老後資金の準備が可能となります。

企業にとっても、選択制企業型DCの導入は多くのメリットをもたらします。従業員の福利厚生の充実、人材の定着促進、企業年金制度の導入コスト削減、そして従業員の投資リテラシー向上への貢献などが挙げられます。このように、企業と従業員双方にメリットがあることから、選択制企業型DCは導入企業を増やし続けています。

制度導入の背景にある企業のニーズと従業員の期待

企業が選択制企業型DCを導入する背景には、従業員の老後不安の解消、多様な働き方への対応、福利厚生制度の充実、そして人材獲得・定着といった、切実なニーズが存在します。少子高齢化が進む現代社会において、従業員の老後資金に対する不安は増大しており、企業は従業員が安心して働ける環境を提供することが求められています。また、働き方の多様化が進む中で、従業員一人ひとりのニーズに合わせた柔軟な福利厚生制度の提供が、企業の競争力を高める上で不可欠となっています。

一方、従業員は選択制企業型DCに対して、老後資金の確保、税制優遇による手取り額の増加、資産運用の知識向上、そして将来設計の選択肢の拡大といった、具体的な期待を抱いています。特に、将来の年金受給額に対する不安や、自身の資産運用能力を高めたいというニーズは、若い世代を中心に高まっています。

このように、企業と従業員のニーズが一致することで、選択制企業型DCの導入は加速していますが、制度の複雑さゆえに、専門的な知識と経験が不可欠となります。

社労士以外の専門家が関わることによるリスクの顕在化

選択制企業型DCは、税制、社会保険、労働法など、多岐にわたる専門知識が求められる制度です。そのため、制度の設計、導入、運営には、高度な専門性と幅広い知識が不可欠となります。しかし、近年では、保険募集人、銀行担当者、税理士など、必ずしも社会保険労務士(社労士)の資格を持たない専門家が、選択制企業型DCの導入を支援するケースが増えています。

これらの専門家は、それぞれの専門分野に関する知識は豊富ですが、選択制企業型DC全体を俯瞰した知識や経験が不足している場合があります。その結果、制度設計の不備による従業員の不利益、手続きの煩雑化による従業員の負担増、情報提供不足による従業員の不安、そして運用管理の不備による従業員資産の減少など、様々なリスクが顕在化しています。

これらのリスクは、従業員の老後資金形成を妨げるだけでなく、企業と従業員の信頼関係を損なう可能性もあります。したがって、選択制企業型DCの導入と運営においては、社労士をはじめとする専門家との連携が不可欠となります。

次の章では、具体的なトラブル事例を紹介し、社労士以外の専門家が関わることによるリスクについて、さらに詳しく解説していきます。

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